第14章 覚醒 -54- | d2farm研究室

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 第1周めの第6ゲートの攻防は、ハートゲットチームが制した。
第6ゲートだけではなく、第7ゲートも第8ゲートでも、ポリスチームは、ハートゲットチームとのタイマンバトルの結果…1ポイントも取ることができなかった。

1周目が終わった時点でのトータルのポイント状況と順位は、次のような結果となった。

 1位 5890ポイント ウイングチーム
2位 5510ポイント サットンサービスチーム
3位 5410ポイント ブシテレビチーム
4位 5260ポイント オータチーム
5位 5190ポイント ハートゲットチーム
6位 5050ポイント サブマリンチーム
7位 4860ポイント ルーパスチーム
8位 4765ポイント ソーサラーチーム
9位 4720ポイント ポリスチーム
10位 4600ポイント 寶船鉄工所チーム
11位 4500ポイント ゴリラダンクチーム
12位 4485ポイント ジュピターアイランドチーム
13位 4400ポイント カカシチーム
14位 4300ポイント ボールチーム
15位 4200ポイント ライアンチーム
16位 4100ポイント ヨシムラチーム
 実況に無視されながらも、激烈な8位9位争いを演じていたブシテレビチームと寶船鉄工所チームであったが、ブシテレビチームが、ボーナスポイントのキャリーオーバー分と順位ポイントを含めて、1210ポイントを獲得したことで、順位が急浮上して3位という結果となった。
寶船鉄工所チームも4回分のボーナスポイント1200ポイントを完全なラッキーチャンスを生かしてゲットしたことで10位までジャンプアップすることに成功していた。


 太陽系レースのゲートセッションは、毎回およそ、2時間30分程度の時間を要する。
太陽系レースの舞台となるのは、太陽系惑星の4つの惑星──水星、金星、地球、火星である。
その惑星の上空7077kmの位置を宇宙専用のミニクルーザーが、赤道を巡る形で、フライトする。
コースの長さは、44444kmと決められていて、この距離よりも短いフライトであれば、たとえ1km足りなかっただけでも、失格扱いとされて、その周回での順位ポイント・ゲートポイントともに、全ゲートノーポイントとなる。
仮に、1周で満点を叩きだしたチームがあったとしても、距離がショートした場合は、そのポイントは無効になってしまうのだ。
無効になった順位ポイントについては、基本的に、繰り上げ操作が行われるルールとなっていて、1位であったチームが、このルールでノーポイント措置を受けた場合は、2位のチームが、1位に繰り上がり、以下のチームも全て繰り上げられていく。
そして、レインボーゲートを通過したゲートポイントであるが、ゾーン判定については、1チームが通過した瞬間、ブラックアウトしてしまうため、例えば、レッドゾーン通過のポイントを獲得していたチームが失格となるとその時のゲートポイントは消失してしまい、他のチームに還元されることはない。
もっとも、距離がショートする場合は、ほとんどあり得ないと言ってよかった。
むしろ、縦横に機体を駆使する際に、記録される移動距離が、それぞれの直線コースをフライトする距離に加わることで、正規の距離メーターが示す値は、規定の距離を大きく上回ることのほうが多い。
予選のスプリントセッションでは、距離をギリギリの規定距離44444kmで飛ぶことが、重要な要素となっているが、ゲートセッションに関していうと、全てのゲートを通過するコース取りをしてさえいれば、このルールに抵触することはありえない。
また、1周する場合の平均秒速は、およそ44km/秒であり、今回の1周目でルーパスチームが作った49km/秒を超えるスピードペースというのは、若干、速めの速度ということになる。
オータチームが、1周目を43km/秒でフライトをすることを当初の作戦として計画したことは、今までの平均速度を基準に考えたからで、最終の8周目などでは、ラストのタッチダウン規定がないことから、バトルをしないで、80km/秒を超える超高速フライトで先行逃げ切りとなるケースも少なくなかった。
タッチダウン規定で決められた30km/秒という速度については、今、レギュレーションの見直しが検討されている。
 高速域でのバトルが行き過ぎることで、機体同士の接触事故が起こっても、緩和されるギリギリのスピードということで決定されたのが、30km/秒以下のスピードでのタッチダウン規定である。
しかし、この規定も、オータコートの導入で、接触事故がなくなった2110年以降、見直しをするべきであるという意見が多く出てきてはいた。
ただ、まだ、その見直しは行われてはいない。
そのため、オータコートで接触事故が極端に減った現在、高速域でのバトルでスピードアップされた機体を、いかに30km/秒のタッチダウンスピードまで減速させるか……それが、レースの駆け引きの一つとなっている。

チキンレースと言われるレースがある。
崖に向かって2台以上の車、またはバイクが走り、ブレーキを踏むタイミングによって、臆病者であるかないかを決める度胸試しゲームであるが、この太陽系レースのタッチダウントライが、まさに、このチキンレースに該当する。
第8ゲートの結果が出た後、ブシランチャーにタッチダウンをするためには、徐々に速度を落として行く事が最善であり、パイロットとナビゲータにかかる減速Gによる肉体的負担を少しでも軽くするためには、段階的な減速をすることがセオリーとなっている。
事実、第8ゲートを過ぎた後、3000km地点…ブシランチャーまで1900km余を残す時点から、ほとんどの機体が、減速をし始める。

しかし、今回、イチロウとハルナの乗るZカスタムは、減速をしない。
50km/秒を超えるスピードで慣性フライトをしながら、ブシランチャーまで1000kmの距離に迫った今も、減速する様子をみせない……
『ルーパスチームは減速をしませんね』
 フルダチが、単独で先頭をフライトするZカスタムの映像を見ながら、不思議そうに呟く。
『ここで、あまり頑張る必要はないんですが…普通に減速をしないと、減速Gでパイロットの身体にかかる負担が大きすぎる結果となります』
 イマノミヤも、ルーパスチームの作戦が理解できないという意味のコメントをする。
『でも、今、確実にルーパスチームは単独でトップ位置をキープしていますよね』
『確かに、ここである程度のアドバンテージを作っておくことは、少しは、タッチダウン後のスタートで先行することに繋がりはしますが……でも、第1ゲートまでに追いつかれたら、まったく意味のないことになってしまいます』
『まぁ、それは、そうですよね』
『第1周目でも、ルーパスは、先行逃げ切りの作戦を見せましたが、結果的に、第1ゲートで追いつかれていますから』
『考えられる要素としては、燃料消費ですか?』
『それも、50kmまでスピードが上がった機体を減速するために必要な燃料の量は、ある程度、決まっていますから、減速タイミングの遅い早いは関係ありませんよ』
『他に考えられるのは、減速の処理方法でしょうか?』
『そうですね……通常は、前方へのスラスター噴射を続けることで減速をしていきます。
 ルーパスチーム…タッチダウンまで残り800kmとなりましたが……このまま50kmでフライトすれば、16秒でブシランチャーに到達してしまいます……いくらなんでも、もう減速をしないと、間に合わなくなりますよ』

「イチロウ……残り400kmで、エリナ様の決めた減速作戦決行だからね……悪いけど……ハルナは、先に、寝るね」
「ああ……エリナも、いろいろ無茶をしてくれる」
 一瞬で眠りに落ちたハルナを横目で見ながら、イチロウも目を閉じる。

「練習では、何度も試してる作戦だから…心配いらないんだろう?」
 ルーパスチームパドックのコントロールルームでは、ハルナの父、シンイチ・カドクラが、コントロールパネルを操作するエリナの手に、自らの手を添えて、声をかける。
「結局、あたしの腕が未熟だから、あの二人に余計な負担を掛けることになっちゃったけど」
「でも、これが、あの二人の精神負担と肉体的な負担を軽減できる理論で導きだされた結果の作戦なんだろう?」
「はい……でも、ほんとうに実際のレースで使うのは初めてだし」
「初めても、2回目も一緒だよ」
「そんな……初めてと2回目は、全然違います……」
「そうなのか?」
「そうです……」
「わかりましたよ、お姫様……今は、集中して……レースに疎い私には、こうやって見守るしかできないが……」
「ありがとうございます」
 パイロットのイチロウ、そして、ナビゲータのハルナを催眠状態……仮死状態にした上で、急減速をさせる。そうすることで、減速を繰り返すことによる減速Gのストレスをなしにする。
エリナの努力により…マスドライバーの射出で使用される揺り籠式のコックピット構造も、Zカスタムに既に搭載させてある。
心配な要素は、何一つないはずであったが、エリナは、少し震えていた。
「減速バーニアに点火!!」
 コントロールルームからの遠隔操作で、Zカスタムの前方ボンネットが、大きく開く。
それと同時に、ボンネット内に据え付けられた超大型のバーニアが、炎を吐きだす。
約2秒の連続噴射で、Zカスタムは、50km/秒のスピードが、30km/秒ジャストまで落ちる。
エリナは、イチロウとハルナのメンタル面をパラメータとして表示させるメンタルメーターの数値を確認して、異常がないことを、いち早くチェックする。
そして、エリナは、すぐに、イチロウとハルナの仮死状態を解除する。
「ハルナ……おはよう……気分はどう?」
『素敵な夢の途中で起こされたので、ちょっと残念です』
「ごめんね……イチロウは、平気?」
『まぁ、問題はない』
「ブシランチャーへのタッチダウンは、ハルナに任せるからね」
『そうですね……がんばります』

『なんと、ルーパスチームのZカスタムは、わずか2秒で減速を成功させました……』
『いろいろやってくれますね……ほんとうに、あのチームは……』
『フルダチさんも、ファンになりたくなったんじゃないですか?』
『わたしは、とっくの昔に、ルーパスチームのファンですよ』
『もう……実況は、公平にしないといけませんよ』
『今、他のチームを大きく引き離して、ルーパスチームが、ブシランチャー2号機1番デッキに、タッチダウンしました。速度は、30kmジャスト!!まったく、問題ありません』
『さっそく、ルーパスチームのピットレポートが欲しいところですね…ハヤカワさん…今は、どこですか?』
『あ……はい…ルーパスパドックに来ています』
『エリナさんのインタビューは、できますか?』
『あ…聞いてみます』
『しっかりしてください……このタイミングで、レポート入れられないようなら、レポーター失格ですよ』
『ごめんなさい……でも、あの…』
『エリナさんに、この作戦の意味を聞いてください』
『あの……映像だけでいいですか?』
『はぁ?』
 そこで、ルーパスチームのコントロールルームの映像が届く。コントロールルームでは、シンイチにしがみついて離れそうにないエリナの姿が映っている。
『あは……幸せそうな二人ですね……スナオさん、コメントはどうでもいいですから、映像だけ、そのまま届けてください……できれば、もっと、アップにしてください』
 ゲスト解説のユーコが、素直な感想と要望をスナオ・ハヤカワに伝える。
『邪魔をしたら、罰が当たりますよね……ね、イマノミヤさん』
『私からはなんとも……』
『実況を続けます……ルーパスチームは、タッチアンドゴーで、そのまま、加速していきます…他の機体も、続々とブシランチャーへのタッチアンドゴーを成功させています』
『セオリー無視で、トップを快走しているルーパスチーム……果たして、追いつけるチームは、あるのでしょうか?』
『このまま、加速を続けたら、追いつけないでしょうが……ルーパスチームは、ブシランチャー離脱後、45kmまで加速しています……続いて、サットンチームと、ウイングチームが、追いかけて行きます』
『まさか……ルーパスが、このまま増速を続けていけば、この周回…他のチームは、追いつけないかもしれないですよ』
『それは、どういうことでしょうか?イマノミヤさん……』
『ルーパスチームには、先ほどみせた減速システムが搭載されているのです……あれで、減速のリスクを軽減できるわけですから、機体の性能が出せる限界までの加速をした上で、ゲートを通過できるということです』
『わずか2秒で、30kmまでの減速を成し遂げてしまうシステムですね』
『エリナさんが、お取り込み中でなければ、あのシステムで、どのように、パイロットを守っているのか…その秘密を聞き出せたのですが…あの急減速で、パイロットに異常がないということが、今の技術では、奇跡に近いことだと思います』

「スバル・ルージュに搭載されてる、ごく一般的な技術なんですけどね……速攻性の麻痺薬も、揺り籠式コックピットもね」
 ハルナが、イチロウにVサインを示して見せる。
「ただ……技術者が、何年もかけて磨いてきた技術を、わずか5日間で、Zカスタムに応用して改造してしまうんだから、エリナの技術は常軌を逸している」
「さすが、エリナ様……練習も完璧でしたが、本番で一発で成功させるのですから…イチロウも惚れ直しちゃったでしょ」
「そうだな……カドクラ社長に取られるのは、悔しい…というか惜しい──」
「奪い返せばいいのに……ハルナは、イチロウを応援するよ」
『ハルナ……聞こえてるよ』
「冗談ですよ……お姉さま……ハルナの夢は、お姉さまとお父様が結婚して、ハルナとイチロウが結婚すること……そして、産まれてくる子供たちと、幸せな生活をおくること……だから、お姉さまとお父様の結婚を邪魔する人がいたら、ハルナの全力を持って、叩きつぶします」
『もう……何を言い出すの?』
「そろそろ第1ゲートだ……」
 ハルナのとんでも発言を敢えて無視するかのように、イチロウが、冷静に進路を指し示す。
Zカスタムのスピードは、既に55km/秒に達している。
ウイングチームとサットンチームは追いかけてきてはいるが、第1ゲートに至るまでの過程では、追いつくことはできなかった。
「サットンのお姉さんたち……どうする?」
『どうするって』
 ウイングチームのサエが、サットンチームのプラチナリリィを操るチアキたちに話しかける。
「とりあえず、第1ゲートはルーパスに譲るとして……第2ゲートでは、バトルを仕掛けますか?って聞いたつもりなんだけど……お姉さんたちと一緒じゃないと、ルーパスを止める事……難しいと思ったので、一応、聞いてみました」
『まぁね……独走を許すわけにいかないから……第2ゲートから仕掛けて……』

『ポリスチームのカナリアバードがルーパスチームに追いつきました!!』
 フルダチの実況が、サエとチアキの会話を途切れさせた。
サエが、前方を肉眼で確認をする。確かに、ウイングチームが目標としていたルーパスチームに、黄色いカラーリングのポルシェが急接近している光景が見える。

『いろいろコケにしてくれたけどね……もう、手加減をするつもりはない……どんな手を使ってでも、1位通過だけは阻止する』
「カナリさん……そうこなくっちゃ」
 カナリの発する絞り出すような力強い言葉にイチロウも力強く応える。
『きみたちのことだ、どうせ、もういくつかの奥の手を用意しているんだろう』
 カナリの代わりに、ジョン・レスリーの声が、Zカスタムのスピーカーに届く。
「バレてますか?」
『少し、カナリが疲れ気味なのでな……ここからは、私が相手をする……』
 そのジョン・レスリーの言葉が終わるか終わらないうちに、Zカスタムは、右翼からのプレッシャーを受ける。
ぴったり並んでいるように見えるが、Zカスタムは、カナリアバードの僅か先を飛んでいる。
Zカスタムの姿勢を正すためのスラスターが噴射される……と同時に、カナリアバードのバーニアが火を吹く。
イチロウも、瞬間的にバーニアに点火し、カナリアバードの先行を許さない作戦を採る。
『エスケープしてくれてもいいんだぜ…オオカミくん……今なら、どのゾーンも邪魔する奴はいない…レッドを諦めても、誰も文句は言わないだろう』
「タイマンバトルで、引き下がれるものか……」
「イチロウ……熱くならないで……エスケープしよう」
『ハルナの言うとおり…ウイングが追いついていないから、ここは、オレンジにエスケープするのが得策』
 エリナからも通信が入る。
そして……
『イチロウ……聞こえる?』
 ミユイの声が、ヘルメットに直接届く。
「聞こえるよ」
『ポリスチームは、この周回の終わりに、ピットインして給油をすると思う……だから、バトルに付き合うのは、得策じゃないよ』
「……わかった」
 イチロウは、コースを変える。
「へぇ……ミユイさんの言葉には、従うんだね」
「ハルナが、コース変更しろって言ったんだろう」
「ふん……どうせ、ハルナの言うことなんか聞くつもりなかったくせに」
「ちょっと迷っていただけじゃないか」
「どうだか…いつも、即断即決のイチロウが迷うことがあるなんて信じられない」
 Zカスタムは、すんなりとオレンジゾーンを1位で通過する。

『お待たせしました!!お兄ちゃん…もう、絶対に逃がさないよ……だって、地球は丸いんだもん!!』
 サエの陽気な声が、届く。
Zカスタムが、第1ゲートを通過した直後、Zカスタムの上方に、ウイングチームのダブルウィングスターファイターが、姿を現す。
『悪いけど、独走は許さないから』
 Zカスタムの下に、サットンチームのプラチナリリィもスタンバイする。

『オオカミくん、さっきはレッドを譲ってくれてありがとう……ところで、娘さんたちに、お願いがある』
 ポリスチームのジョン・レスリーの声が、Zカスタム、ダブルウイング、そして、プラチナリリィの3機に伝えられる。
『悪いが、ここは譲ってほしい…オオカミくんとタイマンバトルをやりたいんだ』
『ちょっと、横入りはズルいんじゃない?それに、おじさまは、ちゃんとシティウルフを止められるの?』
 サエが、すかさず笑いを含んだ無邪気な声で、抗議の返答をする。
『約束はできないが、止める努力はする』
『一人で、できるのかな?』
 からかうような口ぶりは変わらずに、サエはジョン・レスリーに質問してみる。
『ダメだったら、その時、娘さんたちの力を借りたい……いずれにしても、ルーパスは止めなければならない…この周回、ルーパスの1位通過は、絶対に阻止しなければならない……君たちだって、この作戦をこのまま続行すると燃料がきついだろう?この周回は、わたしに任せてほしい』
『ごめんね……二人がかりで、ノーポイントに抑えることができなくって…さ』
『今まで、ずっと、レッドゾーンポイントを阻止してくれただけで充分だ』
『こっちだって真剣勝負だもん……ねぇ、サットンのお姉さま方』
 サエが、サットンチームに直接、話しかける。
『ポリスの部長さん……お手並み拝見といきますよ』
 チアキが、サエの前ふりを受ける形で、ジョン・レスリーに応える。
『この周回では、全力でルーパスを止める……次の周回は、君たちの力が必要かもしれないから、この周回は、私に任せて、力を温存しておいて欲しい……特に、あのスピードと減速作戦を見せつけられた以上は、まともな作戦では、ルーパスに太刀打ちできなくなる……
 サットンサービスさんには、今、あまり無理をしてほしくないという気持ちも大きいのだ。
 おそらく、最終周回でルーパスを止める可能性を残すのは、君たちのプラチナリリィだけになるかもしれないからな……
 最終周回…用意ドンで、タッチアンドゴーをしたら、この機体では、簡単に置いていかれてしまうからな』
『それは……あたしたちも考えていた。あの減速作戦からの超加速についていけるのは、超高速セッティングの、このプラチナリリィだけだってね』
『まずは、ルーパスを止める……それを果たした上で、優勝を狙う』
 ジョン・レスリーが、はっきりと宣言する。
『聞こえてる?お兄ちゃん……』
『まぁな……ちょっと嬉しいよ』
『ピンクルージュの笑ってる顔も、想像できるよ』
『笑ってないよ……怖くて、震えが止まりません──』
『相変わらず、素直じゃないね…
 自身満々なくせに──
まぁいいや。…ということになったので、あたしたちは、レッドとイエローの壁になるよ、上と下には、エスケープできないから、ピンクルージュのお姉ちゃん……思いっきり、タイマンバトルを楽しんでね』
『寄ってたかって……弱い物いじめばかり』
『また…泣かしてあげる……弱虫のピンクルージュなんか、怖くないしね』
『もう、そんな安っぽい挑発で、心を乱されないから……ここからは、正々堂々…なんでしょ?サエちゃん……』
『まぁね……あたしたちの全力で、お姉ちゃんたち叩きつぶす……そのためには、サットンサービスのお姉さんたちや、ポリスのおじさまの、力も借りるつもりだから』
 そして、サットンチームのプラチナリリィは、レッドゾーンへ、ウイングチームのダブルウイングは、イエローゾーンへ、それぞれ散開していった。

残されたルーパスチームのZカスタム…そして、ポリスチームのカナリアバードが、オレンジゾーンコースに残る形で、バトルが開始される。
「マシンの性能だけで勝ったと言われるのは不本意だろう?シティ・ウルフ……」
『そうでもない…エリナという、天才が産み出したマシンだ…マシン性能だけで勝つことにも大きな意味がある』
「バトルを制した者が、太陽系レースの優勝カップを手にするのにふさわしいのだよ……遠慮はしないぞ」
「部長……」
 真正面を向き、メインモニターに映るZカスタムの機影から目をそらさないジョン・レスリーの横顔を見るカナリの口から、言葉が漏れ出る。
「カナリ…お前は、まだバトルの駆け引きが甘い…俺の戦い方を、よく見ておけ」
「わたしだって、燃料残量を気にしなければ、120%の力で、ルーパスごとき、ねじ伏せられます」
「ならば、気にしなければよかったのだ……勝つためには、全力を出さなければ、第1周目のようなことになる…燃料も消費し、ポイントも取れない……私たちは、とんでもないハンディキャップを1周目で付けられたんだ……」
 いつになく真剣な表情と口調でカナリの非を断じるジョン・レスリーの迫力に、カナリは、一瞬ひるんだ。
「わたしに落ち度があると……」
「だから、操縦を変わった……燃料が切れたら、ピットに戻ればいい……その判断もできないなら、メイン・パイロットシートにいること自体が……邪魔でしかない」
「部長のお手並み…拝見します」
「戦いがどういうものか、よく、その眼に焼き付けておくことだ」