「言語の理解と発音は、オペラの現場でどの程度影響するものなのでしょうか?」

シンプルなお問いかけですが、とても深い問題です。

こんな風にお答えしました。

「一般的に、発音が明晰で、その言語をしっかり理解している方が良いことは言うまでもないのですが・・・たまに、発音や理解力を超えるレヴェルの歌が出てきます」

「私が、死ぬ前にもう一度聴きたいと願う歌は、パトリツィア・チョーフィが歌った〈赤とんぼ〉です。あの斬新なフレージングと凝縮された解釈の力は、発語の精度や歌詞の理解のレヴェルを超える『音楽的解釈力の極致』でした」

「私が実演で聴いた中で一番聴き取れた日本語オペラの歌は、スミ・ジョーが歌った《忠臣蔵》のアリアです」

「フィオレンツァ・コッソットが歌った〈荒城の月〉も、荘重で絶品でした。歌詞の理解度よりも、音楽の理解度が勝った一例です」

「トーマス・ハンプソンのフランス語オペラの解釈は、フランス人のバリトンを上回る賞賛を得ることがあります。ご本人は『自分は日常会話程度で』と謙遜されますが、恐らくは、彼の声の質や音色がフランスものに特別に合うのだと思いますね」

「ニコラ・ウリヴィエリはイタリア人のバスですが、《連隊の娘》のシュルピス役の映像を見ると、発音に訛りがあっても、リズムが良いのでフランス語らしく聴こえてきます。ああいうの、面白いなと思いますよ」

こんな回答をさせて頂きました。

さて、ここで、日本語で実例を一つ出してみます。市川崑監督の映画『細雪』のワンシーンです。



岸恵子さんは、関西弁のアクセントを出すのはあまりお上手ではないのですが、発語の間合いの取り方、ゆっくりしたテンポがまさしく、大阪市の中央に暮らす旧家の女性といった感じで聴こえてきます。だから、場面が成り立つのです。繰り返しますが、間合いが素晴らしく良いですね。

続いて、オペラから一例。
前にもご紹介した映像ですが、ルネ・フレミングの仏語歌唱です。しかし、ほぼ言葉としては聴き取れません。ヘッドフォンをして聴いて、エール(アリア)前段のレシタティフの部分を聴いて「ああ、フランス語か」と判るぐらいです。



しかし、この歌は、感情表現と声の技の2つで群を抜くものなのです。

「聴き取れなくても、伝わってくるものがあるんですよね」

日本人の高名なプリマドンナの人ともこんなお話をしていました。こんな風に、「たまに」ですが、発音を超える境地は出現します。


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