親孝行とは・・・・ | 私の器(うつわ)磨き

私の器(うつわ)磨き

人それぞれの感性の中で、日々の感動・感謝の雫を感じられたら、
『生きる』喜びにつながるのでしょうか・・・

私が両親からもらった障がい者という器を
どのように磨いていくのか、
見つめていこうと思います。

私の器磨きが、共感いただければ、幸せです。


私には、ふたりの妹がいます。


ひとりは、バツイチでひとり暮らしをしています。

末っ子は、養子縁組をした婿養子と両親の家に入ってくれました。


昔ながらの考え方なら、長女の私が

  家を  そして・・・両親の面倒を看るのが当然だ  

                            と思われるでしょう。


私には、自分が生きていくのが精一杯で、

           近くで支えるくらいしかできない 

                        と自分に限界を作っていました。


私は今、母親の住む場所から、歩いても10分はかからないところで

          生活しています。

          

以前は、

   夕食のおかずを差し入れし合う事もありました。

   時間をみては、洗濯物をたたむくらいの手伝いもできました。

   また、家の片付けを手伝ってもらうこともありました。


私は、心の奥底で、どうしてもどうしても

   自分の体に自信が持てず、

   他の人にお世話にならないように自分の事をする

                    だけで、他への余裕は持てなかった。


それが、私に出来る精一杯の親孝行。


                  と割り切ってきました。


今の自分に出来る事を一生懸命に生きる・・・


     これも、私がこの身体で生きる  理由 なのかもしれません。



私は、子育て・会社勤め・家事  をするなかで、

   何度も、自分のからだを大切にできずに、乗り越えてきました。


そのたびに、救急外来へ飛び込み、

   点滴をしてもらい、無理なときは、入院を余儀なくしてきました。


子供が小さい時は、母親は、自分を犠牲にしても子供の世話をする。


この考え方ができない・・と気がつく経験をしました。


自分が健康でなければ、子供や家族を守れない

               そう思って、

自分優先の時間の過ごし方  に切り替えて生きました。


私の苦労は(自立とは、こういうものだから当たり前なのだけど。)

     同じ家に住まない親には、みえない・・・・


五体不満足なからだでも、自立するのが   

                私がこの身体で生きる  理由


でも、私を育ててくれた母親には、理解して欲しかった。



母と同居する妹には、母は最大限のサポートをしてあげたいと思い、


自分の孫を、我が子のように

婿養子を、 自分の産んだ子供のように

                   育ててきているのを見て、


正直にいって  羨ましいと感じていました。


この私の中途半端な長女としての立場が          

           血縁の骨肉の争い

                       のような感情を作り出している。


先日、妹が 

       『謝ったら、今までのことを許してやる』    と言っていると、                    


母から伝えられた。


母としては、仲良くして欲しい と思うのだろう。


これが、私の母に出来る最後の親孝行かもしれない


   とは思うが・・・・ごめんなさい、私は・・・・・

   謝る気には・・・・どうしても・・・・なれない・・・・


自分をまだまだ、器の小さい人間だ    とも思うが、


この環境のために、たくさんの自分の夢を捨てた 

                  との想いを変えられない限り、


私のなかでは、これ以上、自分を相手に合わせられない。


母への罪悪感 と 親不孝感 を抱える

反面 

母には申し訳ないが、

  私らしく幸せを求める権利を初めて主張できた  瞬間だった。


私は、自分の子供に

       母の思い通りに生きて欲しい  とは望まない。


同じ状況に遭遇した時、

      母へ与えた心の傷を味わうことで、許しを請いたいと思います。