第15章 友達 -60- | d2farm研究室

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ー60ー

 第5周目──既に先行する上位のレギュラーチームは、第3ゲート付近でのバトルを終えているタイミングである。
 ルーパスチームのZカスタムは、予選組ブシランチャーからテイクオフし、7つの色が消えてしまった第1ゲート方向へ、最大加速で、飛び出していく。

『今、ルーパスチームが、第5周目のフライトに飛び立ちました──映像で、おわかりいただけるように、上位チームに追いつくため、最大加速でのコース復帰です』
『ルーパスチームは、難しい条件戦を強いられることとなりますね──』
『そうですね──宣言はしていませんが、サットンチームは、最終周──8周目に、ルーパスとの一騎打ちをする用意を万端整えているように思えます。次の6周目の終わりにピットイン、適正な燃料を積んだ後で、7周目は、バトルもなにもせずに、8周目、最高のコンディションで、ルーパスチームに、スピード勝負を挑むことになるはずです』
『8周目を棄てて、7周めまで目いっぱいのバトルを計画していると思えるのが、ポリスチームですね』
『第3ゲートで、コースを変えましたが、しっかりと1位通過を果たしているのが、ポリスチームです』
『ルーパスチームは、最大加速で臨んでいます──このスピードであれば、第7ゲートで、上位チームに絡みますね』
『間違いなく、絡みますね』

「つらくはないか?ハルナ?」
「全然…すごく快適──」
「エリナに歌を歌わせるのは、余りお薦めできなかったんだけど──」
「そう?最高の子守唄──だったよ──イチロウだって、そう感じたでしょ」
「まぁ、下手なりに──」
「下手下手…って言わないの──お姉さまは、もうすぐ、ハルナのお母様になるんだから──」
「カドクラさんと結婚すると──そうなるのか?」
「そうだよ──ハルナにとっての初めてのお母様と呼べる人なんだよ──イチロウも大切に扱ってよね」
「エリナとは、今まで通り──仲間というか、俺にとっては、家族だからなぁ」
「だよね──あ──お姉さま──」
『あたしは、何にも心配してないから──とにかく、楽しんできて──辛い顔のハルナは、やっぱり見ていたくないよ』
「しばらくは、こうやって追いかけるだけでいいんですよね」
『そうだよ──第7ゲート手前で、追いつくから、そこからバトル開始──目いっぱいアタックかまして──最終周に、燃料を余らせるようなことがあったら、サットンチームには、絶対に勝つことができない──この第7ゲートから、しっかりと、バトルをやって、燃料を消費していくこと──それが、この難しい条件戦を勝ち抜く唯一の方法なんだから──甘い考えだと、クルミさんたちには、絶対に勝てない』
「わかってます──」

『今、ボールチームが、ボーナスポイントの300ポイントをゲットしました──ここで、455ポイント差で、総合1位です──ルーパスチームが、戦線に復帰した結果、この第5周目の終わりで、暫定ではない、現在のレース順位が確定します』
『ボールチームが、ノンストップかどうかは、わからないんですよね──』
『ええ、まぁ、ハットリさんの言うとおりです』
『中団をキープしているボールチームですが、さすがに、トップチームは、このポジションには下がりませんね──』
『もちろんです、とりこぼせば、ノーポイントなのです──ここは、他のチームがボールチームを阻止してくれることを祈るしかないでしょう』
『他のチームが、それぞれボールチームにボーナスポイントを譲る形になったら、ボールチームが、全てボーナスを取って、最大ポイントになりますね』
『そうはならないのが、太陽系レースですよ──チームは、予選組を入れて16チームあるのです』

「カナちゃんたち、ブルーコースをメインコースに変えちゃったね──シャドーマスター…この後の作戦、どうする気?」
『ブルーコースで、トップ通過されたら、130ポイントか──』
「あたしたちは、当然、レッドの2位を取るつもりだから、邪魔しないでね」
『それが狙いか──』
「そういうこと──そして、今、サブマリンが、レッドコースに居座ってる──」
『曖昧な作戦では、共倒れか──』
「というか、シティウルフとピンクルージュ来ちゃったでしょ──ゲートを取られる訳にいかない──そういうことだよね──ね、ロングバリー・シマコ」
『圧倒的に早いポルシェが、ブルーにいることで、ルーパスをブルーコースに誘導させる──レッドからイエローを突破するのは、きついから──絶対に、あのスピードで1位狙いに来るのは、わかってる』
「ブルーコースで迎撃して、もし、前を行かれても、ゲートポイントは30ポイントで済むという作戦──」
『どんなにスピードが上でも、絶対に前には出さない──、あたしたちは、エリナちゃんたちを絶対に前には出しちゃいけない──そういうことだね──おちびちゃんたち』
「そういうこと──」
『とりあえず、コースは、譲ってあげる──』
「それでもいいけど──レッドゾーンコースは、そっちで守って欲しいんだ──オレンジゾーンを、こっちでやるから」
『いいのか?』
「と・り・あ・え・ず──だよ。まだ、こっちのほうがポイントが上なんだから…優勝を狙うためには、シティウルフを止めなくちゃならない──その認識は合ってるよね」
『レッドゾーン死守は了解した──まさか、レギュラー全機で、予選組の機体を抑えないといけなくなる展開になるとは、思わなかったけどね』
「ロングバリーったら、嘘ばっかり──」
『あ──わかった?』
「エリナ姉さんと、Zカスタムのフライトテストやってるんでしょ」
『このF14もエリナの機体だしね──エリナの新作なんだから、これくらいはやってくれないと、面白くない──』
「もう1機──サットンの姉さんたちの機体も、エリナ・チューンだからね」
『わたしたちが、3位以内でフィニッシュすれば、ボール、オータ、ルーパスで、1・2・3フィニッシュになるわけだ』
「あたしたちは、負けないよ──今回、譲るのは、ここだけ──それに、コースは譲るけど、順位を譲る気はないから」
『おちびちゃんたちの腕は、信頼してるからね──もっとも、あのクイズの時の作戦は、正直、ムカついた──』
「チーム戦略だから──ウミたちを責めないでよ──まぁ、責められるのは、嫌いじゃないけど」
『意味が違う気がするけど──』
「そのままの意味だよ──シティウルフを抑えることができたら、こっちのバトルも再開しようね──その時は、思いっきり攻めてくれなきゃ、イヤだからね」
『その時になったら、考えるよ』
「じゃ、おしゃべりは、ここまで──シティウルフと接触するまでは、休戦協定成立ってことで、レッドゾーンよろしくね──麗しのシマコお・ね・え・さ・ま…」

『レギュラーチームの4チームが散開しましたね──』
『ルーパスチームの包囲網が完成したってことでしょう』
『この5周目──そして、次の6周目で、ルーパスにいいようにやられてしまったら、8周目で逃げ切られてしまいます──当然の作戦といえるでしょうね』
『レギュラーチームも、ルーパスの8周目の独走を、ある程度想定しているということですね』
『ワンオンワンで止められなければ、ダブルチーム、それでもダメなら、トリプルチーム──サッカーでもバスケでも、突出した才能を抑え込む方法は、いろいろありますからね──プライドを棄てて、結託ができるレギュラーチームの判断力と決断力も、評価できます』
『ハットリさんの言うとおり、可能性を無視して、作戦を立てることほど、愚かなことはないです』
『1ポイント差であっても、勝ちは勝ち──1000ポイント差を付けての優勝も、年間スコアを積み重ねるためには必要な選択ですが、まずは、各レースの優勝ポイントを積み重ねることが重要です』
『イコールコンディションを作っておいて、7周目のラストバトルで、順位点を、ある程度確定させる──ウイングチームのこの選択は、レースを観る者へのサービスもあるでしょうが、それ以上に、イコールコンディションに持っていければ、勝ちを掴める──そういう意思が伝わってきます──わたしは好きですよ、ウイングチームの今の戦い方──』
『暫定──トップのチームですからね』
『7周目の終わりで、ルーパスチームと600ポイントの差が付かないように、今の段階から、ポイント調整を行う──当たり前の作戦なのですが、他のチームの能力を把握し、信頼していないと、できない作戦です』

「結局、徹底マークされるわけだね──うちは──」
 ミリーが、すっかり打ち解けたエイクに、気軽に話しかける。
「まぁ、マークされる気分は悪くないからね。それは、ミリーちゃんだって、ゲームする時に感じてることだろ?」
「やっぱりエイクは、よくわかってる──ゲーム大会で優勝しちゃったりすると、あたしのゲームする時の癖とか、対戦相手は、ほんとうに執念深く調べてくるから──相手によっては、あたしの進化形のパラメータまで、シミュレータにインプットして来る──」
「それを、全て無駄な努力にしてやる快感が、たまらないんだろう?」
「エイクは、そう思って試合してるの?」
「俺の場合は、ちょっと違うかな──」
「努力をしてくる相手を、さらに高めてやるために、自分の技術を磨く──常にトップにいる努力を、し続けることで、全体のレベルアップを図る──だっけ」
「読んでくれていたのか?俺のブログ──」
「先週、ゲームに付き合ってくれた時、嬉しくってね──それまでは、真剣に読んでいなかったんだけど、この1週間で、エイクのブログ──過去ログも全部、読み切ったよ」
「ありがとう──」
 エイクは、無邪気に笑うミリーに最高の笑顔を作って、礼を言った。
「で、こっちは、どこから切り崩していくつもりなのかな?」
「一番、相性がいいチームに仕掛けるのがセオリーなんだろうけど──どのチームも、ブロックの技術は一流みたいだからなぁ」
「でも、この周回で──差は詰めておきたい──たとえ、1ポイントでも」
「コントロールルームに行ってもいいのかな?」
「そうだね──後は、最終周まで飛び切るだけだし──パドックを守る必要も、もうないと言っていいかな?」
 ミリーとエイクの二人が、エリナのいるコントロールルームを覗き込む。

「ハルナ──本当に身体は、なんともないの?」
『お姉さまは、心配性ですね──元気いっぱいですよ』
「今、ちょっと話してもいいかな?」
『はい?』
「忙しい?」
『今は、この速度で追いつくだけですから、特に忙しいということはないですよ』
「ハルナには、いっぱいいっぱい、ありがとうって言わなくちゃならないんだ」
『どうしたんですか?急に──』
「あたしは、このレース、別に初めから勝てるなんて、全然、思っていなかったの──」
『お姉さまらしくないですよ──勝ちましょう、絶対に勝てますよ』
「うん──あたしも、そう思う──そう思わせてくれたのは、ほんとうに、ハルナのお陰なんだ──」
『おかしな、お姉さま──』
「あのね…あたし、いつも、退屈そうにしてるイチロウを見てるのが、ずっと辛かった──」
『な──』
 イチロウが、言葉を発しようとするが、エリナは、その言葉を、遮る。
「ごめん──イチロウには、また、別の時にちゃんと、ありがとうを言うから──今は、ハルナに、お礼を言っておきたいんだ」
『……』
 イチロウが、開きかけた唇を、噛みしめるのが、モニター越しに見て取れた。
「こんな時代に、イチロウをひっぱり出しちゃったこと、はっきり言って後悔してた──イチロウと仲良しだった友達なんか、一人もいないんだよ──ここには──
 いるのは、たいして、かわいくもなくて生意気で、発明しか取り柄のない、ちっぽけな女──絶対、カナエさんとは全く違ってイチロウの好みの女じゃないし、一緒にいても、退屈なだけだって、よくわかってた──」
『そんな──お姉さまは──』
「最後まで聞いて──」
『あたしは、友達が欲しかった──ニレキアは、親友になろうって言ってくれたけど、レース以外の時に寄り添うような関係じゃない──あくまでも、レースでのお付き合いでしかなかったし──
 親友とはっきり言えるほどは、あたしは、ニレキアのことを知らないし──
でも、親友かどうかは、わからないけど──ニレキアは、大切な友達──
 絶対に、失いたくない友達──
だから、ずっと遠慮していた──
失いたくないから──
言いたいことも言わなかった──
何か伝える事で、ニレキアの気持ちが変わってしまうのを恐れてた──
それって、きっと、本当の友達じゃないんだよね──
言いたい事を言えない──
ずっと、うわべだけを取りつくろって、会った時だけは、相手の話しに相槌を打って──
笑って──」
『でも、そういう関係の友達なんて、いっぱいいますよ──本音を言わないのは、相手を思い遣る気持ちが強いからで、別に、距離を取ってるわけじゃないと思います』
「うん──ハルナの言う事が正しい──そうやって、ちゃんと、あたしの言葉に、返事をしてくれる──あたしは、ハルナにだけは、嫌われてもいいから、自分が思ってること、全部、話してもいいって思ってる──今は、特に、そう、感じてる」
『……』
「ほんとうは、イチロウとも、そういう関係になりたいって──
 ずっと、イチロウが目を醒ます前から、思っていたの──
 イチロウは、男の子だけど──
なんでも、言えるんじゃないかって──
あたしが、イチロウを、ずっと見続けてきたのは、あたしだけの友達になってもらいたかったから」
『……』
「でも、男と女って、そんなに簡単に、友達にはなれないんだって、イチロウが目覚めた瞬間、思ったの──」
『あの…その先の話…イチロウに聞いてもらっても、いいことですか?』
「もちろん…イチロウが、聞いてるから、このことを、今、話したかった──
 ハルナには、もう嫌われてもいい──喧嘩になってもいい──
隠し事とか、言いたい事を言わずにいるとか──絶対にしたくないって思ってるから」
『イチロウには、このレースで優勝したら、ご褒美に、キスするって約束したんですよね』
「うん…イチロウが目覚めた瞬間…抱きしめてキスしてあげたかった…でも、その時、できなかったの──
 イチロウの瞳が開いたら、友達ではいられない…と思った──
 キスして、抱きしめて、そして、抱いてほしいって、そう思ったら──
もう、友達を見る目で、イチロウを見る事なんかできなかった」
『そんなに、堅く考えなくても…そういう関係になっても、友達でいることはできますよ』
「その時、できなかったから…だから、きっかけが欲しかった…ちょっと運だめしの意味もあったの……イチロウと友達のままでいるか、恋人にしてもらうか…イチロウは、優しいから、優し過ぎるから──あたしが、望めば…必ず、あたしの想いを受け止めてくれる──
 このレースで優勝できたら、それをきっかけにしたかった」
『お姉さまらしい…と思いますよ』
「そんな時、ハルナが現れた──」
『──』
「イチロウを取られたくなかった──そう感じた時、自分が、イチロウをどれくらい好きだったか、よく、わかった──そのことを気付かせてくれたハルナに、今は、とっても感謝してる…いっぱい、いっぱい、ありがとうって言いたいの──」
『あの時…ですか?ハルナは、何もしてませんよ──でも、お姉さまに会えることは嬉しかったです──イチロウが、お姉さまに会わせてくれた事は、むしろ、ハルナのほうが、イチロウに、お礼を言いたかったくらいです』
「そして、ハルナが友達になってくれた──だから、もう、イチロウは友達じゃなくてもいいって思えた──ずっと、ずっと、傍にいてくれる友達が欲しくて──でも、どうやったら、友達を作れるかなんて、全然、わからなくって──無理やり、イチロウを友達にしたかっただけなんだって──本当は、恋人になってもらいたかったのに、友達のままでいてくれることを望んでた。
 そんな時、ハルナが、飛びこんで来てくれたから…よくわかったの──どんなに、趣味が合っても、会話が弾んでも──男と女のままでは、友達にはなれない──あたしは、女だから…」
『ハルナは、お姉さまのことが、大好きですよ』
「うん…自惚れかもしれないけど、それは、知ってる──よくわかる──ハルナみたいな、素敵な女の子に好かれるのなら──あたしも、まんざらじゃないなって、ちょっとだけ…自分に、自信が持てた気がする──」
『お姉さまは、天才ですから…それに、ハルナが持っていないものをたくさん持っています』
「それって、家族──だよね」
『正確に言うと──一緒にいてくれる家族──仲間と言ったほうが、カッコいいのかもしれないけど、家族は、今までハルナが持っていなかったものだから──ずっと、ずっと欲しかった──お姉さまと呼べる人も、ずっと欲しかった──』
「生まれた後で、お姉さんを作るのって、不可能に近いもんね──」
『はい──
 血が繋がってなくたって、遺伝子が継承されていなくたって──お姉さまとハルナは、姉妹なんだって──ずっと、ずっと、いつまでも姉妹なんだって──そう思いたい』
「あたしは、ハルナは友達だと思ってる──だから、ハルナが妹という感覚は、まだピンと来ないんだ」
『はい──それでいいんですよ──それに、お姉さまは、いずれ、お母様になるのですから──ね、お父様?ちゃんと、聞いていますか?』
「聞いているよ──エリナさんは、私にとって最高のパートナーだ──ハルナにとって、最高の母親になってくれるはずだ」
 それまで、穏やかな微笑を浮かべながら、愛娘と婚約者のやりとり──会話を聞いていたカドクラが、ハルナの質問に即答する。

「エイク──ちょっと入れる雰囲気じゃないね」
「だね──戻るか?」
「でも、もうちょっと聞いていたいかな──あのやせ我慢のエリナの素直な言葉を聞いたのって初めてなんだ──」
「つきあいは、長いんだろう?」
「うん……でもね──エリナは、あたしたちとは、距離を取っちゃってる──あたしたちは、エリナの監視役だから…心からは打ち解けてくれなかったし──だから、エリナにとっての初めての友達が、イチロウなんだったんだと思う──」

「お姉さんになった実感もないのに、お母さんだなんて…」
 エリナは、優しい瞳で見つめているカドクラの目に、自分の視線を合わせる。
「そろそろ、レースに集中したほうがよさそうだね」
「はい──」
 そして、エリナは、コントロールルームの椅子に座り直して、モニターに映るZカスタムのコックピット映像に向き合う。
「イチロウ──とりあえず、おしゃべりできるのは、ここまで──あたしも、もう、余計な事は言わないから、イチロウ、ハルナ、集中して…さっきのピットインで、話せなかったから、作戦の内容は、今、データで、そちらに送った──」
『ちゃんと届いてる』
「概ね、そのコースの通りで、飛んでもらうから──この5周目は、確実に、第7ゲートと、第8ゲートで、ポイントを重ねる──この周を含めて、4000ポイントを取らなかったら、絶対に、優勝なんてできないから」
『第1目標は、ポリスチームか──』
「うん──ここで、ポリスをかわして、トップを奪う事が、勝つための最低条件──」
『コースは、ブルー──つまり、ゲートポイントは30ポイント──』
「ポリスを捲ることができれば、通過ポイントの100ポイントが獲得できる──あっちが、誘ってきてるんだから、遠慮したら、失礼でしょ──それに──」
『カナエリちゃんと、バトルしないと、気が収まらないでしょ──イチロウは…』
『カナエリちゃん──か…』
「カゲヤマさんを放置するのは、危険だけど──今、カナリさんを止めることができるのは、うちだけだから…ね」
『みたいだな──』
「どこも強敵だから──一番厄介な敵を、始末しましょう──」
『わかった』
「ここで、200ポイント取れれば上出来──6周目と7周目で1100ポイント──ラストは、当然──1600ポイントでフィニッシュするんだから──」
『ここで、トップを取るしか、優勝への可能性はないってことですね──』
 Zカスタムは、そのショッキングピンクの機体を、ブルーゾーンを狙うコースに移動させる。

『ついに、ルーパスチームが、追いついてきました──第5周目…その第7ゲートが、バトル再開となりそうです』
『当然のトップ取りですね──ポリスチームを抜く事ができれば、通過ポイントの100ポイントを得る事ができるのです』
『上位チームは、各コースに散開して、ルーパスが追いつくのを待っていたようですが──』
『勝つことも大切なことですが…彼らは、ちゃんと…見せる事を意識している──さすが、レギュラーチームです。他の予選組のチームは、飛ぶ事で精一杯ですね──』
『ルーパスチーム…そして、サットンチーム、どっちもの予選組ですよね──』
『楽しませてくれますね──今回の予選組チームは──ちゃんと、見せる事も意識してくれてますし──』
『ハットリさんは、はっきりと攻撃こそ最大の防御だと言って、有言実行していますからね──』
『そういうことです──攻め気をなくしたら、勝負なんてできません──体操をやっていた時も、フィギュアスケートをやっていた時も、私は、無難にこなすより、高い難度の技を決める事に生きがいを感じていました──もちろん、今のサッカ―もそうです。攻めの気持ちがなかったら、成功はあり得ませんよ』

「カナリさん──」
 ハルナは、カナリアバードに、通信メッセージを送り、カナリに呼び掛けてみる。
『その声は、いつかの賞金稼ぎの女か?』
「覚えていらっしゃって光栄です──賞金稼ぎをやっていた時は、持ちつ持たれつ──お互い、利用させていただきましたが──今は、はっきりと敵として対戦できること──嬉しく思います」
『まずは…お手並み拝見といきましょう──抜けるものなら抜いてみなさい──ピンクルージュ』
 ポリスチームの黄金の機体と、ルーパスチームの限りなく赤に近いピンク色の機体が、接近する──コックピットの中のお互いの顔が視認できる距離──オータコートの反発作用が作動しないギリギリの距離まで、イチロウは、Zカスタムを、カナリアバードに近づける。
「部長さん──さっきのバトルは楽しかったですよ──」
 ジョン・レスリーの顔を直接見ながら、イチロウが話しかけてみる。
『こっちもだ──ただ、もうトシだな──前は、これくらいで、身体がガタつくことなんかなかったんだけどな──』
「辛そうですね──」
『ハットリさんに、ああは言われたが、正直──残り、4周は持ちそうにない──』
「泣き言は聞きませんよ──手加減も、一切しませんから──さっきのような気持ちのいいバトルができること…期待していますよ」
『わかった──もっとも、今回、お相手するのは、バージョンアップしたカナリだ──私以上に、手ごわいぞ』
「望むところですよ──」
 そう言いながら、イチロウの操るZカスタムが、カナリアバードに体当たりを実行する。
ポリスチームのカナリアバードが、僅かに弾かれるが、カナリの巧みなコントロールで、機体のバランスを立て直す。
そして、今度は、カナリアバードが、Zカスタムに、体当たり攻撃を仕掛ける。
 実際には、オータコートに守られているため、直接の接触はあり得ないのだが、カメラ映像が捉えた、その2機のバトルは、黄金の光の軌跡と赤い光の軌跡が交錯し、激しく、火花が散っているように見える。

『今までにない、激しい体当たりですね──』
『サットンチームのプラチナリリィは、そのスピードで、ルーパスチームに対抗しようとしていますが、ポリスチームは、バトルによる真っ向勝負をしています──これだけのバトルを演じれば、双方、相当量の燃料の消費を覚悟しなければなりません──』
『鍔迫り合いを演じながらの、ゲート通過は、決して効率のよい方法とは言えないのですが、体当たりによる威嚇──一歩も引かないという意思が感じられるバトルは、見ていて気持ち良いものです──ただ、このバトルを見る限り…完全に、ポリスチームは、燃料が尽きるまで、バトルを続ける──優勝を棄ててしまっていると思えます』
『年間優勝を視野に入れれば、今回のレースを棄てても、新規参入を果たした、高いポテンシャルを持ったチームの力量…癖…モチベーションを、直接のバトルで推し量ること──大きな意味がありますよ──』
『実際、ここまで、オータチームが、水星ステージ、金星ステージ…と2連勝は、していますが、ポリスチームの実力は、オータチームと同等といえます──』
『先ほどから続いてるバトルを見る限り、一瞬の判断の甘さが消えた分、オータチームのモンド・カゲヤマよりも、ポリスチームのカナリ・オカダのほうが、パイロットとしての実力は、上回っているように思えます』
『機体の性能は、確実に、オータチームのF14のほうが、ポリスチームのカナリアバードよりも上ですからね──パワー、スピード、燃費性能──すべて、公式データでは上回っているのです』

「俺が、機体の性能差だけで勝って来たような言い方は、納得がいかないが──」
 実況放送を聞いたモンドは、眉にしわを寄せて、操縦桿を、強く握りしめる。
「イマノミヤさんの言うこと…間違っているわけではないけどね──今回のF14のセッティングをバランスタイプにしたのは、間違いだったかも──ラストの8周めで、ついていけなくなるのは、本当にイタイとしか言いようがない」
 シマコが、サブモニタ―に映される、Zカスタムとカナリアバードのバトルの様子を見ながら、唇を噛む。

 第7ゲートのブルーゾーン…スクリーン手前で、バトルを演じるZカスタムとカナリアバードの2機──しかし、ゲートを1位で通過したのは、オータチームが守っているはずのレッドゾーン──その赤いスクリーンを、サットンチームの白銀の機体──プラチナリリィだった。

「一瞬の隙をつかれたか──」
 Zカスタムとカナリアバードのバトルは、1位通過を狙ったバトルであったが、結果的には、横への動きを繰り返すバトルとなったため、スピードは、若干ではあるが、損なわれていた──そこで、バトルに関係ないポジションで、高速フライトを続けていたサットンチームのプラチナリリィが、レッドゾーンを通過する形となった。
 第7ゲートの通過は、2位通過…オータチーム(オレンジ)。3位通過…ウイングチーム(イエロー)。4位通過…ポリスチーム(グリーン)。
そして、Zカスタムは、5位でブルーゾーンを通過するといった結果となった。
「やり過ぎたか?」
 イチロウが、ハルナに確認する。
「このZカスタムの体当たりでは、カナリアバードの進路を妨げることは、相当キツイね…」
 ハルナも、残念そうに応える。
「わかっては、いたが──あの、こっちのアタックを悉くいなされる感覚は──まるで、見きられてるようだ」
「次のターゲットは、チアキさんのとこでいいよね──今、先頭のチームだし──」
「もちろんだ──」
『すぐに、コースを移動して──ポリスは、しばらく放っておいたほうがいい──ポリスとやり合っていたら、バトルで、ポイントは取れないよ──』
 Zカスタムは、現在トップのプラチナリリィのフライトコースに機体を移動し、第8ゲートのレッドゾーン通過を果たすため、スピードを上げる。
『今のあたしたちに追いつけるのは、やっぱり、君たちだけみたいね──』
 チアキ・ニカイドーが、追いついてきた、Zカスタムのイチロウに話しかけてくる。
「次は、俺たちが1位をもらいます」
『その燃料満載の機体で、あたしたちの後をついてくることができると思ってるの?』
 プラチナリリィは、さらに、スピードを上げる。
「付いていく事くらいなら──」
 そして、若干だが、遅れ気味であったZカスタムは、バーニアに火を入れる──通常の加速とは異なる最大出力──推進剤を一気に大量に噴射することで得られる、一瞬の最大パワーで、プラチナリリィに対抗する。
 プラチナリリィと並走する位置まで、機体を推進させたZカスタムは、さらなる加速を続ける。
『でもね──こっちは、エリナちゃんのチューンのお陰で、もっと速く飛べるんだよ』
「知ってる──」
『へぇ──』
 プラチナリリィが、Zカスタムを上回るスピードを出すため、加速する──燃料の搭載量の違いが、質量差を生み、この状態では、確実に、プラチナリリィは、Zカスタムを、引き離せるはずであった。
しかし、引き離せない──
「うちの取っておき──今、使うしかないよね──」
 ハルナは、秘密兵器…コバンザメを発動させていた。
「よろしいですか?お姉さま?」
『もちろん──必ず、チアキさんたちを相手に200点もぎ取ってよね』
 モニターに映るエリナが、右手の親指を立てて、ハルナに声援を送る。
「燃料を消費しないで、バトル相手の加速スピードについていくことができる──これが、コバンザメの1つの特徴──」
『ハルナちゃん──いったい、あたしたちに、何をしかけたの?』
「へへ…ちょっとした秘密兵器ですよ──正式名称は──『オータコートバージョン2』
です──」
『オータコートの改良版かい?』
「はい──」
『いろいろとやってくれる──でも、これくらいできてあたりまえだよな──エリナちゃんは、天才だ──』
「はい──」
『あんたたちとのスピード勝負は、ラストの8周目と考えていたんだが──』
「ちょっとだけ、つきあっていただけますか」
『第8ゲート…の200ポイントを、どっちが取るか──レギュラーチームにはない、予選組のスピードバトル──今だけは、相手してあげるよ』
「次の6周目は、お相手できないと思いますので…もう、そちらは、燃料がきついですよね──」
『よくわかってるじゃないか』
「エリナ様が、手を加えた機体ですから──性能は熟知してますよ」

 エリナが、このレースのために、開発した『オータコートバージョン2』…これは、元のオータコートが持っている反発作用による機体の接触をさせないための特徴を備えながら、コート同士の接触での反発作用を抑え、弾き出されないことを目的に、エリナが完成させた、オータコートの進化形であった。
接触しない距離を維持しつつ、相手の機体に密着することができるため、エリナは、コバンザメと略称で呼んでいた。
「相変わらず、エリナのネーミングセンスは、イマイチだけどな──」
「そうですね──それは、激しく同意します──いくらなんでも『コバンザメ』はねぇ」
『あたしのネーミングにケチをつけてる暇があるんなら──ちゃんと、置いていかれないように、チアキさんたちに付いていくことに神経を使いなさい──』

 『コバンザメ』の作用で、プラチナリリィに貼りついた形となっているZカスタムは、そのまま、第8ゲートのレッドゾーン直前まで、プラチナリリィとのランデブーフライトを続けた後──
プラチナリリィの機体のオータコートの反発作用も利用し、さらに、コバンザメの持つ強化された反発作用と合わせ、プラチナリリィのボディをカタパルトに見立てたように、レッドゾーンスクリーンに向け、射出されるような加速で、スクリーンを突破していった。
『名付けて…ゴールドメダルシューティング!!けっこう、いいネーミングでしょ』
 第8ゲートのレッドゾーンを1位通過したZカスタムのコックピットのモニターに、これ以上ない笑顔で、はしゃぐエリナの姿が、大映しにされている。
(こうやってモニター越しにみると、エリナ様って、可愛いでしょ…イチロウ──)
(否定はしないけど──)
(こんなに可愛らしいエリナ様を、お父様に取られて残念だって思ってるでしょ──)
(少しだけな──)
(正直でよろしい──)
「お姉さま、最高のネーミングですよ!!次にやる時は、ハルナが、大声で技の名前、叫んじゃいますね!!」
『だめだよ──相手に、ばれちゃうじゃない──』
「じゃ、やり終わったら叫びます──」
『それも、間抜けっぽくない?』
「じゃ、どうすれば?」
『とりあえず、実況席のユーコちゃんに叫んでもらったら?』
「わかりました──来月は、頼んでみます」
『うん──よろしくね』

 スクリーン手前まで、Zカスタムに密着されていたプラチナリリィは、スクリーン通過後も、その呪縛から逃れることができず、赤い光の膜が消え去ったゲートを空しく通過することしかできなかった。
「この方法なら、確実に、ターゲットにした相手をノーポイントにすることができる──」

『第8ゲートの攻防を制したのは、ルーパスチームです。
 でも、今のゲート通過──なにか、おかしな感じがしませんでしたか?』
 実況のフルダチが、Zカスタムが1位通過したことを伝えた後で、首をひねる。
『後で、リプレイで確認してみましょう』
『はぁ──エリナさんて…ほんとうに天才なんだなぁ』
 Zカスタムとプラチナリリィの、一見静かな第8ゲートでの攻防を捉えたユーコの動態視力は、その『コバンザメ』とネーミングされた秘密兵器の持つ特性を、しっかりと見破っていた。