第11章 決勝の日 -44- | d2farm研究室

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―44―

【共通問題第2問:もう1問ゲストにちなんだ問題です。昨年サッカーのワールドカップが44回めを迎えましたが、では33回大会の優勝チームは、どの国でしょうか?】

【1・ドイツ 2・ブラジル 3・アルゼンチン 4・日本】

『あたしに、気を使ってくださってるのは、よくわかりました』
 ユーコがちょっと雰囲気を変えて、静かな口調で、第2問の問題を見た瞬間、そう言った。
『ウイングチームに追随するチームの気持ちも、わかります……みなさん、格好を気にせず、ただ、勝つことを目標にがんばっているんですね』
『そうですよ』
『ピンク・ルージュが、甘いということも良くわかりました』
『それは、ハルナさんのことですよね……親友なのではないんですか?』
『親友だからこそ、歯がゆいということもあります。この局面で、いくら疲れているからといって、監督を眠らせているということは、愚の骨頂ですよ』
『それは同感です』
 イマノミヤが冷静に同意の意思を示す。
『どんなに自信があっても、勝負事というのは下駄を履くまで結果がどうなるか、わかりません…相手が、エースを潰しにきたり、キーパーを集中的に攻撃したり、そういう事態を冷静かつ客観的に分析することができるのが、このレースの監督役である、メインメカニックであるべきです』
「言われてるぜ」
 イチロウが、ユーコのコメントに反応する。
「だから言ったでしょ……さっきまではキャラを作っていたって」
「こっちの事情もあるからな」
「それはいいから……イチロウは、さっきの答え知ってる?」
「──4ってことはないから、今度こそ2かな?」
「イチロウ……孤軍奮闘って四文字熟語の意味知ってる?」
「一人寂しく戦ってるって意味か?」
「ちょっと意味が違うかも」
「ごめんな……俺がバカで……」
「イチロウは、そこにいるだけで、ハルナの力を引き出してくれてるから──
 そのことはいいことにするよ…ごめんね…そう考えると孤軍奮闘とかは、適切な表現じゃないね」
「一騎当千……かな?」
「うん……そのほうが嬉しい」
「で……答えは?」
「グリーンスクリーン……4が正解」
「本当なのか?」
「40年も前──日本は、お祭り騒ぎだったって記録にあるよ」
「その時は、ユーコちゃんみたいな女子プレイヤーっていなかったのか?」
「そうだね……Jリーグに女子プレイヤーはいたけれど、残念だけど優勝メンバーには、女子プレイヤーは含まれていない」
「44回は、去年のことだよな」
「去年の日本は、残念だけどベスト4止まり…3年後は、ユーコが加入するから、優勝狙えるって、専らの噂だけどね」
 そこで、イチロウは、誇らしげに4番を選択する意味を持つグリーンスクリーンへ突入する。
「ふぅ……とりあえず、ここまではサービス問題──少しスピード落とそうか」
「ウイングチームについていくのか?」
「まぁ、親友の言うことは素直に聞いておきましょう……ってことで」
『おや、トップをキープしていたルーパスチームが減速しましたね』
 フルダチが実況で、ルーパスチームが減速したことを伝える。
『ピンク・ルージュは、もともと素直な良い子ですから……ね、イマノミヤさん』
『同感です……レースのほうは、ちょっと落ち着きそうですね……イツキノさん……さきほどの、ソーサラーチームのコメントは、ある意味、大変な意味を持っています。できれば、一方的でないようウイングチームのコメントも聞きたいのですが』

「あたしたちが話題になっているみたいだけど……サエ、どうする?」
 ウイングチームのメインパイロットを務めるウミ・ライトウィングは、相棒のサエ・レフトウィングにコックピットの中で笑いかける。
「作戦変更の指示は出てないし、このままでいいんじゃない?」
「卑怯者って呼ばれるのは慣れてるしね」
「でも、シティウルフのお兄ちゃんには、誤解されたくなかったんだけど」
「敵を欺くには、まず味方から……でしょ」
「シティウルフは……味方?」
 サエは、ウミの言葉に、顔を輝かせる。
「あたしは、そう思ってる──少なくとも今は、信用してくれたってことでしょ……良い意味か悪い意味かは、直接聞かないとわかんないけど」
「じゃ、直接聞いてみるね」
「ちょっと……サエ」
「平気、平気……絶対ばれないし」
 サエは、ヘルメットの脇に付けられた赤いボタンを押す。
「お兄ちゃん?」
『その声は……サエちゃん?』
「やっぱり、お兄ちゃんは、ちゃんとサエの声が、わかるんだね」
『昨日は、いろいろとありがとう』
「今、直接…お兄ちゃんのヘルメットに通信電波を送ってるんだよ……この声は、ピンク・ルージュには聞こえてないはず」
『悪い……俺の大声で、ハルナは、しっかり気付いてる』
「そりゃそうか」
『サエちゃんたちは、すごいプログラマーなんだな』
「そうだよ……調べてくれたの?」
『まぁな……とりあえず、この1周目は、君たちに付いていくよ……俺、1問目と2問目、間違えちゃったからな』
「それを気付かせるために、ピンク・ルージュが先行させたってことは、すぐわかったから」
『何でも、お見通しなんだな』
「お兄ちゃんには、教えておくね」
『なにを?』
「ウミのスリーサイズ……うれしいでしょ」
『できれば、サエちゃんのスリーサイズが知りたいな』
「2・4・2・1・2・3・2・1」
『おい…なんのスリーサイズだよ』
「お兄ちゃんへのメッセージは以上です……じゃ、がんばってね」
「サービスしすぎなんじゃない?サエ」
「シティウルフのお兄ちゃんには、ほんとのことを知っていてほしいから」
「Jリーグのお姉ちゃんに『ウイングチームも甘いな』って言われちゃうよ」
「バレたら、それまででしょ」

「何を言われたの?相手はサエちゃんだよね」
 ハルナが、イチロウに、多少きつめの言葉で詰問する。
「敵のチームとコンタクト取るのは違反だよな」
「違反に決まってるじゃない……答えを教えあうことは、一番やっちゃいけないこと」
「バレてないよな」
「うん……バレてないけど──まさか」
「昨日、俺たちのチームの手伝いをしてくれた意味がわかったよ」
「全チームのコックピット会話も盗聴しているってこと?」
「バレなければ、何をしても許される……本当に、そう思ってるわけじゃなさそうだけど……」
「世界一のソフトウェア開発企業だからね…スコール・イーマックス社は」
「それより、次の問題だ」
「そうだね……ちゃんとレースに集中しないと、またユーコに怒られちゃう」

【共通問題第3問:漢字問題です。「孤軍奮闘」の意味は?】

【1・孤独を愛する勇者が無理やり仲間を集めて魔王を退治すること
 2・一人で難事業に向かって鋭意努力すること
3・頼るものがなく、ひとりぼっちで助けのないさま
4・キツネ軍団に憑かれて、武者震いしながら敵をなぎ倒すこと】

「【孤軍奮闘】って……」
「次の問題は、まさか【一騎当千】じゃないだろうな」
「まさか……」
「ウイングチームは、2の方向に向かってるな」
「そうだね……さすがに、これは間違えないでしょ」
『この展開で進行するようなら、前回の金星ステージ同様に、1周目での波乱は、ないようですね』
『オータチームとウイングチーム以外は、同じ作戦をとりましたね…次あたりから、難易度が上がると思います』
『スポーツ、スポーツ、漢字というジャンルで来てますから、次あたりは計算問題か、歴史問題になりそうです……
 皆さん、わかってることとは思いますが、ここまでは、全チームが、まったく同じ解答結果となっています』

【共通問題第4問:2111年1月1日に世界政府のアスカワ大統領が、ブログに書いた新年の誓いの言葉はなんでしょうか?】

【1・一期一会 2・一騎当千 3・一触即発 4・一日千秋】

「ハルナに、予知能力があることは、よくわかったよ」
「でも、答えは、2じゃないからね」
「え?違うのか?」
「どこのふざけた大統領が、たった一人で、敵に立ち向かう必要があるの?時間があるんだから、ちょっとイチロウも1月1日のアスカワ大統領で検索してみてよ」
 イチロウは、ハルナに言われるまま、サブモニタに文字を入力して、答えを確認する操作をしてみる。
「一日千秋……か」
「イチロウが調べてわかるくらいだから、まだ、難易度は上がってないみたいね……難易度が上がると、通常の検索エンジンでは検索できない問題が出てくるからね」
「でも、一般常識は、みんなが知ってるから一般常識なんだろう?それが問題として成り立つのか?」
「とりあえず、今の答えを、ハルナは覚えていません…検索してって言ったのは、つまりそういうこと」
「調べれば分かる問題が、Normal 問題ってことか」
「厳密には、そこまではっきりはしてないけど…記憶だけに頼るクイズだけじゃなくって、あらゆるデバイスを駆使して、答えを探しだすことが、この太陽系レースの問題の特徴なの」
 イチロウは、前方に近づいてくるグリーンスクリーンを凝視する。
「どう?次の問題が楽しみになった?」
「楽しみというか……でも、これをクリアしないと、次のセッションで、かなりのハンディになるんだろう?」
「満点を取っておけば、相当、有利になるけどね」
 オータチーム、ウイングチームに続いて、3番手でグリーンスクリーンを通過したイチロウは、そこで抱いた疑問をハルナに聞いてみる。
「通過した時点では、正解かどうかはわからないのか?」
「1周すれば、採点が行われるから、そこで、正解と順位がわかるようになるよ」

『フルダチさん……ウイングチームのスティングボード代表がコメントを出してくれます。マイクをいただけますか?』
 唐突に、ピットレポーターのヒトミコがフルダチに呼び掛ける声が伝わる。
『さすが、イツキノさん……よろしくお願いします』
『スティングボードです……先ほどの、ソーサラーチーム…スミノエメカニック担当に正式回答をしたい…よろしいでしょうか?』
『お願いします…スティングボード代表』
『まず、我がチームでは、レース前に、徹底した問題分析をしていることは間違いない…これを、不正と呼ばれるのであれば、事前の問題予測を禁止するように、レギュレーションに文言の追加をしていただきたい──
 しかし、事前調査…事前予測をするなというレギュレーションを決めたところで、その予測した、しないということについては、チームによる自己申告しかないでしょう
将棋と同じように、2手、3手先……いえ、我々のチームでは、スーパーコンピュータを駆使して、全ての問題の傾向を予測しています。
 つまり、テレビ局が出題する問題をあらゆるデータをもとに予測しているのです……これが、我々ウイングチームが常に満点を取ることができる秘訣なのですよ』

「話の流れからして、しょうがないのかもしれないけど……今、議論することじゃないでしょうに……」
 ハルナが寂しそうに、ポツリとつぶやく。
「そうだな、俺たちは雑音に耳を傾けないように、集中しよう」
「次の問題ゲットするね」

【共通問題第5問:アニメーション作品「機動戦士ガンダムSEED」2010年HDリマスタープロジェクトで「39.PHASE-41 ゆれる世界」に追加された『DESTINY』への伏線となるシン、レイ、ルナマリア、メイリンが登場するシーンは、開始およそ何分後に挿入されましたか?】

【1・6分 2・11分 3.16分 4・21分】

「これは知ってるよ……2番だ」
 イチロウが自信を持って言う。
「ほんと?」
 イチロウの自信たっぷりの言葉を聞きながらも、ハルナは、映像データバンクを検索し、数秒で、映像資料をサブモニタに映し出す。
そこで、11分前後を画像スキャンし始める。10秒もかからずに、結果はわかった。
「よく知っていたね……イチロウ」
「つい最近、見たばっかりのアニメだったからさ」
「映像問題は、ちょっと自信がなかったんだ……カドクラの映像データバンクにあるのは、メジャー系の作品しかないし、何度もリメイクされているものは、最新映像しかないから」
「そういえば、ミユイは、聞いたことない歌を、全て知ってるって言っていた……映像データ、音楽データも全て、脳の中に入ってるんだって」
「ミユイさんと一緒にされても困るよ」
「悪い……そんな意味で言ったんじゃないんだ」
「ううん……謝らないで……イヤな言い方しちゃって、ごめん」
「目標は、ブルースクリーンでいいんだな」
「ok…思い切り突っ込んでちょうだい」
「1・4・2・1・2……か」
 サブモニタに記録として残された応えの履歴を見つめて、イチロウがつぶやく。
「答えの法則でも見つかった?」
「なんとも言えないけど…」
 
『ウイングチームは、番組スタッフのパーソナルデータを含めて、予測をしているのでしょうか?
 イマノミヤさんはどう思いますか?』
『不正やレギュレーション違反という言葉は、あまり好きではありません。放送電波を使って、指摘されたことではありますが、この件は、あまり実況で触れたくないと思います』
『あたしも、イマノミヤさんに同感です……不正であろうがなかろうが、そんなことに気を使わずに、みんなが一所懸命がんばってるんだから、ちゃんと応援したいです……もちろん、ウィングチームも、ソーサラーチームも、他のチームも』
『そうですね、1周目も、既に5問まで進みましたが、ここまでは、とんでもない難問というのは出題されていませんね』
『実際、共通問題では、差は生まれにくいですからね……』
『そういえば、さきほども触れましたが今回から、新しいルールが導入されましたね』
『時の運…の要素ですね』
『とりあえず、ここで、説明しておきますが、予選で導入されるラッキーセッションに該当する【時の運】の要素が、決勝レースで用意されていないことを指摘する視聴者の方からの意見が多くあったため……クイズセッションの問題の中に【ハズレ】を入れることになりました』
『さっき、言っていた【ハズレくじ】ですか?』
 ユーコが、確認の言葉を差し挟む。
『2周目以降、1周につき160問が用意されているのですが、そのうち、8問が【ハズレ】になります』
『視聴者要望というか……やっぱり、ウイングチームの満点阻止が狙いとしか思えないですね』

「やっぱり、これから【ハズレ】が出てくるのか?」
 イチロウが、ハルナに確認する。
「うん……それは知ってるけど、ハルナが【ハズレ】を引くわけないから、安心して」
「20問に1問の割合だから、確率では、5%はハズレってことだろう?」
「それぐらいの確率なら、回避できるよ……ハルナの強運は、昨日、証明してあげたでしょ」
「あれは、でき過ぎだろう?」
「まぁ、見ててよ…もし、これで、ハルナたちがハズレを引かされるようなことがあれば、それこそ、誰かが不正をしてるってことになる……それくらい、ハルナにとっては、ありえないことなんだからね」
「でも、過信は禁物だ」
「信じてないんだね……まぁいいや…次の問題ゲットするよ」

【共通問題第6問:歴史の問題です。1976年から連載を開始した歴史的超長寿漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の最終回での秋本・カトリーヌ・麗子の最後の台詞は?】

【1・「圭ちゃん、いってらっしゃい」
 2・「両ちゃん、さよなら」
3・「大原部長、私、結婚します」
4・「本田さん、二度とバイクに乗らないで」】

「これが、歴史の問題なのか?いや、嬉しいけど……なんか、絶対、終わらないと思ってたから、むしろ、答え…知りたくないんだけど──」
「じゃ、調べないで答える?もっとも、調べないでウイングチームと同じ番号を選んでもいいんだけどさ…ハルナは、イチロウが、そうまで言うなら調べないよ」
「でも、答えないわけにいかないよな」
「あと…22秒だよ…どうする?」
「俺が、調べるよ」
「じゃ、一緒に調べよう、ハルナも、この答えは知らないんだ」
 イチロウが、書籍データベースを検索する。
【こち亀】の最終巻は、あっけなく見つかったので、その最終回を後ろからではなく初めから目を通していく。
 イチロウから言葉が失われたことに、ハルナは、すぐに気付く。
「イチロウ……男の子が泣いちゃだめだって、エリナ様が言ってたでしょ」
「ああ……そうだな」
 涙でぐちゃぐちゃになって使い物にならなくなってしまったイチロウに代わって、昨日から付けっぱなしにしてあるナビゲータ用コントローラで、ハルナが、Zカスタムを操り、レッドスクリーンを通過させた。
「イチロウは、スラムダンクも好きだったんだよね」
「いいものはいいんだよ」
「そうやって、ずっと読んでてもいいけどさ……次の問題どうする?」
 書籍データベースから目を離そうとしないイチロウに、ハルナが心配そうに話しかける。
「そういえば、ユーコが体操してる時の映像を初めて見たときも、そうやっていたよね……入り込むと、何も見えなくなっちゃうんだね……イチロウはさ」
「ごめんな……この最終回……もう1回読ませてもらっていいか?」
「しょうがないなぁ……だったら、もう、1周目は、最後尾でいいよね……多めに見るのは、ここまでだからね」
 ハルナが、前方スラスターを噴射させて、減速をする。
『ルーパスチームが失速しましたね。何があったのでしょうか?』
『あたしに聞かれても、わかりませんよ…チームの代表を呼び出せば、状況はわかるんじゃないですか?』
 フルダチは、イマノミヤに視線を送りながら聞いてみたのだが、イマノミヤが、応える前にユーコが、答えを返す。
『チーム代表は、未だに熟睡中のようです』
 予選組ピットレポーターのスナオが、即答する。
『婚約発表の後で、ピットの中で本番中にも関わらず、熟睡してるなんて……昨夜は、よっぽど長い時間、疲れることをしたんでしょうね……ハヤカワさん、そのあたりは、訊かなかったんですか?』
『そんなこと……乙女の口から訊けませんよ』
 ユーコの問いかけに、スナオは、露骨にドギマギ感を出して、小さく応える。
『何を誤解してるの?』
『へ?』
『ピットレポータなんでしょ……ルーパスチームのメカニックさんが、何時間、セッティングを超高速仕様から、バランスタイプに戻すのに時間を掛けたのか……それくらい、調べはついていないの?』
『……』
『エリナ・イースト代表は、昨日のパーティが23時に終わった後、ずっとパドックに籠っていました…朝の7時に、挨拶に行ったら、まだ、しっくり来ないと言っていましたから、恐らく8時間は、機体の整備をしていたと思えます』
 スナオに代わって、ヒトミコが応える。
『ありがとうございます…イツキノさん』
『いえ、レポーターとして、当然、知っていなければならない情報ですから』
『ハヤカワさん……先輩レポーターが、どんなふうに情報収集をしているか、よく勉強しておきなさいね』
『わかりました…』
 スナオの若干、不機嫌なトーンの返事が、ユーコの耳に届く。
 ユーコは、無言でイマノミヤの顔を見ながら苦笑する。
(とっても、素直じゃない、レポーターさんね…あの子、ね、イマノミヤさん……)
 そう、こっそりとイマノミヤにユーコが囁く…もちろん、今回は、ユーコ自らマイクをミュート設定にしていたので、視聴者には、その言葉は伝わらなかった。

「どう?イチロウ、少しは落ち着いた?」
「ああ……悪かった」
「レースが終わったら、ゆっくり読んでいいから……今は、ちゃんとレースしようね」
「わかったよ……エリナが8時間以上かけて、直してくれたんだから、その時間、無駄にしたら罰があたるしな」
「そういうこと……次の問題行くよ……もっとも、答えは、もうわかってるけど……
 ウイングチームが2番を、今通過したからね」

【共通問題第7問:歴史の問題です。2026年の第77回NHK紅白歌合戦で、トリを務めたアーティストは誰?】

【1・May’n
 2・ナナ・ミズキ
3・セイコ・マツダ
4・ユミ・マットーヤ】

「答えは、2って言ったよな」
「もう、イチロウは、いちいち感動しすぎだよ……ただのクイズなんだからさ」
 肩を震わせているイチロウを、ハルナが温かい眼で見つめる。
「ブルースクリーン突破で……いいんだな」
「うん……どう考えても間違いようがないよね……ハルナたちが、一番最後で、他の15チームは、全部2番なんだからさ」

 1周目残りの3問も、全てのチームが、判で押したように同じ番号を選択した。
 最後尾を飛んでいたZカスタムが、10問目の回答を終えた瞬間、全チームの獲得得点が、一斉に表示される。
全16チームが、満点の1000点であることが、ここでわかった。
「10問のトータルスコアしか出ないんだな」
「でも、とりあえず、ほっとしたよ」
「俺も、ほっとした」
「でもね……クイズセッションは、ここからが、ホントの本番」
「1・4・2・4・2・1・2・3・2・1」
「答えの傾向…わかった?
 ……3が少ないとか?」
「じゃなくて……さっき、サエちゃんから教えてもらった番号が……」
「さっきの、あの子との会話で、何か聞いたの?」
「3問目から10問めまでの、すべての答えを教えてくれたみたいだ……全部、合ってる」
「道理で、イチロウが好きそうな問題ばかり出ると思ったら、そういうことか…」
「やっぱり、何か、情報を盗んでる……不正を働いてるってことか?」
「不正というか……問題を作ってるのが、ウイングチームなんじゃないかって気がする」
「そんなことが、バレもせずに、できるものなのか?」
「問題を盗み出すことは、確かに不可能じゃない…でも、盗み出した問題が、直前に変更されることもあるでしょ…さっきの、ユーコに絡む問題みたいに……難易度normal 程度なら問題ないけど、いくら4択でも、知らないのと知ってるのでは、大間違い」
「答えを、あらかじめ決めておいて、正解の番号が、その番号と一致するように4択側を入れ替えてるとか…そういう類の不正なのか?」
「あのチームなら、きっと、どんなことでもできるから……
 そこまでは、ハルナだってわからないよ。
それに、毎レースごと、同じ手法を採っているとも思えないし…
 不正絡みのことは、ソーサラーチームに任せておきましょう」
「とりあえず、1周を無事終えることができた」
「そう?決して無事とは思えないんだけど」
「俺、やっぱり、足をひっぱってるか?」
「うん……ちょっとだけね──」

『シティウルフのお兄ちゃん……サエのプログラムした問題……楽しんでくれた?』
 1周を終えて、ほっとしたイチロウに、サエからの通信が届く。
「はぁ?」
『お兄ちゃんが好きそうな問題……サエが考えたんだよ』
「やっぱり、問題を操作していたのか?」
『でも、バレないから平気……それは、安心して』
「安心できない……」
『察しがいいね……さすが、お兄ちゃん……
 だから、サービスは、これで終了……残りの問題…サエたちは、本気で、お兄ちゃんを潰しにかかるからね』
「受けて立つよ」
『ミユイさんでなく…ハルナさんを選んだことを後悔させてあげるから……覚悟して』
 サエからの通信は、そこで一方的に切れてしまった。
「今度は、聞こえていたよ……イチロウ」
 ハルナが、肩を震わせている。
「ウイングチームにも……ミユイさんにも……絶対、負けない……から……」
 ハルナの、いつになく興奮した言葉が、途切れ途切れにイチロウの耳に届いた。