第11章 決勝の日 -42- | d2farm研究室

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―42―

 ハルナとエリナは、昨日から続く質問攻めに、多少なりともうんざりしてきていた。
アスカワ大統領の挨拶が終わり、解散となった開会セレモニーの後、二人に話しかけてきたのは、レギュラーチームの一つ『ソーサラー・チーム』のシュン・フジミダイだった。
「昨日は、挨拶ができず失礼しました」
 年の頃は40歳台であるフジミダイは、年配者の貫禄を保ちつつ、時の人となった若い女性二人を前に、いくぶん緊張の面持ちであった。
「特別扱いされる覚えはありませんし、今日は、大事なレースです。こちらは、ようやく予選を通過しただけの弱小チーム……お手柔らかにお願いいたします」
 ハルナが、丁寧に対応する。
「昨日のスプリントを見る限り、弱小とは言えない気がするが、決勝レースは、速いだけでは勝てない。まぁ、我々も、オータチームに水を空けられてはいるが、当然、勝ちにいく」
「ええ……そろそろ、わたくしたちもパドックに行かなければなりませんので、せっかく、お声をかけていただいたところ申し訳ありませんが……」
「聡明なカドクラ家の次期当主となる方に、お会いできて、嬉しいです。
 お忙しいところ、声を掛けたのには理由があります」
「申し訳ありません……時間が……」
「あの……ウイングチームのことで……」
 フジミダイが、イチロウとウミたちが談笑している方向に眼を遣ってから、ハルナに、小さい声でささやく。
「?」
「ウイングチームが、なんらかの不正をしていること、聡明なあなたであれば、既にお気づきのことと思って、忠告に参りました」
「不正……ですか?」
「クイズセッションで、常に満点を取っているウイングチームのやってる出題問題の改ざんの証拠を、我々は入手しています」
「それを、わたくしにどうしろと?」
「あなた方は、注意だけしてくだされば良いです……彼ら、彼女らの言動に惑わされることのなきよう……特に、昨日、あのチームは、あなたがたのチームのマシンに、かなり多くの改造をしていたようなので、昨日の車検で、引っかからなかったとはいえ、今日のレースで、レギュレーション違反とならないとは限りません……彼らは、自分たちの技術を誇示するためには、手段を選びませんから」
「彼女たちの協力がなければ、昨日のレースのスプリントで、1位を得ることはできませんでした。彼女たちには感謝しています」
「それも、ただのポーズに過ぎません」
「他のチームを蹴落とすことを考えたり、時間を費やしたりするよりは、自分のチームを成長させる努力をしたほうが、良いのではないでしょうか?」
「そういう考え方もありますね…失礼しました……でも、くれぐれも用心してください。あなたたちのチームは、特に狙われているようなので」
「忠告ありがとうございます。心にとどめておきます……では、スタートの準備がありますので」
「そうですね……我々も、パドックへ行きます」
 フジミダイは、そう言って、パドックへ向かう足を止めて待っていたソーサラーチームの二人──クラマ・マチムラとリューイ・スミノエを伴い、開会式会場から退場していった。
「イチロウたちのところへ戻りましょう……お姉さま」
「うん……」
「昨夜は、マシン改造してただけだってこと、ちゃんとイチロウに言わないと、きっと心配してるはずだから」
「心配してくれてるかな?」
「そりゃ……最愛の女性が、他の男性と一夜を共にしてると思えば、きっと心配で、夜なんか、ぐっすり眠れるはずないし」
「でも、昨日、イチロウからは、何も連絡なかったから」
「心配してるから、電話できなかったんでしょ」
 エリナとハルナが、イチロウとミリーがいる会場の隅のあたりに戻ってみると、イチロウたちは、今度は、ボールチームの3人と話をしていた。
ボールチームのメインパイロットは、グリーンの髪色に、灰色の瞳の東欧系の男──スティン・サクファス。
ナビゲータは、赤い髪、赤い瞳の、やはり東欧系と思われる肌が透き通るように白い若い女──ニレキア・ガースウィン。
そして、メインメカニックは、東欧と日本の混血であろうと思われる黒い髪、黒い瞳に白い肌で長身の男──のハジメ・エリオス。
エリナとハルナの接近に気づいたのは、ニレキアだった。
「エリナ……おめでとう。素敵な男性を捕まえたね」
「おはよう、ニレキア。今日はよろしく」
「今回、エリナにチューンしてもらえないから、わたしたちの機体は、あまり速くない……どうしてくれる?」
 ニレキアは、冗談口調で、エリナに問いかける。
「今からでも、見させてもらうことできる?」
「冗談だよ、エリナ……今回はエリナに手を加えてもらわなくても、ちゃんとレースができるということ証明してみせるから」
「ごめんね。ニレキア」
「謝らないで、エリナ。今、イチロウと話をしていたけど、イチロウも素敵な男性だ」
「でしょ……いつでも、お持ち帰りしていいから」
「エリナの私物なのか?イチロウは」
「イチロウのマネージャだから……今日のレースで優勝したら、イチロウのファンが、増えると思うから、ちゃんと管理しないといけないでしょ」
「優勝するのか?イチロウは」
「ニレキアだって、優勝狙ってるんでしょ」
「うむ……でも、わたしはクイズが苦手だ」
「そういえば、いつもゲートセッションは、いいパフォーマンスするのに、クイズセッションで、あまりいい点を取れてないんだよね」
「今までは、エリナに機体を直してもらえてたから、安心して飛べた。今回は、不安でいっぱいだ」
「まぁ、ニレキア……そう言うな」
 メインパイロットのスティン・サクファスが、ニレキアの肩を、そっと抱える。
「エリナ……いつも、俺達の機体のチューニングありがとう。今回は、さすがに、俺達もエリナに頼むわけにいかなかったから、前回と同じセッティングのままだけど、それでも、優勝は狙えると思ってる」
「公式練習の状態は、どうでしたか?」
「ああ、特に問題はない」
「スティン……あたしは、ボールチームのこだわりが、大好き。いいレースができることを楽しみにしてる」
「婚約おめでとう……エリナ」
「ありがとう」
「エリナは、大胆だな……」
 メインメカニックのハジメ・エリオスが、エリナの頬にキスをする。
「ハジメは相変わらずだね」
「まぁな……ハルナさんでしたね。昨日は凄かった」
「はじめまして……ボールチームは、安定して速いですよね」
「そうだけど、やっぱりクイズが難しい」
「どうしても、日本のテレビ局なので、そっち系の問題になっちゃいますからね。でも、漢字の問題とか、いつも正当率は高いですよね」
「漢字は、俺の得意分野ですよ」
 ハジメ・エリオスが、分厚い自分の胸をドンと叩いて自慢げに言う。
「ハルナさんは、クイズは得意ですか?」
「自信はありますよ……わたし、優等生ですから」
「さっき、ウイングチームの連中と話してましたよね……いつも、ウイングチームは、俺達を眼の敵にしてくるんだけど……今回の標的は、ルーパスチームに絞っているみたいで安心してますよ」
「ウイングチームは、ウミちゃんとサエちゃんのチームですよね」
「ああ……毎回、クイズセッションの正答率100%のチームだ……絶対に、出題される問題を知ってるとしか思えない」
「不正があるとでも?」
「それらしいことを、さっき、イチロウたちに言っていたらしいから」
「ソーサラーチームのフジミダイさんからも言われました」
「問題のすり替えかぁ……まぁ、昨日の手際をみていれば、確かに技術は持ってるのはわかります。世界一のプログラマーですもんね」
「自分たちは答えを知ってる……さらに、相手の不得意分野を調べて、問題の差し替えをしてライバルチームを落としにかかる」
「眼の敵にされたら勝ち目はないね」
「でも、ブシテレビのセキュリティシステムは世界トップクラスだから、カドクラの技術だけでは、そういった差し替えとか、絶対に無理なんですよ……バレたら、永久に資格停止処分だし」
「考えることはできても、実行するのは、難しい……正答率100%という事実だけでは、不正の証明にならない」

「俺達だって、問題は知らないんだぜ……当たり前だけどさ」
 その場に、ブシテレビチームのトール・ラッセンとショーン・リーが現れ、トールのほうが口を挟んだ。
「トールとショーン、おはよう」
「ああ……おめでとうは、昨日言ったから、もう言わなくていいよな、エリナ」
「そうだね」
「ブシテレビの名誉のために言っておくけど、噂になってるウイングチームの正答率100%が不正によるものかは、正直、証明できていないけどさ……不正を働く余地などないことは、俺達がイヤというほど知っている」
「そうだよ……たかが、ゲーム会社にどうにかされるほど、うちのセキュリティは甘くない」
「彼女達が言ってるのは、はっきり言って威嚇に過ぎないと思う」
「でも、ハッキングの技術が超一流なのは認めざるを得ないからな」
「成績自体は、優勝争いに絡んで来ていないから、黙認されてる……ってこと……じゃないの?」
「ブシテレビのセキュリティチームも、変な噂を放置できないから、ウイングチームについては、かなり突っ込んだ調査をしたんだけどね」
「でもさ、不正なしで、満点を取れればいいんだよね──それで、アドバンテージはナシ…なわけでしょ」
 ハルナがさらりと自信たっぷりに言う。
「お姉さま……イチロウは、クイズは、まったくダメなのはわかってますから、ハルナに任せてくださいね……絶対、満点で、ゲートセッションにつなげて見せますから」
「うん……頼もしいよ」
 エリナは、ハルナの言葉に素直に励まされる。
「では、わたしたちは作戦会議がありますから、パドックに移動します。イチロウ、ミリーちゃん、行こう」
「あたしも、応援したいんですが、迷惑じゃないですか?」
 声を掛けられなかったミナトが、ハルナに訊ねる。
「ミナトさんに応援してもらえるなら、千人力……じゃあ、今日もパドックに来てもらえるんですか?」
「うん……今日も、よろしくお願いします」
 ミナトがペコリと頭を下げる。
「よかったね、イチロウ……ミナトさんに応援してもらえるなんて……モチベーション上がっちゃうね」
「ああ……最強のサポーターだ」
「あ~あ、ハルナも彼氏欲しくなっちゃった……ミリーちゃん、今度、独り者同士、良い男ナンパしに行こうね」
「あたしは、間に合ってるよ」
「そっか、イチロウ本命だっけ」
「うん……それにギンもいるしね」
 ミリーは、胸元で黙っているギンの頭を、ゆっくりと撫でる。

「宇宙飛行士を目指していた俺が、今、こうやって宇宙でのバトルの場に放り込まれてる。
俺に取っての戦いの理由は何なのか正直わからないけど、こうやって、たくさんの人が応援してくれる」
「何…突然?」
「女に振られたくらいで、落ち込んでいられないな」
「ミナトさんの香水をプンプンさせてる男の子が言う台詞かなぁ」
「エリナ……」
 イチロウは、その時初めてエリナの目が充血していることを指摘した。
「兎さんの目だ」
「昨夜は、パーティの後、ずっとZカスタムの改造していたからね…お姉さまは」
「エリナらしい……カドクラ社長とは一緒じゃなかったのか?」
「あたしが、そんな、はしたない女じゃないことは、イチロウが一番よく知ってるでしょ」
「そういうことに、しておくよ…行こうぜ」
「うん」

 ブシランチャー1号機のセレモニー会場から、2号機のパドックに移動したルーパスチームと、そのサポーターたちは、カタパルトデッキに出す前のZカスタムのセッティング状況を確認していた。
「相当、バランス重視に戻したんだな」
「うん…絶対、優勝したいからね」
「エリナの気合が込められてるのが、よくわかるセッティングだ」
「ありがとう……」
「イチロウとも約束してるしね…優勝しようねって」
「優勝したら、表彰台でキスしてくれるんだよな」
「イチロウが、イヤじゃなければ……ね」
「イヤなわけないじゃないか…でも」
 後ろで、刀の柄に手を掛けてるシラネの気配を察知して、イチロウは、振り返った。
「あの……あたしを護衛してくださるのは、とっても嬉しいんですが、イチロウとあたしは、家族のようなものです……キスくらい、いつでもしてます。過剰な反応、過激な反応は、やめてください」
「しかし……エリナ様」
「あまり、イチロウを威嚇して、今日、優勝できないなんてことになったら、婚約解消しますって、シンイチさんに伝えてください」
「お姉さま、そういうことを軽はずみに言わないでください」
「だって、あたしは、シンイチさんと結婚したいだけなんだから……こんな、怖いボディガードなんか、ほんと邪魔なだけなの……おトイレにだって行きづらいし……よく、ハルナは、こんな人たちと一緒で、息がつまらないね」
「ハルナは、もう慣れちゃってるから…お姉さまも、じきに、慣れますよ」
「ハルナにだって、恋人とかいるんでしょ」
「特定の人はいません……おかしいですか?」
「でも、プロポーズはされてるんだよね」
「カドクラ家の当主を継ぐ者は、社長職を終えるまでは、結婚できない決まりなのですよ」
「うそ…」
「だから、父は、今まで結婚してなかったのです」
「じゃ、ハルナも、結婚できないの?」
「でも、結婚できないだけで、恋愛禁止ってことじゃないですから、特に不自由はしてません」
「そっか、安心した……」
「そうですよ…でも、ほんとに、カドクラの一員となる以上は、軽はずみな言動は控えてくださらないと」
「イチロウとキスしたりするのは、軽はずみな言動になっちゃうの?」
「それは…とりあえず、いいことにしておきます。約束なんですよね…優勝したら、キスしてあげるんでしょ」
「うん……よかった」
「ということで、シラネさん……そして、アカギさん……イチロウは、特別枠なので、あまり過剰な反応はしないでください。エリナ様が言っていたように……パイロットを怯えさせて、優勝できないなんてことになったら、ハルナの権限で、あなたたち二人、クビにしますから」
「それは……ダメです。ハルナお嬢様」
「でも……特に、ポリスチームのカナリさんの接近は、食い止めてください。彼女が絡むと、エリナ様が、必要以上に怯えますから」
「心得ております」
「昨日みたいなことは、もう、ごめんですからね……ね、お姉さま」
「カナリさんも、任務でやってることはわかってるんだけど」

「それだけじゃないぜ」
 そのタイミングで、声を掛けてきたのは、ブルーヘブンズチームのテルシ・アオヤギだった。
「昨日はイチロウさんだけにしか伝えられなかったけど……カナリさんは、カナエ・アイダの遺伝子を継承している一人だ」
「え…?」
 エリナが驚きの顔になって、テルシの顔をまっすぐに見る。
「嘘でしょ」
「嘘じゃないんだよね」
 テルシと一緒に来ていたユキが、軽い口調で、エリナの言葉を否定する。
「カナリさんの目的は、エリナさんの逮捕だけど…つまりは、イチロウさんを合法的に手に入れたかったってことなんだ」
「状況が変わったので、昨日は焦っていたんだと思うよ」
「でも、カナエさんの生まれ変わりは、あたしのはず……そう、占い師さんが言ってくれたし」
「少なくとも、あたしの占いでは、エリナさんはカナエさんと、まったくの無関係です。遺伝子は当然継承されていないですし…一応、カナエさんの棺も調べてあるので……カナエさんの魂は、まだ彼女の亡骸の中に残ったままです」
 自称占い師のアイコも会話に割って入る。
「魂が?」
「うん……しかるべき技術が開発されれば、藍田香苗の蘇生は可能です……肉体は死んでいますが、まだ肉体と魂が切り離されていませんから」
「しかるべき技術って?」
「死者蘇生の医療技術ね……まだ、当分、無理でしょうけど。
 カナエさんが心臓停止状態、そして脳死状態なのは、間違いないので、今現在の医療技術では……100%無理です」
「なんで、あなたたちが、そんなことを」
「あたしたちは、カナエさんの遺言に従って、産み出された、死者蘇生技術の継承者グループなんです」
「はぁ?」
「インディゴ・ブルー・リターンドヘブン・プロジェクトグループ──それが、あたしたちの組織の名前」
「エリナさんの類まれな新製品開発能力──発明する力を得られれば、死者蘇生装置の開発が急ピッチで進展するのは間違いないので、そのことを伝えにきました」
「待って……」
「イチロウさんとエリナさんの二人を、あたしたちも必要としています。昨日は、そのことを伝えたかった」
「死んだ人を生き返らせるなんて……そんな恐ろしいこと……あたしには、絶対にできないよ」
「お姉さま……」
「なぁに?」
「カドクラでも、死者蘇生の技術は研究してるんですよ」
「え?」
「難病の根絶……不治の病の駆逐……医療に携わる者たちの永遠のテーマです……今は、未来の技術に託すしかない、それらの技術を、今の世代で、成し遂げようとがんばってる技術者を、ハルナは何人も知っています」
「でも……」
「純粋に研究者として、招聘を申し入れしてるんですよね?……あなた方は」
「そうです……こんな場で、切り出すことではないかもしれないですが、昨日、伝えられなくて……今度、いつ、お話できるかもわからなかったので……申し訳ないです」
「でも、カナエさんが生き返ったら──」
「お姉さまが、心配してるのは、そっちですか?」
「イチロウが、可哀想だよ」
「イチロウが?」
「イチロウがカナエさんを大好きなのは、あたしが一番よくわかってる……カナエさんが今すぐ生き返るなら、あたしも大賛成だよ。でも、そうじゃないよね……まだ、30年も40年もかかるかもしれないんだよね。だったら、イチロウは、カナエさんが生き返るまで待つって言い出すよ……ね、イチロウ」
「それは……」
 イチロウは、言い淀んだ。

『それでは、カタパルトデッキの最終点検は完了いたしました。チームのみなさん、速やかに機体を、それぞれ所定のカタパルトデッキまで移動してください』

 そこで、ブシランチャー2号機の館内放送が、太陽系レースのクイズセッション開始の準備が整ったことを告げた。
「その話は、ここまでね……イチロウ、平気?」
 ハルナが、微笑を浮かべているイチロウに心配そうに聞いてみる。
「みんなが、心配してくれるのは嬉しい」
 そこで、ずっとイチロウのそばに、寄り添っているレオタード姿のミナトの手を、しっかりと握りしめる。
「もう、俺は、カナエには拘らない生き方をすることを決めている」
「そっか……」
「エリナの婚約発表が、いろいろな意味で、俺に、たくさんのことを気付かせてくれた」
「そんな……」
「俺が、エリナを、どれほど好きになっていたかということ……カナエと等しいか、それ以上の気持ちで好きになっていた……エリナが俺のことを、どう思ってるかは、もう関係ない……エリナが好きだから、俺は、このレースを精一杯がんばるだけだ」
「あたしのため?」
「自分の力を試したい気持ちもあるけど、とにかく、エリナが、ここまで仕上げてくれたZカスタムだ……それに、秘密兵器も搭載されているんだろう?」
「うん、ハルナとイチロウを守る為に……がんばって仕上げたんだよ」
「そのエリナの努力を、なしにするわけにはいかない……昨夜、カドクラ社長と一緒にいることよりも、俺たちの命を守ることを第一に考えてくれたエリナのためにも……その赤い眼を見れば、この秘密兵器を、徹夜で仕上げてくれたことがわかるよ」
「イチロウには、何も言わなくても──
 ちゃんとわかってくれると思っていたよ」
 ハルナが、イチロウの空いてるほうの手をしっかりと握り笑顔で言う。
「パイロットとナビゲータを、最高のコンディションでレースに送り出すのが、メカニックの仕事──ってお姉さまが言い張るので、ハルナも、しっかり睡眠はとりました」
「それが、ステアリングを握る者の義務だからね……ハルナは、ちゃんと、リーダーの指示に従ってくれました……イチロウも、大丈夫だよね」
「もちろんだ……年間優勝するための必須条件なんだろう?今日、勝つことがさ」
「うん!!」
「行ってくるよ」
 イチロウは、ハルナを促して、Zカスタムのコックピットに乗り込む。
一度は閉じられたパイロットシート側のドアをエリナが開き、ヘルメットを被ろうとするイチロウの手を止める。
「イチロウ──」
「エリナ──」
 エリナは自分の唇で、イチロウの唇をふさぎ、目を閉じる。
数秒、お互いの唇の温かい感触を確かめた後で、イチロウはエリナの頬に手をかけて、名残惜しそうに、その小さなエリナの顔を引き離す。
「あたしのこと……好きになってくれて、ほんとにありがとう」
「今でも、大好きだ」
「知ってる」
「エリナの為に、優勝カップを絶対取ってくるからな」
「絶対だよ」
 イチロウは、ヘルメットを深々と被り、ドアを閉める。
「ハルナには、キスをしてくれないの?」
 ハルナが、ニコニコしながら言う。
「優勝したらハルナと一晩いっしょに過ごしたい……その時、いやって言うほど、キスしてあげる」
 エリナも、ハルナに負けない笑顔を作って応える。
「もう……どこまで本気なんだか、お姉さまったら……でも、期待してますね」
 ハルナは、尊敬してやまないエリナの言葉に、素直に反応して、顔を赤くする。
「クイズの勉強できなかったことは申し訳ないが、ハルナに任せていいよな」
「ミユイさんの代わりが務められるくらいには、勉強してきたから、大船に乗った気持ちでいていいよ」

『視聴者のみなさん──いよいよ、太陽系レースも決勝戦の時間が近づいてきました。本日のレース実況は、昨日の予選実況に引き続き、わたくし、フルダチが務めさせていただきます。
 そして、解説も同じくイマノミヤさんに来て貰ってます』
『解説のイマノミヤです……昨日の予選に引き続き、今日のレースも楽しみにしています』
『そして、本日のスペシャルゲスト解説は、Jリーグのみならず、全日本のストライカーとナデシコジャパンのエースとしても大活躍中のユーコ・ハットリさんに来ていただきました』
『ハットリです……今日は、いつも地球で観ていた太陽系レースを、間近で観られるということで、興奮しちゃってます……よろしく、お願いします』
 聞き覚えのあるユーコの声が、Zカスタムのメインスピーカーから聞こえてきた。
「ユーコ……あの子も、目立ちたがりなんだから」
「ゲスト解説のこと、ハルナは、聞いていなかったのか?」
「聞いていなかった。でも、昨日の試合でハットトリックを達成したよってショートメールは入ってきていた……あの子ったら、いつも、肝心なことを言わないんだから」
「下手なレースは見せられないな」
「イチロウは、気が多すぎ……ミナトさん一人に絞っちゃえばいいのに」
「ミナトさんは、自由人だから、俺が縛り付けるわけにいかないだろう」
「縛る……って?」
「おい……」
「シモネタは、イチロウにはNGだもんね。自重します」
 ハルナは、正面を見たまま、真顔で言う。
「このチームは最高だ」
「そうだね」
「エリナ……準備OKだ。出してくれ」
 イチロウとハルナを収めたZカスタムが、ゆっくりと移動を開始する。
ブシランチャー2号機のカタパルトデッキ──そのポールポジションである第1号カタパルトデッキへ──