最終章 優勝杯 -61- | d2farm研究室

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ー61ー

「ついに出しちゃったね…コバンザメ」
 コントロールルームに、足を踏み入れたミリーとエイク──
エリナの手に、そっと手を触れて、ミリーが、囁くように呟く。
「武器があることをアピールすることも作戦の一つだからね」
 エリナは、ミリーのほうへは振り向かずに、モニターを凝視したまま、応える。
「なんにも言わなかったけど、ユーコさんは、気付いてるはずだよね……ね、エイク──エイクは、どういうことかわかったよね」
「まぁな──」
「他のチームが、さっきの妙な動きをどう判断したか──Zカスタムのさっきの動きだけで、コバンザメの性能を見破れるものか──お手並み拝見といきましょう」
「次のバーサスシックス……どこが、相手になったの?」
「今、全部のポイントが集計されたから──うちの相手は、サブマリンチームだね」
「ハルナ大好きシキマくんのところだね…相手に取っては、不足なし…だけど──標的としては、オータチームあたりを徹底的に叩き潰してやりたかったよね」

 バーサスシックス──この太陽系レースの決勝…ゲートセッションの第6周目は、特別に、こう呼ばれている。
レギュレーションで決定されたルールではなく、あくまでも、レース参加チーム同士の暗黙の了解のもとで、一騎討ちで争われるのが、このバーサスシックスなのである。
ルールは、シンプルで、第5周を終えた時点のポイント上位チームから順に、2チームずつがバトルチームとなって、一騎討ちを行うというものである。
つまり、5周目を5位で終えたルーパスチームの相手は、6位となったサブマリンチームとなる。
レインボーゲートは、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色で色分けされ、それぞれにポイントが決められているが、2チームづつ8組に分けられた、それぞれが、各色のコースを順番に、ターゲットとして通過していく。
ルーパスチームは、3番めのチームに該当することから、第1ゲートは、イエローゾーンコースが主戦場となり、第2ゲートは、オレンジゾーンに切り替わる。
その後、第3ゲートがレッドとなり、第4ゲートは、ボーナスポイント狙いとなるため、中団以降に位置取りを行い、他のチームバトルが終わった瞬間に現れるボーナスポイントのターゲットを狙う──
第5ゲートが、ヴァイオレット…第6ゲートがインディゴ…第7ゲートがブルー、そして、第8ゲートがグリーンで、すべてのカラーゾーンを通過してバーサスシックスは終わりとなる。
一騎討ちであるため、当然ながら、先にカラ―ゾーンを通過したチームが、ゲートポイントと通過ポイントを得る。
つまり、1ゲートごとに、オールオアナッシングのリスクが生まれるのである。
イエローゾーンを未通過であっても、他のゾーンへの移動、エスケープは、認められない──
もっとも、レギュレーションで規定されたルールではないため強制ではないのだが、決勝を戦うチームで、このバーサスシックスの暗黙のルールを破るチームは、今のところ存在していなかった。
それほどに、この一騎討ちルールは、レースを戦うチームも、観る側も、楽しみにしているものであった。
 
 そのバーサスシックスを戦うチームの組み合わせが決定し、それぞれのチームは、ブシランチャーへのタッチダウンをするため減速を行い始めている。
コースは、限定されるものの、順位を限定するわけではないので、ヴァイオレットゾーンを1位通過することも当然アリである。
この第5周の終わりは、全てのコースに出ているチームが、全くのイコールコンディションで、ブシランチャーへのタッチダウン&ゴーを実行する。
F1などのレースで、ペースカーが入って、全てのチームが一団となってから、再スタートを実施する光景にも似た状況となる。

「イチロウは、当然、このバーサスシックス──初体験だよね」
 コントロールルームから、エリナの声が、コックピットのイチロウの元に届く。
『そうだな──相手は、サブマリンチームになるのか?』
「そうだよ──
 いい?相手が誰であれ、ここでの取りこぼしは、絶対にできないよ──」
『全てのゲートを1位通過すればいいってことだろう?』
「うん──」
『このバーサスシックスでの最高得点は、ボーナスポイントも含めると1340ポイントですよね──お姉さま』
「ボーナスポイントが取れればね──それに越したことはないけど──あのサブマリンチームのシンカイは、そのボーナスポイントを取る事が、かなり難しい相手…」
『スピード差は、こっちが圧倒的に有利だから、問題は、そのボーナスポイントの300ポイントをいかに、ゲットするかになりますね──』
「うん──まだ、相手がサットンチームのほうが、フルポイントをゲットできる可能性が高かったんだけど──」
『コバンザメで、ぴったりマークしてサブマリンがボーナスポイントに辿りついたところで、横取りするのは──そうか…無理か──』
「そう…ハルナが気付いた通り…相手は、ボーナスを取らずに済ませる事もできるから──」
『優勝を諦めたら…無理して、ボーナス狙いはしないか──自力で行くしかないわけだ』

『第6周──いよいよバーサスシックスが開始されようとしております』
 フルダチの実況が、各チームが戦闘態勢を整えたことを告げる。
『最初にレッドゾーンを狙うのは、ここまでのポイントが、8905ポイントで1位のボールチームと、8700ポイントで2位のウイングチームです。
 そして、オレンジゾーンは、8245ポイントで3位のポリスチームと8160ポイントで4位のオータチーム──
次のイエローゾーンは、7775ポイントで5位のルーパスチームと7345ポイントで6位のサブマリンチーム──
次のグリーンゾーンは、7340ポイントで7位のサットンチームと、7140ポイントで8位のヨシムラチームとなっています』
『1位から8位までのポイント差が1765ポイントですね──優勝争いは、この上位8チームに絞られたとみていいと思います』
『9位以下の順位とバトルの組み合わせですが──
 ブルーゾーンが、6430ポイントで9位のソーサラーチームと、6320ポイントで10位のブシテレビチーム──
インディゴゾーンが、6100ポイントで11位の寶船チームと5645ポイントで12位のハートゲットチーム──
ヴァイオレットゾーンが、5300ポイントで13位のカカシチームと、5045ポイントで14位のジュピターチーム──
第1ゲートのボーナスポイント狙いとなる2チームは、4775ポイントで15位のゴリラダンクチームと4500ポイントで16位のライアンチームです』
『9位以下のチームにも優勝の可能性はありますが、上位が安定しているだけに、順位を上げるのは非常に苦しいと思われます。
 特に、このバーサスシックスでは、8ゲートにおけるバトルの相手が、限定されるということで、1チームが獲得できるポイントの上限は1340ポイントです。
ボーナスポイントを1回しか狙えないということは、非常に、得点の上乗せをすることが困難になります』
『このバーサスシックスが終わったところで、優勝争いから脱落するチームが、はっきりとするわけですね』
『そうです──そうなった時、優勝を諦めたチームが、どのような作戦に切り替えるか…それが、次の第7周のレース展開に、大きな影響を与える事になります』
『あくまでも、年間優勝を目指して、1つでも上のポジションを狙うか──上位チームのポイントを削る為に、バトルを仕掛けるか──』
『興味は尽きませんが、先のバトルよりも、今は、このバーサスシックスのバトルを、放送席も楽しみましょう』
『このバーサスシックスは、賭けの対象レースとしても、人気がありますよね』
『そうですね…一騎討ちルールですから、結果もわかり易いですからね──』

 決勝レースを戦う16機のミニクルーザーが、ブシランチャーに最接近を果たす。
そして、各機体が、ほぼ同時にブシランチャーとの接触──タッチダウン&ゴーを実行する。

バーサスシックスが開始された──

『ハルナさん──手加減は、しませんよ』
 Zカスタムの通信用スピーカーから、明るい声が響く。
「サブマリンチームのシキ・マークスファイアさんでしたね──」
『そうですよ』
「申し訳ありませんが、こちらは燃料に余裕がありませんので、加減しながらのバトルになります」
『加減しながら、俺たちを抑えきれると、お考えですか?』
「ええ──もちろん、こちらのメカニックは、銀河で一番の天才ですから…あたくしの腕は大したことはありませんけどね」
『賞金稼ぎトリプル・ルージュのハルナさんが、何をおっしゃいますか──』
「あら?知っていらっしゃったんですか?」
『最近、知りました──』
「ブログには、書いていなかったのですが──バレちゃいましたか?」
『トリプル・ルージュには、何度か手柄を横取りされました──まさか、ハルナさんが、あのハルナと同一人物とは、夢にも思いませんでした』
「でも、手加減はしていただけないのでしょう?」
『もちろんです──ハルナさんを応援したい気持ちは変わりませんが、こちらにもネイビーとしての意地があります』
「あたくしも、手加減されるのは本意ではありません──目一杯頑張る殿方をねじ伏せる快感がたまらなくて賞金稼ぎをやっていましたからね」
『目一杯がんばりますよ──』
「今のような、余計なおしゃべりはコンセントレーションを低下させるのではありませんか?」
『ハルナさんの声を聞けた事で、集中力もモチベーションも目一杯──マックスゲージまで到達しましたよ──では──挑ませていただきます──相手が、トリプルルージュであれば、負けても恥ではない』
 サブマリンチームのシキは、そこで通信を一方的に切った。
そして、Zカスタムの加速に合わせて、シンカイは、バーニアに火を入れる。
参加16チームの中で、最高の加速性能を誇るZカスタムに、シンカイがぴったりとくっつき第1ゲートのイエローゾーン通過コースに機体を位置づける。

「この第6周目は、まだ燃料温存だったよな──エリナ」
『そうだね──サブマリンチームなら、最高加速でなくてもポイントは取れるはずだから──』
「第8周をベストコンディションで、サットンチームと戦うためには、ここで燃料を無駄遣いするわけにはいかない──あっちが、目一杯でも、こっちが合わせる必要はない──ギリギリの燃料消費で、ポイントが稼げる──バーサスシックスの相手としては、願ってもない相手だったな」
『油断は禁物だよ──男の子は好きな女の子の前だと信じられない力を発揮するんでしょ──』
「それは、どうかな?やる気だけで、機体の性能が上がるとは思えない──」

「油断は禁物──イチロウ、ここでポイントを取り逃したら、優勝なんかできないからね…」
 コントロールルームのエリナは、万が一にも、サブマリンチームを相手に、バトルで負けることなどあり得ない事を確信した上で、イチロウに、わざとらしくキツい口調で告げ、他のチームのバトル状況を確認するために、テレビカメラモニターの映像に眼を移す。

『バーサスシックス…注目は、当然ながら、現在1位のボールチームと2位のウイングチームですね』
『そうですね…第1ゲートのレッドゾーンを舞台に、どちらもけん制するような動きで、相手の出方を見てます』
『ゲートポイントの100ポイントを、どちらのチームが取るか──スピード勝負であれば、圧倒的に、ウイングチームのダブルウイングが速いのですが、ボールチームのクラッシュボールも、変幻自在のブロックを得意としています──』
『といっても、ここまで、給油なしでフライトを続けてきたボールチームです……バトルのための燃料消費は避けたいところでしょう』

「さぁて…今回、あたしたちの作戦って、どうなってるんだっけ?」
 ダブルウイングスターファイターの操縦桿を握るウミ・ライトウィングが、ナビゲータ席のサエ・レフトウィングに、投げ槍な口調で訊ねる。
「まずは、ボールチームを先行させる──このバーサスシックスを棄てても、次の7周目で、ボールチームがボーナスポイントを獲得することを全面的に阻止する──
 そのために、この周回は、完全な燃料温存作戦をするしかない──」
「わかってるんだけどね──イマイチつまらない作戦だよね……勝てる相手にポイントを譲るのってさ…」
「燃料消費を気にしながら、次でボールチームを抑えられるなら、好きにしていいよ」
「それって、手を抜くってことだよね」
「7周目で、ボーナスポイントを全て奪うことができれば、充分に優勝を狙える──一番の強敵が、このボールチームなのは、わかってるよね」
「中途半端にバトルをしたら、7周目であのボールさんと戦えなくなっちゃうからね」
「そういうこと──やれるなら、やりたいんだけど…無理なのは、わかりきってる」
「とりあえず、バトルするフリだけでもしたほうがいいんじゃない?」
「そういう中途半端が一番悪いんだから…ここは、ボールチームに、道を譲る……じゃないと、次で、勝負にならない」

『加速性能では、ボールチームを上回るウイングチームですが……バトルを仕掛ける雰囲気を見せませんね』
 フルダチが、ダブルウィングとクラッシュボールの距離が縮まらないことを映像で確認し、実況する。
『スピード差があるとはいえ、クラッシュボールの機体は、立体的なバトルをやれば、信じられない動きで、相手の鼻先を抑えにかかりますからね──あの動きを封じるのは、確かに一騎討ちのバーサスバトルでは、非常に厳しいものがあります』

「おちびちゃんたちは、来てくれないみたいね──せっかく、燃料もたっぷりあることだし──じっくりと、お相手してあげようと思っていたのに…残念──」
 ボールチームのナビゲータ──ニレキア・ガーシュウインが、真横をフライトするダブルウイングの白い機体を指差して、無邪気に微笑む。
「つまるところ、ここはともかく、次の7周目で、俺たちは好き勝手できなくなったということだ──」
「場を平たくするのも大切だけど──あたしたちが、今、トップだということ…忘れてるんじゃないかな?」
「忘れてはいないんだろうな──次の7周目でボーナスポイントをかき集める事ができなかったら、俺たちは、7周目の終わりにトップを維持できなくなる」
「ウイングとブシテレビとカカシさんが、3チームで、あたしたちを徹底マークしてくれるんだから……嬉しいと言えなくもないけどね──」
「レギュラー3チームの、いつもの作戦とはいえ……あまりワンパターンのレースだと、観るほうも、がっかりなんじゃないかなぁ」
「そう言うな──今は、あの3チームをいかにかわして、7周目でボーナスを得ることだけを最優先で考えなくてはならない状況になったということだ──絡んでくるのが、3チームで済めば、まだ勝算はあるんだが──」
「8チームくらいにマークされると、ボーナスゲット確率は9分の1くらいになるよね」
「そうなると、ニレキアの能力を持ってしても、戦術の立て方がやっかいになる──」
「そうだね──いっそ、派手にショートワープ使いまくろうか?」
「バレないようにできるなら、それが一番なんだが──できるか?」
「自信はないなぁ──演技とか苦手だし──」
「よくそれで、女優をやっていられるな──廃業したほうがいいんじゃないか?」
「台詞を覚えるのは得意だからね──それに、オファーが来る役は、ほとんど地でできるから、演技の必要ないっていうか──」
「ここは、下手な演技ならやらないほうがマシだ──まずは、このバーサスシックスで、できるかぎりのポイントを獲得する──第7周の作戦は、他のチームの動きを確認してから対策を立てよう」
「はいはい──」

『やはり、ウイングチームは、ボールチームを前に行かせますね』
 ウイングチームが、ボールチームの後方に控えた映像を見て、実況のフルダチは、マイクを通して、そう伝える。
『ボールチームの機体性能であれば、次の第7周でボーナスポイント全てゲットして、2400ポイントを上積みさせることは不可能ではありませんからね──ここで、仮に、最高得点の1340ポイントを取られたとしても、次で好き勝手にされるより良いという結論です──まぁ、当然と言えば当然ですね』
『バトルにならないのは、もったいないですが、これも作戦です』
『はい──1ポイントでも多くのポイントを稼いだほうが、優勝なのです。バーサスシックスの舞台とはいえ、ここで不必要なバトルをすることまでは、義務付けられていません──ウイングチームは、賢明な選択をしたと言えるでしょうね』
『第7周目における、壮絶なボーナスポイント争いが楽しみです』
『金星ステージでの第7周目は、わくわくしながら、わたしも観ましたよ──
 ボールチームと、ウイングチーム、そしてカカシチーム、ブシテレビチームの4チームによるボーナスポイントの争奪バトル──立体フライト可能な4機だからこそ見せることのできる…スピードバトルとは、ちょっと違った、楽しみがありますよね』
ユーコも、敢えてバトルを選択しなかったウイングチームを肯定するコメントをする。
『1位2位チームのバトルは、回避されそうですが、3位4位チームの動きは、どうなるでしょうか?』
『3位のポリスチームと4位のオータチームですね──ここは、常にトップ争いをしているチームですから、必ず、ぶつかり合いせめぎ合う、高速バトルを見せてくれるはずです──ポリスチームのほうは、若干、燃料に不安はありますが、パイロットのカナリ・オカダの集中力が、恐ろしいほど研ぎ澄まされていますから…面白いバトルを期待してよいと言えるでしょうね』
 そのイマノミヤの解説の言葉を裏付けるように、カナリアバードのコックピット映像が、大きく映し出される。
ヘルメット越しにもわかる、不敵に笑みを浮かべたカナリの表情が、このポリスチームとオータチームの2チームが、己れの操る機体の全ての力を発揮させて、バトルを楽しもうとしていることを物語っていた。
『カナリさん…とてもいい表情をしてますね』
 ゲスト解説のユーコが、思ったままを素直に口に出す。
『もっとも、ナビゲータのジョン・レスリーさんは、やせ我慢してるのがありありですけどね──』
『やせ我慢してるのは、先ほど、ハットリさんが、ジョン・レスリーに叱咤激励をしたからではないですか?』
『そんなことしましたっけ?』
 ユーコは、悪戯っぽくイマノミヤの問いかけに応えると、マイクを握る。
『ジョン・レスリーさん──辛いのは、初めの1回目だけですよ──次からは、とってもハイになれますから──頑張って、レースを盛り上げちゃってくださいね』

「…だそうですよ──部長……」
「まぁ、オータチームのカゲヤマたちなら、相手に取って不足なしだ──もっとも、バトルに集中すると、ルーパスのZカスタムに先んじることができなくなる可能性が高い──」
「バトルをしながら、トップ通過を欲張ったら勝てるバトルも勝てませんよ──」
「そうだな──この周回の1位通過は、ルーパスに譲ることにするか──」
「シンカイの能力では、Zカスタムには及びません──このわたしが苦戦する相手ですからね──ルーパスチームは──それに…」
「それに…?」
「相手が、ルーパスということになると、カナエのアドバイスが中途半端になるというか──歯切れが悪くなります──今のところ──」
「そうなのか?」
「ええ──もっとも、次の7周目は、どうあってもルーパスを止めます…場合によっては、カナエの助言を完全に無視しますから」
「燃料は、相当きついぞ──」
「燃料の前に、部長の身体が心配です──わたしは…」
「心配……か?お前らしくもない──」
「ナビゲータが、きちんとコースを維持できないとまともなバトルなどできません」
「すまないな──虚弱体質で…」
「ほんとうに……すまないじゃ済みません──いったい、何年、ポリスカーをコントロールしてきてるのです?
 7周目の途中で部長が力尽きるようなら、外に放出しますから──もっとも、8周目は、全速で追いかけます──7周目の終わりで、ピットインしたら、ミッキーと代わってください」
「──」
「返事を──」
「わかった…やむをえん」
『ピットインの準備して、待ってますからね──部長…もう、いい年なんですから、そろそろ引退しちゃってくださいね』
「どいつもこいつも、私を、年寄り扱いしやがって」
『ルーパスの優勝を阻止するためです──せめて、このバーサスシックスのルーパスの相手が、サットンやウィングであったなら、独走を停める可能性もあったのでしょうが、サブマリンでは、ボーナス阻止がやっとでしょうから──
 8周目の高速バトルに追いつけるかわかりませんが、追いつければ、体当たりをかますこともできます──最後まであがきましょう──ポリスの名誉にかけて──』
「予選のスピードを見る限り、ピットインの時間をロスした後で、追いつける保証はないだろうがな──」
『そこはそれ──うちは、1回ペナルティを食らってますからね──』
「まさか…ショートカットか?」
『大声で言わんでくださいよ──誰かが、止めなきゃならんでしょ──ここで、優勝されたら、レギュラーチームの面目が保てませんよ…なんでも、ありだって教えてやりましょう──
 ただし、何でもありでも、ショートカットは使いませんよ──部長』

 第6周目の第1ゲートは、ルーパスチームが、あっさりとトップで通過した。ターゲットがイエローであることから、通過ポイントと合わせて、160ポイントが加算される。
そして、オータチームとポリスチームのバトルは、ポリスチームがオータチームを巧く抑え込み、ゾーンターゲットは、オレンジだったので、2位通過ポイントと合わせて、140ポイントを無難に獲得し、次の第2ゲートを目指す。
ボールチームとウイングチームは、まったくウイングチームが仕掛けないまま、ボールチームが、レッドゾーンを3位で通過し、150ポイントを獲得──
バーサスバトルを制した3チーム──ポイント差は大して広がらないという結果となった。

『やはり、面白いのは、トップの2チームですね──オータチームとポリスチームは、しっかりとバトルをしていました』
『ポリスチームが、ルーパスの1位通過阻止の作戦を一瞬、取り掛けたようにも見えましたが、オータチームが、しっかりとブロックして、ポリスチームを前に行かせませんでした──
 ただ、スピードではポリスチームのほうが、上回っています──次で、前に出られるようなら、ポリスチームが、1位通過をすることもありそうです──ルーパスチームは、この周回では、マックススピードを温存しているようですから』
『第1ゲートを終えたところで、このバーサスシックスで戦うチームの作戦は、だいたい決定したようですね──』
『そうですね──まともにバトルをするのは、トップチームでは、ポリスチームとオータチーム──ウイングチームは、恐らく次の7周目のための燃料を温存する作戦──
 ルーパスチームとサブマリンチームの一騎討ちは、まったく勝負にならないようです──サブマリンチームは、まったくいいところなく、ポイントを取られてしまいました』
『では、このバーサスシックスの実況は、オータチームとポリスチームのバトルを中心に、レースを追っていきましょう』
『ピットレポートのイツキノさん──オータチームか、ポリスチームのコメントが取れたら、入れてください』
『はい──私は、今、オータチームのパドックに来ています』
『さすがですね──』
『メインメカニックのオノデラ代表が、インタビューに応じてくれました──
 オノデラさん…バーサスシックスの相手がポリスチームということは、お互い、手の内を充分に知り尽くした相手ということになりますね』
『そうですね──危険な相手ではないことが何よりだと思います。バトル自体は、パイロットの腕にまかせるしかありませんし──マッチレースという意味では、4勝4敗なら、まずまずと言えるでしょう』
『4勝4敗狙いですか?』
『まぁ、狙いというと語弊はありますが、ポリスチームは、強敵ですからね──イーブンの成績を残せれば、ここは良し…と考えるのが、自然な判断ですね』
『ルーパスチームを逃がすという結果にはなりませんか?』
『そうは言われても、このバーサスシックスでは、ルーパスチームをマークすることはできません──ルーパスチームが逃げることを視野に入れた上で、大きく水を開けられないように──そういう作戦でいくしかありません』
『仮に、ルーパスチームが、バーサスシックスの相手になっていたとしたら、ルーパスチームの1位を阻止することはできましたか?』
『仮の話には応えたくありませんが、どのようなチームであっても、五分の戦いに持ち込む自信は当然ありますよ』
『ありがとうございます──では、マイクを放送席に返します』
『イツキノさん、ありがとうございます』
『そのオータチームとポリスチームの第2ゲートを狙う戦いが、早くも開始されたようですね』
 オータチームとポリスチームが次に争うカラ―ゾーンはレッド…つまりゲートポイントで100ポイントを狙える戦いとなっていた。
「ここで、取りこぼすわけにはいかないのでね──」
 オータチームのモンド・カゲヤマが、ポリスチームのカナリ・オカダに通信メッセージを送る。
『できれば、こちらも純粋にバトルを楽しみたかったのですが──』
 カナリも、そのメッセージに返信する。
「結局、ルーパスがダークホースになっているからな──気になるか?」
『気にならないといえば、嘘でしょう──そっちも、気になるでしょう?』
「まぁな──できれば、ルーパスとバーサスバトルをしたかったというのが本音だ──彼らの力を直に確かめる絶好の機会だったといえるからね──いずれにしても、うちか、そっちか…どっちかでないと、彼らは止めようがないだろうな──」
『手出しできないものはしょうがない──こちらも、優勝狙いなので、もちろん、全力で、このバトル挑ませてもらいますよ』
 そして、通信を切ったオータチームのF14が、ポリスチームのカナリアバードに、序盤から体当たりを仕掛けてゆく。
「ポリスは、ピットインのタイミングが早かったからな──ここで、燃料を消費させることができれば、後半──バトルができなくなるはずだ」
 カゲヤマは、ナビゲータのシマコに、作戦を確認する。
「次の7周目で、ポリスチームの燃料が尽きるように、今から削っていきますか?」
「そうするしかないだろう?ポリスチームも優勝するためには、排除しなければならない敵なんだからな──直接対決で、燃料を消費させることは、立派な作戦だ」
「次の7周目──うちのチームだけで、ルーパスチームを抑える事ができるとモンドは思ってる?」
「やるしかないだろう──」
「やるしかないじゃなくて──やれるかどうか聞いてるんだけどね──」
「シマコは自信がなさそうだな」
「うちだけじゃ、抑えきれないよ…あのスピードは──」
「どういうことだ──」
「さっきの第1ゲート通過──ルーパスチームの速さは、ちょっと脅威だと思うよ──」
「はっきり言ってくれ──シマコは、どうしたいんだ?」
「ポリスとダブルチームを組んで、ルーパスの独走を阻止する──それを、今、考えていた」
「ポリスとのダブルチームか?」
「そのためには、今、余りお互いの燃料を消費させないほうがいい──おそらく、ウイングのおちびちゃんたちが、さっきの第1ゲートで、ボールチームに仕掛けなかったのも、同じ理由──7周目で、ボールチームを好き勝手にさせないために、今は、敢えて勝負にいかないことを選択した──」
「それは、俺も気付いていたが──」
「7周目で、ルーパスに全てのゲートを1位通過されたら、このレースの優勝は、ほぼ決まってしまうんだよ」
「わかった──ここからは、途中の燃料の消費は抑える」
「ソウイチロウ──一応、モンドは説得した──」
『聞いていたよ』
「ポリスチームには伝えなくて構わないか?」
『こっちが、作戦を変えれば、向こうも察してくれるだろう──敢えて、言う必要はないだろうな』
「じゃ──あとは、モンドに任せるから──とりあえず、バーサスシックスなんだし──バトルを楽しんでちょうだい──」
 第2ゲートを巡るオータチームとポリスチームの攻防は、オータチームが制した。
また、ルーパスチームも、サブマリンチームを、しっかりと抑え込んで、180ポイントを加算していた。

「いよいよ…ボーナスポイントを狙う順番が来ましたね」
 ミナト・アスカワが、ハルナの執事であるシラネに明るく話しかける。
 ルーパスチームのパドック──コントロールルームから離れた一角では、先ほどのピットインでZカスタムを送りだしたクルーとスタッフがひと塊りになって、テレビ映像を見守っていた。
「ボーナスですね──」
 シラネが、テレビ映像を見つめながら、一言だけ呟く。
「さすがに、こればかりは、イチロウでもどうしようもないよね──」
「イチロウ様では、どうしようもないでしょうね──」
 シラネのかすかに含み笑いを帯びた返答に、ミナトは不思議な表情になって、シラネの顔を見つめる。
「イチロウでは、どうしようもないが──」
 アカギが、シラネの言葉を復唱して、笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「ミナト様は、ラッキーセッションのことをお忘れのようだ──」
 シラネが、ついに、破顔する。
「ボーナスとか──当たりくじに強い女性がいらっしゃることを、ミナト様は覚えていらっしゃいませんか?」
「え?え?誰?」
「ハルナ様とのお付き合いの長いミナト様ではありませんか?お忘れになってはいけませんよ」
「え?ハルナちゃん?」
「そうです──」

 Zカスタムは、予定通り第3ゲートを1位通過した後で、ポジションを敢えて、後方にずらした。 ここまで最高速度を出さずに、スピードを殺してきたのは、この第4ゲートで、減速を余儀なくされるからであった。
「そういえば、ボーナスポイント狙いとか、全然、考えていなかったね」
 ハルナが、ちょっとだけウキウキしながら、イチロウの顔にちらりと視線を送る。
「そういえば、そうだな──」
『どっちにしても、ボーナスポイントは、運が良くないと、取れないから──』
「でも、クラッシュボールを設計したのって、お姉さまですよね」
『え?どういうこと?って言うか…どういう意味?』
「このZカスタムでも、お姉さまなら、同じようなセッティングができるんじゃないかなって──ハルナは、そう思いました──」
『Zカスタムを、ボーナスポイント狙いのセッティングにするのは、すっごい無理があるんだけど──』
「そうですか──残念です──」
 ほんとうに、残念そうに、ハルナは、下を向いてしまう。
『とりあえず、ここは無理をしないで、次の第5ゲートで、きっちりと1位のポジションを狙えるように、ボーナスを取れないと思ったら、即…加速してほしいんだ』
「わかりました──でも、お姉さま──」
『ハルナ──もしかして、あたしの作戦にケチをつけようとしてる?』
「いえいえ──そんなつもりはないんですよ──ただ…ハルナのラッキーを証明するには、もってこいかな…そう思っただけなんです」
『え?』
「クイズの時は、ハズレばかりでしたが──ボーナスとか、当たりのクジとか、ハルナの強運があれば、絶対、取り逃すはずないので──」
『はぁ?どういうこと?』
「見ていてくだされば、わかりますよ」
 そして、ほぼ最後尾に下がったZカスタムの眼前で、ゲートの色が一色ずつ消えてゆく。
今までは、先頭集団に近い位置で戦っていたので、目の前で消えてゆくレインボーゲートを見る機会は、イチロウにもハルナにも、ほとんどなかったと言ってよかった。
「こんな感じで消えてゆくんだね──」
 そして、最後のヴァイオレットゾーンのスクリーンが消えた瞬間──
Zカスタムがフライトしている直線コースの、ほんの眼と鼻の先、左右どちらにも移動する必要のない場所に…ボーナスポイントが出現していた。
あっさりと、ルーパスチームは、この第4ゲートのボーナスポイント──300ポイントをゲットすることができてしまった。
「ね──お姉さま、ハルナの言ったとおりでしょ」
『すごい──』
「来月の火星ステージは、是非、ボーナス狙いのセッティングにしてください──ハルナの強運さえあれば、絶対に、取り逃したりしませんから」
『わかった──考えておく』
 エリナは、そう嘆息混じりに静かに応えたが、ハルナは、思いっきり眼を細めて、これ以上ないほどの明るい笑顔で、モニター越しにエリナに向き合う。
「ありがとうございます──お姉さま」
『でも──やっぱり、最高速度で、ブッ飛ばさないとストレス溜まるんじゃないの?』
「あ──」
『──でしょ?』
「です──」
 そのハルナの応えを確認したエリナが、今度は眼を細める。
「来月は、もっともっと速く飛べるようにしてあげるから、ハルナも、もっともっと身体を鍛えておいてね」
「はい──」

『ルーパスチーム──なんと、いともあっさりとボーナスポイントをゲットしてしまいました──これで、この後の展開が、ぐっと楽になりそうです』
(あのハルナが、乗ってるんだから、心配の必要は、なかったね──100分の1の確率だって、一番くじを引いちゃうハルナが、2分の1の確率をものにできないわけは、ないものね──)
 フルダチの実況を笑顔で眺めながら、ユーコは、声には出さずに、これまで何度も見てきたハルナの強運が発揮された場面のいくつかを思い出していた。