オペラの場合、初演歌手の能力によって、譜面が書き換えられたりすることがあります。
偉大なる初演歌手たちは、偉大なる作曲家たちに新しい発想の種 ー 時には揉め事に近くても ー をもたらしてきました。
ドメニコ・ドンゼッリというテノールが居て、ベッリーニの《ノルマ》のポリオーネ役の初演者です。
ドンゼッリは自分の声の特徴を手紙で詳しく書いていて、それが、楽譜を解析するさいの超一級の資料となっています。ベッリーニが親しくしていた別のタイプのテノール、ルビーニとはまったく違う声であるということが、この手紙から分かるのです。太めの声音のテノールです。
マリ=カロリーヌ・ミオラン=カルヴァロというソプラノが居て、グノーのオペラの主演者として名高いのです(旦那さんは、名興行師のレオン・カルヴァロ)。
この人は、自分の見せ場を作ることにひとかたならぬ熱意があり、グノーにたびたび意見、というかごり押しして名曲を書かせました。
その際たるものは《ロメオとジュリエット》のジュリエットのワルツです。この曲が世界中のどこかで1回も歌われない日ってないんじゃないかなというぐらい、コロラトゥーラ・ソプラノに愛される名曲ですね。
この曲を書かせるため、南仏巡業中のミオラン=カルヴァロは、保養中のグノーを鉄道駅まで呼び出して(事前に電報を打って)、「1曲足してね。《ミレイユ》の燕のアリエットみたいなので良いから!」とげきを飛ばすというか、ほぼ恫喝(!)し、去り行く列車の窓から何度も叫んだといいます。
でも、それぐらいの熱意、ごり押しというか、見方によっては我儘がなければ、あの流麗なワルツは世に出なかった。青春性の象徴のような一曲ですね。
一方、控え目に述べることで作曲者を動かした例もあります。不世出のメゾソプラノ、セレスティーヌ・ガリ=マリエが《カルメン》の稽古場で作曲者ビゼーに「登場の曲がどうもパンチに欠けると思うので、書き直して下されば嬉しいです」とおずおずと言ったとき、ビゼー自身も痛いところを衝かれたと自覚し、それで差し替えの曲として作ったのがあの〈ハバネラ〉です。
ガリ=マリエ(メゾソプラノの歴史で私が最も尊敬する人です)はもともとマリエさんで、ガリさんと結婚したのでガリ=マリエという複姓になりましたが、この人が初演したオペラには名作が多く、ガリ=マリエだからこそ世の注目を集めたということもよく言われます。舞台写真が多く遺る人なので、いろんなポートレートを眺めることが出来ます。
《カルメン》のほかにも、例えばトマ《ミニヨン》やオッフェンバック《ロビンソン・クルーソー》のヴァンドルディ(フライデー)です。
そして、バリトンのヴィクトル・モレル。レオンカヴァッロの《道化師》のトニオ役を創唱しましたが、モレルと言えばまずはヴェルディの《オテッロ》のヤーゴと《ファルスタッフ》の主人公ですね。
このモレルは人情に厚くフランクな人で、作曲家の卵であったレオンカヴァッロを伴奏ピアニストに雇い、マスネなどいろんな名士に紹介してあげたのです。
あと、そのレオンカヴァッロがミラノで《道化師》を初演することになった際、大歌手特別出演という形でトニオ役で出ることになった際「喜んで出るけれど、出番は増やしてくれよ」と朗らかに頼んだといいます。その結果、あの有名なトニオのプロローグが誕生。世の中の不条理をシニカルに歌う名場面が作られたわけです。
モレルもまた、バリトンの歴史で私が最も尊敬する人です。彼はヴェルディの《ドン・カルロス》の初演時にも、フランドルからの使節の一員として出ていました。まだ音楽院在学中ですが、選ばれたのだそうです。どれほど才能が光っていたのかと思いますね。
ちなみに、モレルだけは晩年の録音が遺っていて今でも聴くことが出来ます。性格描写ってこんな風に、肩の力を抜いてやるんだなというぐらい、《ファルスタッフ》の主人公の小唄を飄々と歌い上げています。
特別講演会のお知らせです。
朝日カルチャーセンター新宿教室で4月30日(木)10時30分から12時まで。
年表つき(A3用紙で物凄い数になりそうです)で、『オペラ研究家が選ぶオペラ百選の第1回』をお話しします。オンラインの見逃し配信もありますので、全国各地の皆さまのご興味を惹けばと願います。
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8729127
★★ 筆者の講演会や放送の内容、雑誌やブログ等に発表した文章などに関するご質問、ご感想、ご意見はすべて、『直接の対面』にて承ります。
偉大なる初演歌手たちは、偉大なる作曲家たちに新しい発想の種 ー 時には揉め事に近くても ー をもたらしてきました。
ドメニコ・ドンゼッリというテノールが居て、ベッリーニの《ノルマ》のポリオーネ役の初演者です。
ドンゼッリは自分の声の特徴を手紙で詳しく書いていて、それが、楽譜を解析するさいの超一級の資料となっています。ベッリーニが親しくしていた別のタイプのテノール、ルビーニとはまったく違う声であるということが、この手紙から分かるのです。太めの声音のテノールです。
マリ=カロリーヌ・ミオラン=カルヴァロというソプラノが居て、グノーのオペラの主演者として名高いのです(旦那さんは、名興行師のレオン・カルヴァロ)。
この人は、自分の見せ場を作ることにひとかたならぬ熱意があり、グノーにたびたび意見、というかごり押しして名曲を書かせました。
その際たるものは《ロメオとジュリエット》のジュリエットのワルツです。この曲が世界中のどこかで1回も歌われない日ってないんじゃないかなというぐらい、コロラトゥーラ・ソプラノに愛される名曲ですね。
この曲を書かせるため、南仏巡業中のミオラン=カルヴァロは、保養中のグノーを鉄道駅まで呼び出して(事前に電報を打って)、「1曲足してね。《ミレイユ》の燕のアリエットみたいなので良いから!」とげきを飛ばすというか、ほぼ恫喝(!)し、去り行く列車の窓から何度も叫んだといいます。
でも、それぐらいの熱意、ごり押しというか、見方によっては我儘がなければ、あの流麗なワルツは世に出なかった。青春性の象徴のような一曲ですね。
一方、控え目に述べることで作曲者を動かした例もあります。不世出のメゾソプラノ、セレスティーヌ・ガリ=マリエが《カルメン》の稽古場で作曲者ビゼーに「登場の曲がどうもパンチに欠けると思うので、書き直して下されば嬉しいです」とおずおずと言ったとき、ビゼー自身も痛いところを衝かれたと自覚し、それで差し替えの曲として作ったのがあの〈ハバネラ〉です。
ガリ=マリエ(メゾソプラノの歴史で私が最も尊敬する人です)はもともとマリエさんで、ガリさんと結婚したのでガリ=マリエという複姓になりましたが、この人が初演したオペラには名作が多く、ガリ=マリエだからこそ世の注目を集めたということもよく言われます。舞台写真が多く遺る人なので、いろんなポートレートを眺めることが出来ます。
《カルメン》のほかにも、例えばトマ《ミニヨン》やオッフェンバック《ロビンソン・クルーソー》のヴァンドルディ(フライデー)です。
そして、バリトンのヴィクトル・モレル。レオンカヴァッロの《道化師》のトニオ役を創唱しましたが、モレルと言えばまずはヴェルディの《オテッロ》のヤーゴと《ファルスタッフ》の主人公ですね。
このモレルは人情に厚くフランクな人で、作曲家の卵であったレオンカヴァッロを伴奏ピアニストに雇い、マスネなどいろんな名士に紹介してあげたのです。
あと、そのレオンカヴァッロがミラノで《道化師》を初演することになった際、大歌手特別出演という形でトニオ役で出ることになった際「喜んで出るけれど、出番は増やしてくれよ」と朗らかに頼んだといいます。その結果、あの有名なトニオのプロローグが誕生。世の中の不条理をシニカルに歌う名場面が作られたわけです。
モレルもまた、バリトンの歴史で私が最も尊敬する人です。彼はヴェルディの《ドン・カルロス》の初演時にも、フランドルからの使節の一員として出ていました。まだ音楽院在学中ですが、選ばれたのだそうです。どれほど才能が光っていたのかと思いますね。
ちなみに、モレルだけは晩年の録音が遺っていて今でも聴くことが出来ます。性格描写ってこんな風に、肩の力を抜いてやるんだなというぐらい、《ファルスタッフ》の主人公の小唄を飄々と歌い上げています。
特別講演会のお知らせです。
朝日カルチャーセンター新宿教室で4月30日(木)10時30分から12時まで。
年表つき(A3用紙で物凄い数になりそうです)で、『オペラ研究家が選ぶオペラ百選の第1回』をお話しします。オンラインの見逃し配信もありますので、全国各地の皆さまのご興味を惹けばと願います。
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8729127
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