いま、METライブビューイングでグノーの《ロメオとジュリエット》を上映しています。

講演会で「お勧めですか?」と訊かれました。

「もちろん、お勧めです。主役二人が役に合っているんです」とお答えしました。

どんな上演にも、長所と弱点があるとは思いますが、いまやっている《ロメオとジュリエット》では、その主役二人の個性、芸術性が役柄にぴたりと合うのが何よりの美点です。

ところで、現在の《ロメオとジュリエット》では、有名な〈ジュリエットのワルツ 私は夢に生きたい〉は、ヘ長調で歌われています。

しかし、世界初演時のときはト長調でした。下に譜例を出しておきますから、ご参照下さい。



ト長調であった理由は、もちろん、初演者のソプラノ、マリ=カロリーヌ・ミオラン=カルヴァロが歌いやすかったからでしょう。

でも、この彼女は、第4幕の大アリア(エール)も歌っているわけで、一体どんな声であったのか??と思えてなりません。超高音が出ても、第4幕の劇的なエールを歌う響きの勁さも持っていないといけないので・・・

それで、上述のワルツがいまはヘ長調になっているわけはもちろん、後輩のソプラノたちが歌いやすいようにということで、一音下げられているわけです。

随分前ですが、国内で《ロメオとジュリエット》の公演があったとき、プログラムに載せる曲目解説のご依頼がありました。

「初演版の楽譜がせっかく手元にあるのだし、やらせて頂こう」と喜んでお引き受けしました。

初演版ではほかにも、現行版とかなり違う箇所が幾つかあります。それらはみな、現行版の方が改善されている(もしくは強力になっているか)と思えるところばかりです・・・といまブログに書き出しながら、突然、「いやいや、ロメオのカヴァティーヌ(第2幕)は現行版では低く移調しているから」と思い出しました。初演の時はロ長調です。でも、現行版は変ロ長調。半音違いで大違い。テノールは大変!



写真を撮るときに、手元がぶれて上手く写せませんでしたが、調性は一目瞭然ですね。

ところで、この楽譜の最上段に、鉛筆で何やら書き込みがあります。
「en Si♭」と書いてあるのです。「変ロ長調で」という指示です。

私の手元に縁あってやってきたこの楽譜、もとの所持者はロメオ役を歌うテノールさんであったよう。全編にわたって鉛筆で一杯書き込みがあります。

この人はたぶん、グノーが《ロメオとジュリエット》を改稿する前からロメオ役を歌っていたようなのです。だから、初演版の楽譜を使っていたわけですが、でも、どうも、改稿版の楽譜が出る前の段階でも、実際の公演では、このカヴァティーヌ〈愛、愛・・・登れ太陽よ!〉はすでに半音下げて歌われていたんだな、と楽譜の書き込みを読むことで分かっています。

思うに、「高すぎて歌うのが大変。この後も延々出番があるんだし、音を下げてくれよ!」とテノールが主張し、それが通っていたのでしょう。作曲者グノーからしたら、本来の調性をゆがめることになるので、不承不承であったかもしれませんが。

百数十年前の書き込みからでも、いろいろ分かることは多い。だから、解説する側としては、楽譜の現物を手に入れることが、とても大切であり、必須のことなのです。

楽譜を読めばわかること、それをひと言でいうなら「人の苦労」です。

作曲者の苦労から演奏者の苦労まで。いろんな人の苦労が楽譜に詰まっています。





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北陸地方の震災の義援金について、新しいお知らせが出ていました。

https://www.jrc.or.jp/domestic_rescue/2024notoearthquake.html

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WCARS(一般社団法人国際総合芸術研究会)のブログです。ご参考まで。
https://ameblo.jp/2022wcars/