動く木・・・・ | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。


人間嫌いになっているらしい・・・・・わが子は、


                      決して周りからは嫌われてはいないらしい。



事あるごとに・・・・・・

                      気にして声をかけてくれている。



みんなから支えられている姿に、親として・・・・・・感謝を感じています。



それだけ、


『この子』は、まわりを大切に生きてきた証なんだなぁ  と、


努力も感じながら。



まわりに、



気遣い、



優しさを伝え、



誠実に約束を実行して


きたんだな・・・・




その行動の結果が、自分を満たすものではなく・・・・・・・・・・・・・・・・・・


我慢するもの!! 


しか見えなかった。 選べなかったんだなぁ





私は、まわりから 『大切な存在』 と評価されていると感じ、

            『 幸せ感いっぱい 』で、 この状態を受けとめていました。




でも・・・でも・・・・同じ景色でも、当事者には違っていた  Y(>_<、)Y



わが子にとっての 『人』 は・・・・・

わが子 : 『僕にとっては、ただの動く木・・・なんだよ。』


わたし : 『お母さんは、何?』


わが子 : 『 ときどき、木になり、ときどき木じゃない。 』 




彼にとっての木じゃない存在の定義は、

                        ・・・・・・わからない



でも、人は人の中で磨かれる・・・人とのつながりに愛や感謝を感じる・・・・・


という存在ではなくなっている  ようです。


自分にとっての人の存在 ・・・・・ 


自分の存在をどう扱うか  で、


          『人』への評価される価値観が かわるのかもしれません。




動く木・・・・は、


どうしたら、    素敵な仲間    に変わるのでしょうか・・・