プッチーニのオペラ《トゥーランドット》が、1926年にミラノ・スカラ座で初演されたとき、プッチーニの後輩世代の作曲家であるフランコ・アルファーノが、プッチーニの遺稿(スケッチなど)に基づいて、足りない部分を補筆しました。ちなみに、アルファーノはプッチ―ニの弟子や助手ではありません。

**後代のルチアーノ・ベリオが補筆したヴァージョンについては、私には語る資格がありません。

しかし、アルファーノの補筆部分は、いま思えば「歌うのがあまりに大変」で、指揮者トスカニーニが初演前にかなりの小節数をカット。ただし、アルファーノは悲嘆にくれました。やりたくない仕事を、楽譜出版社リコルディ社からの要請と、プッチーニの実子からの懇願を受けて、やらされる羽目になったのに、書いた分を全部演奏してくれなかったからです。

ちなみに、アルファーノがなぜ補作者に選ばれたかというと、プッチーニの後輩世代の中では抜群の実力と知名度を有していたから。彼のヒット作《復活》は、作曲者存命中に上演回数1千回を記録しているのです。つまりは、当時のリコルディ社にとっては「第2の稼ぎ頭」でもありました。

その後、この「アルファーノが書いた楽譜を全部演奏した」ケースが、私の知る限り2つ出ています。一つは、DECCAレーベルが出したジョゼフィーン・バーストゥ(S)のアリア集で。もう一つが、先月にも来日したアントニオ・パッパーノ指揮の《トゥーランドット》全曲録音において(Warnerレーベル)。この音源が「アルファーノ補筆部を全部演奏した」初の全曲録音になりました。

このパッパーノ指揮の《トゥーランドット》のCDの国内盤解説は私が書きました。
リコルディ社の現行の譜面を開いて、「どこから変わってくるんだっけ?」と音源を聴きながら細かくメモを取り、その結果を詳しく、解説文中に入れたのです。

さて、昨晩のこと。NHKーBSの人気番組『プレミアムシアター』で、この前ウィーンで披露された《トゥーランドット》の新演出が放送されました。ブルーレイデッキが無事録画してくれていたので、今朝、それを観ながら仕事をしていました。

放送では「アルファーノ補筆の完全版のステージングで・・・」といった意味のことをアナウンスされていましたが、私の最初の反応としては「すごい! え、でも、ならば何でもっと話題になんないんだろう?」とやや鈍いもの。

それで映像を見て納得。オーケストラは完全版の楽譜を全部演奏していたけれど、歌のパートはところどころ端折っていたのです。

だから、「完全版の全曲演奏」ではあるけれど「一音も漏らさず全部演奏した」とは言えないわけなのでした。

そのことに気付いて、私は納得し、独り言を言いました。

「カウフマンさんも、さすがに、あのパートを実演で全部歌い切るのは渋ったのかな・・・大変過ぎるから。またインタヴューすることがあったら訊ねてみたいものだ」

それぐらい、アルファーノ補作完全版の歌は、カラフ王子には大変なもの。オペラ全曲をフルマラソンで走ってきて、最後に突然、重量挙げもやってのけるが如きの歌になりますから、疲弊の度合いが全く違います。トゥーランドットも大変ですが、カラフの方がよりしんどい。

また、その最後の歌をもしも歌ったとしても、この演出にはあまりそぐわないものであるようにも思われました。

でも、演出プランが、楽譜に優先するの?と疑問にも思う。難しすぎで歌うのがしんどいから削る、と言われた方がまだ理解はしやすいです。

ところで・・・《トゥーランドット》のその「アルファーノ補筆の完全版」の楽譜を、私はまだ読んだことがありません。そういうのは、《カルメン》の〈ハバネラ〉と入れ替わりにお蔵入りになったアリアの楽譜のように「楽譜出版社の書庫に入れる音楽学者」だけが読めるものであり、パッパーノのような誰しもが認める指揮者だけが扱えるものであるからです。

なので、自分としてはいつの日か、せめて死ぬ前に一度は、そういう書庫に入れてもらえるようにと、努力を続けるのみなのです!



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