発達障害 | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。

私は、この「発達障害」という言葉が
          嫌いです。

私にとって、
      身体の機能が思うようにならないことが
                  障害
                        だと思ってきたからです。
精神障害も私に知識がないのでわかりません。

訓練しても改善されない能力について
                私は、【障害】という言葉を
                        使いたいと思っていました。

発達障害って、
       何の為に定義された言葉でしょうか?

情報過多の世の中で、
             社会に適用する基準を図る為ですか?

世の中が豊かな技術で満たされ、
  さまざまな得意分野を持つ人が存在する。

ひとつの空間に
適用しやすい性格
           もあれば
自分の考えを主張できる性格
           もある。
集中力を持って作業に没頭する性格
             もあれば
感性が鋭く積極的に活動する性格
             もある。

親子として生活していても
←私がちゃんと産みましたよ。笑
 
   ✨ 感覚も思考も違う我が子達。✨
     
長男は、
発達障害のグレーと言われた時期も
あった。
次男は、
不登校児になり、心を閉ざした時期も
あった。

それぞれの時期に、
            いろいろな悩みはあった。

でも、自立を目指して生活している。

過去を振り返れば、
  今どれだけ成長しただろうと
                  誇りに思う。

みんな同じ成長をしなければ
                     ならないものはなんだろう。

同じ成長を求めたら、
みんなオリンピック選手や
スポーツ選手や
認められる文学者や
研究者になれるということだと思う。

勿論、能力で考えたら、
          誰にも可能性はあると思う。
人はそれぞれ
  得意分野があり、
         好奇心を持つ対象が違う。
           
          それが個性の表現方法のひとつ。

個性の表現を磨くことが、
              発達障害と診断されていないだろうか。

マルチプレイヤーと言われる器用な人もいる。
職人肌と言われるこだわり追求する人もいる。

思考や行動の違う人達を
          ルールで作られた枠社会で生活させれば
まとめるのは大変な仕事だと思う。

何を優先して、枠社会を経験させるか

それぞれの役割を考える時代
                          なのかもしれない。

でも、ルールにハマらなければ、
                      障害者と病気を作るのは悲しい。

多動は、好奇心や行動力が強い。

記憶力が自然に成長しないと感じるなら、
        自分に合う方法を探せばいい。

書く力がないなら、運筆力を鍛えればいい。

書写力が弱いなら、必要性と弱点トレーニングを
計画してみたらどうだろう。

発達障害、
個性ある子供の表現と考えた時、

どのように個性を伸ばしたらいいか
                             親子さんは悩むと思う。

医療として悩むか
子育ての多様化として悩むかで
                               悩みの負担は違う。

再び思う。
私は発達障害という言葉が嫌いです。

命や人生が、
可能性広がる視野を感じる経験として
選択できる希望に変えて生きて欲しい。