本日二つめです。

2008年に掲載した関連ブログを再掲載します。

(そろそろこのブログも役割の終わりを迎えたのかもしれません)



*「温暖化対応を妨げているもの」

 まず環境対応のボールはどこにあるのか。現在温暖化対応は制度的枠組みを必要としておりボールは明らかに政治、官僚およびそれらへの影響力を持つ産業界にある。ではこれらの当事者の反応が鈍いのはなぜか。

 

もっとも大きな原因は、「危機のレベル」 への認識の欠如である。温暖化が票になると見た政治家がにわか環境議員になったりはしている。

それ自体は一歩前進として結構なことであるが、「危機の質」 への理論的、感性的確信を欠くため、対応が既存の利害関係や、目先の力関係に引きずられた 「現状維持型」 の小粒な対応しか出てこない。質的変化が必要なときは 「将来見通しに確信を持った強力なリーダーシップ」 が必要なのである。

 

国家の指導者に「緊急事態であるという危機のレベル認識」がないことは不幸なことである。現在その危機のレベルを認識しているのは多くの専門家と一部市民、EU指導者である。

国内でも国立環境研究所などから「地球シミュレーター」(世界有数のコンピューター)等を駆使して必死の警告が発せられている。

 

国内で温暖化対応への最大の抵抗勢力は、強大な影響力を持つ「経団連」と「経済産業省」である。私たちにできるのは、温暖化に関心を持ち始めた議員のサポートと、国民の世論喚起のための効果的方法を駆使することである。その方法も見えてきている。


「温暖化の危機の質とは?」

 温暖化問題の恐ろしい点は 「Point of No Return」(引き返せない地点) が存在することである。すなはちある温度を超えると、温暖化とその影響は暴走をはじめ、人的対応は効果を持たない質的限界のことである。

多くの専門家やEUはそれを 「2℃(産業革命前との比較)」 と考えている。3℃までとすれば、ほぼすべてのまともな専門家が合意するだろう。したがって 「不確実性を考慮すれば2℃は譲れない線」 として専門家やEUなどに意識されているわけである。


 ところが最新のIPCC報告の六つのシミュレーションのうち、環境対応がすばやく行われるベストシナリオでも1990年比で1.8℃度上昇する。

 1990年は産業革命前を基準とすればすでに0.6℃上昇している。したがって産業革命前を基準とすればベストシナリオでも2.4度上昇することになる。

 さらに著名なNASAのジェームズハンセン氏によれば既に排出してしまった温暖化ガスの分で1.2度まで上昇するという。氏の主張に沿って先のIPCCのベストシナリオで計算すると、概算で(1.2+1.8)で3度に達してしまう。

 

 恐ろしい事態である。人的対処が意味をなさない質的限界が2℃ー3℃にあり、ベストシナリオでも2.4℃ー3℃は上昇するのである。すなはちわれわれにとっては、そのベストシナリオに希望をつなぐしか選択肢はないのである。

 

 (IPCCベストシナリオの主な内容)

 

 (1)二酸化炭素濃度のピーク年を2015年までに迎え、それ以降は減少に向かう。


 (コメント)このシナリオを意識してEUは2020年までに25-40パーセント削減を主張していると考えられる。2015年にピークを迎えるためには、中国やインド等の途上国の増加分を先進国が削減するシステムが直ちに稼動しなければとても間にあわない。

 

(2)2050年の削減率は50パーセントー85パーセント


 (コメント)現在緩やかな国際合意となっている2050年に50パーセント削減はもっとも甘い数値となっているのである。しかし世界で50パーセント削減するということは先進国は少なくとも70パーセント以上削減する必要がある。削減の数値を引き下げる余地などない厳しい状況にもかかわらず、日本は決断ができない。

 

(3)酸化炭素安定濃度400ppm以下

 

 (コメント)現在380ppmで、1年に約2ppm増加しているので、10年で突破してしまう。温暖化問題は遠い将来の問題ではなく、まさに 「今そこにある危機」 なのである。400を越えても平均400以下に安定させることは可能であるが、まずは400を越えないシナリオを考えるべきである。


(最後に感想)

 おしゃべりの時間はない。ベストシナリオにしたがって、より有効な方策を検討し、知恵を出すことに全エネルギーを集中するしか選択肢はない。

 

 人類が進化を遂げ地球の覇者となり、最後に人類規模で自殺するというのは甘美な響きのあるストーリーではある。しかし一人でもこの世に執着する人がいれば、その陶酔に身を任せるわけにはいかないだろう。

 

 時間はまだあるとも、まだ間に合うともいえない。しかし、少なくともやらなければならないことは存在する気がする

COP17(温暖化対応の国際会議)が終わろうとしている。

結論から言えば最悪の事態が起ころうとしている。



先進国の削減義務を定めた京都議定書(米国離脱)は2012年に終了する。

その後の国際的温暖化対応の枠組みを話し合う場が今回の国際会議である。


温暖化の人類史的意味を認識しているのはEUのみであることが明らかになった。


日本は米国や中国の参加する国際的枠組みができない形での京都議定書の延長には反対であることを明確にした。

京都議定書からの離脱を明言した。


経団連は早速この態度表明を評価した。

カナダとロシアも日本と同じ立場である。


EUは日本などが抜けても京都議定書のわく組み《法的拘束力を持つ削減目標を定め、達成できなかった場合の罰則もある厳しい枠組み》

を維持すると表明した。


EUは何故そこまでやるのか?

法的枠組みを伴う本格的枠組みガ崩れれば温暖化対応は間に合わないと分かっているからである。


日本政府は中国とアメリカの参加しない枠組みは意味が無いという。

問題はそこから先である。

日本は両国が参加しない枠組みは国益に反するから自国も削減義務は負わないと表明した


日本は一方的に削減義務を負った形で不利な経済競争はしたくないから京都議定書から離脱するというわけである。


(たとえ話をしよう)

COP17はタイタニック地球号がこのまま行けば氷山にぶつかり大破するという時に、舵を切りやすくするために、乗客が互いの持ち物を一定割合で海に捨てようという話し合いである。


日本は一部の乗客《米国、中国など》が持ち物を捨てようとしないから自分も捨てるのはいやだといっているのである。


EUは皆がことの重大さに気づく時期を少しでも早めるため自分たちだけでも一定割合で持ち物を捨て続ける《日本は抜ける》といっている。

EUは自分たちがここまでの不利な条件を負うから2020年ごろには全員一定割合で持ち物を捨てるという約束だけはしてくれといっている。


私の読み違いもあった。

中国は温暖化の危機の質(レベル)を理解していると判断していた。

誤りであった。


事態を把握していれば、具体的獲得目標を定めた条件闘争を展開していたはずである。

すなはち、世界全体としてのCO2の大幅削減と自国の緩やかな削減とのベストミックスを追求したはずである。その動きは無かった。


IPCC予測の最悪シナリオでことは進んでいる。


温暖化には質的限界があるといわれる。

2020台の早い時期に1990年比で+2度を越えて

「POINT OF NO RETURN(ひき返せないー修復不可能なー臨界点)」達するだろう。


次回述べる人知を越えた偶然でも働かない限りもう手遅れであろう。


ここからは温暖化防止活動は自己満足である。

「私は懸命に闘ったから歴史の審判者も子も孫も私を叱責したり、うらまないでおくれ」というわけである。


人類は地獄を見ることになる。

自業自得とはこのことである。

暗い気持ちである。






EU危機はドイツの不決断ガ原因である。


ドイツが短期的利害にこだわり、中期的視点にたった決断をしないことがEU危機の深化の根本原因である。


共同債(EU全体としての債券発行)等にドイツが消極的なことが市場の苛立ちを誘っている。


しかしEU問題はドイツが自らの利益のために理性的決断をすれば、解決する問題であるから解決する可能性が高い。

処方箋のはっきり見えていることが原因で危機が実現することはまれである。


・EU危機が長引いて中国不動産バブル崩壊とリンクすれば、その影響は甚大なものとなる。


中国景気と不動産バブル崩壊の危機レベルの判断が重要である。

不動産バブル崩壊はその原因が共産党特権にあることをあぶり出し、政治危機につながる可能性が高い。



・温暖化の影響で食糧価格の上昇が毎年のように繰り返される。

その繰り返しの中で中長期的食糧不足が共通認識となる。


そのきっかけは中国の穀物大量輸入トレンドが明確になったときであろう。

事態が共通認識になるのに3年はかからないだろう。