エピローグ | d2farm研究室

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エピローグ

 草津白根山の麓には、巨大な敷地を持つリゾート施設がある。
スノーテルメクサツ──4月のこの季節でも、まだスキーをすることもできる。
 通常のホテル施設の他、スキー場施設、もちろん温泉施設、ログハウス、室内温水プールなども完備されている。
太陽系レースで優勝を果たしたルーパスチームのクルーは、ハルナの案内で、このスノーテルメクサツのログハウスに、宿を取っていた。
「イチロウは、スキーは得意なの?」
「いや…まったく、できない…というか、さすがに、今からスキーはないだろう」
「人工降雪機があるから、とりあえず6月の初め頃くらいまではスキーもできるんだよ」
「スポーツをする体力はないってことだ」
「そうだ、一応、言っておくね──
 パンフレットには、混浴露天風呂ありますって書いてあるけど、今は、女性専用だから──期待してたのならごめんね」
「残念だ… でも、この外のジャグジー風呂は使えるんだろう?」
「ハルナと一緒に入りたい?」
「とりあえず、風呂には、入りたい」
「じゃ、一緒に入ろう──水着でいいよね」
「俺も水着のほうがいいのか?」
「水着じゃないと、ハルナが、その気になっちゃうでしょ」
「そういうことか──」
「そういうことだよ」
「ミリーはどうする?」
「あたしも、入ろうかな?」
「ウミちゃんたちと約束があるんじゃないのか?」
「プールに入った後で、ゲームしようってことになってる──プールの待ち合わせは、夜の9時だから、まだ、もう少しだけ時間があるよ」
「イチロウは、今日はゲームしないの?」
「今日は、そういう気分じゃない──」
「セイラには、ちゃんとお礼言った?」
「ああ…優勝したことを伝えたら、喜んでいた──ずっと、テレビを観て、応援してくれていたみたいだ」
「ミユイさんも、すごく喜んでくれたよね」
「ミユイがいなければ、きっと勝てなかった」
「最後は、ボールチームと180ポイント差だったから──最後のクイズで、200ポイント取れてなかったら、負けてたんだよ」
「ウミちゃんたちを、許してやってくれる?」
「ん……」
「クイズで、ハズレを引かせちゃったこと──やっぱりウミちゃんたちがやったことなんだって──」
「気にしてないよ──」
「そういえば、キリエさんたちは?」
「キリエと、ソランは、カラオケに行っちゃったよ──たぶん、一晩中帰ってこないんじゃないかなぁ」
「カラオケなら、ルーパス号にいてもできるだろうに」
「クルミさんと、すっかり仲良くなっちゃって──聞かせてあげるんだってさ」
「キリエの生歌を聴けるんだったら、俺も、ついていけばよかったかな──」
「リンデさんと、マイクさんは…」
「ライラさんが、さっき来て、連れ出しちゃったよ」
「ライラさん──ああ、ハルナの教育指導士だっけ」
「ほんとうに、大きな温泉に行かなくていいの?イチロウは…」
「どうしようか──」
「ミリーたちと、ゲームすれば、ミユイさんやセイラと遊べるんじゃない?」
「とりあえず、水着に着替えてジャグジーに入ってるよ──」
「ハルナは、ユーコたちのとこに行ったほうがいいかな?」
「どうしてだ──」
「そのほうが、ゆっくり、ジャグジー使えるでしょ──水着とか…変なこと言って、ごめんね」
「ユーコちゃんに呼ばれてるのか?」
「ん…別に、何も言われていないけど」
「エイクが、今夜は、二人っきりで過ごすんだって言ってたから、ハルナが行ったら、きっとお邪魔虫だよ──ゲームに誘ったら、そう言って、すっごいニヤけていたから──エイクも浮気性で、困っちゃうよ──」
「エイクとユーコは、元々、恋人同士なんだよ──」
「そうなの?それなのに、あたしにちょっかい出してきてたの?」
「ちょっかいって…」
「あたし、何回も何回も、エイクにお尻触られちゃったよ──」
「エイクに、怒っておくね──恋人でもなんでもない女の子の、お尻を触ってはいけませんって──」
「もしかして、ハルナも、触られたりしてる?」
「うん…そうだよ。あれは、エイクの癖なの──でも、かわいい女の子のお尻しか、触りたくないんだって──」
「とりあえず、エイクにとって、かわいい女の子の範囲内って、ことなら、しょうがないか──」
「どっちにしても、ユーコちゃんたちの邪魔はしないほうが、無難みたいだ──じゃ、俺は、着替えてくるよ」
 そう言って、イチロウは、ログハウスの寝室に入っていった。
「そういえば、ギンとロウムくんがいないね──」
「さっきまでいたんだけど──」
「さっきまで…って」
「うん…お夕飯は一緒だったよ」
『ミリー…約束の時間には、早いけど、プールに行こうって、ロウムが言ってる』
 ミリーの頭に、ギンの声が届く。
『ミリーも水着を持って、外に出てきてよ』
(そういうことか──)
「エリナは、ハルナのお父さんと一緒にいるんだよね」
「はい…昨日は結局、一晩中、Zカスタムの整備とチューニングで、一緒にいる時間とかなかったから、今日は、ずっと一緒にいたいんだ…って、エリナ様は言ってた──今頃は、ホテル棟のローヤルスイートで仲良くしてるはず──」
「エリナも、よろしくやってるってことか──それじゃ、あたしも、プールに浸かってくるね」
 ミリーは、イチロウが入っていった寝室に、そそくさと入っていく。
「イチロウ…着替え中ごめんね──あたし、プールに行くことにしたから──」
 ごそごそと、寝室のクローゼットを物色しているイチロウの背中に、ミリーは、抱きつきながら言う。
「そういえば、ウミちゃんたちと遊びに行く約束していたんだよな」
「うん──あたしの水着姿…見たい?」
「──」
「そういう時は、ちゃんと即答するの!!」
「悪い──ごめん…」
「ハルナの水着姿…見たいんでしょ?」
「そうだな──」
「邪魔者は消えるから……ゆっくり、じっくり見てあげてね──触ってもいいから──ね…今日は、許してあげる──イチロウは、これに着替えて──ほんとうに、イチロウは、愚図なんだから──」
 トランクスタイプの海水パンツを、イチロウの股間に押し付けたミリーは、イチロウの返事を待たずに、クローゼットから、自分用の水着が入ったバッグを引っ張りだすと、寝室から出て行ってしまった。

「先に、ジャグジーを使わせてもらうよ」
 ハルナに告げて、イチロウはログハウスのバルコニーに出て行く。
バルコニーの中央には、大きなジャグジー風呂が作られている。
 バルコニーの手すりが細めの丸太を積み上げた形であるため、外からは、見られないようになっているが、バルコニーの上は、ハーフタイプの庇が、あるだけなので、上を見上げると、満天の星空を観ることができた。
(さっきまで、あそこで戦っていたんだな──)
 ログハウスと同じ丸太を使用したジャグジー風呂に深く腰を入れ、肩まで湯に浸かり、ジャグジーの泡状の水流を背中に受けて、イチロウは、もう一度、空を見上げる。
(地球という星は最高だ──)
 そして、ゆっくりと眼を閉じる。
イチロウは、この1週間にあったことを、暖かい湯のぬくもりに包まれながら、思い出していた。
(ミユイからハルナの情報を教えてもらってから──1週間ちょっとしか経っていないってことが、なんか信じられない──)

「イチロウ?寝てるの?」
「いや…眼をつぶっていただけだ」
 薄いピンク色のビキニタイプの水着を身に付けたハルナが、イチロウの横に寄り添うように、腰を降ろす。
「ハルナのことだから、ショッキングピンクの水着かと思ったよ」
「うん…いつもは、そうなんだけど──今は、桜の季節だから──梅の林も綺麗だけど、今は、桜色のビキニにしてみたの──」
「そういえば、今は桜の季節なんだな──」
「宇宙にいると、四季とか関係ないけどね──四季のある惑星も、なかなか見つかっていないから…本当に、この地球の日本に生まれたこと──奇跡に近いことなんだと、思うよ」
 風呂に浸かったばかりのハルナが、おもむろに立ちあがる。
「やっぱり…お風呂で水着、着てるのって変かな?」
「そんなことはない──」
「でもさ──ハルナの水着姿も悪くないでしょ──いつも、パイロットスーツばかりで、肌の露出がゼロに近いから──」
「ハルナの肌は綺麗だ──と思う」
「でしょ…隠しておくのって、やっぱり、もったいないよね」
 ハルナは、バルコニーの手摺まで歩いてゆくと、手摺越しに、眼下の散歩道を見下ろす。
「イチロウ…来て──」
「ああ──」
 ハルナの呼び掛けに応えて、イチロウも、手摺まで歩み寄った。
「下の散歩道の桜…今が満開みたい──」
「ほんとうだ──」
「ここに来るまで、全然、気付かなかった──」
「ミリーちゃん…気を利かせてくれたのかしらね──」
「そうだな…先週のハルナとのデートは楽しかったけど──」
「うん…イチロウと二人きりにはなれなかった」
「今日は、もっと賑やかになるかと思ったけど──」
「賑やかなのが良ければ、プールとか、露天風呂に行けば、みんな集まっていると思う──きっと、オータチームのカゲヤマさんとか、ボールチームのニレキアさんとか──表彰台で、『今夜は、一緒にお酒を飲もう』って、イチロウは誘われていたよね」
「ああ…そうだな」
「行かなくてもいいの?」
「行ってもいいのか?」
「ハルナが、本音を言っちゃってもいいの?」
「俺に遠慮する必要はない──家族なんだろう──俺たちは…」
「先週のデートをやりなおしたい」
「──」
「セイラの気持ちがわかったから、先週は、途中で帰っちゃったけど──本当は、朝までイチロウと一緒にいたかった」
「──」
「人を好きになるのは、簡単だけど──好きになってもらうのって、本当に難しい──好きな人に好きになってもらえるなんて、きっと、奇跡に近いことなんだって、いつも、思ってる──」
「イチロウとゲームの世界で、一緒になった時、何か特別なことが起こる予感がしたの──そのためには、この人のこと、もっと良く知らなくちゃいけない──」
「桜見物も悪くないけど…」
 ハルナが、言いかけようとした言葉を遮るように、イチロウが、自分の肩に手をかける。
「あ…ごめん──4月に、このカッコじゃ、さすがに寒いよね」
「ああ──風呂に入り直そう」
「うん──賛成」
 イチロウとハルナは、手摺から離れて、もう一度、ジャグジー風呂に入り直す。
「やっぱり、草津の温泉は暖まる──気持ちいい」
「このジャグジーも温泉なのか?」
「スノーテルメクサツのお湯は、プールも全て、温泉なんだよ──地球が温めてくれてる温泉──悪くないでしょ」
 ハルナが、イチロウに肩を寄せ、イチロウの瞳を見つめる。
「今日のレース──イチロウ、けっこう、カッコ良かった──セイラにあげるの、ちょっと、もったいないかなって」
「──」
「ゲームの世界で、イチロウに会った時、感じた予感──何か特別なことが起こる予感──当たったしね」
「ハルナ──」
「まさか、太陽系レースのウィナーになれるとは思わなかった──イチロウに会うまでは…想像もしていなかった」
「巻き込んでしまったこと、申し訳ない」
「そこで、謝らない…ハルナは、喜んでるんだから」
「今夜は、ハルナと、ずっと、おしゃべりして過ごそうか──」
「おしゃべりだけ?」
「キスしても、怒らないか?」
「エリナ様にも、そう言って…同じ手で口説いたんでしょ?」
「覚えてない──」
「ハルナが、怒るかどうか…試しにやってみたら?」
 そういって、ハルナは眼を瞑る。
 イチロウは、両手でハルナの頬を覆うと眼を瞑ったハルナの顔を正面に向かせ、ピンク色のルージュが塗られた唇に、唇を寄せる。
引きつけられるように、自然につきだされたハルナの唇を、自らの唇で覆い、深いキスをする。
「ハルナが、怒ると思ったの?」
 深い口づけを済ませたハルナが、眼を開き、イチロウに訊ねる。
「俺は、ハルナが思うほど、自分に自信があるわけじゃないからな──」
「ハルナも、イチロウとキスしたかったよ──でも、自信がなかったから──」
「ハルナは、いつも自信たっぷりに見える」
「ということは…お互い様だね──」
 そして、今度は、ハルナのほうから、イチロウに深いキスをする。

「みんなが帰ってくるまで、二人っきりでいようね──」