確か、1983年のこと。大学一年生。日曜日のNHK-FM『海外オペラアワー』を聴きながら、自室で居眠りしてしまいました。

すると突然、夢の中に流れる美声。

いきなり飛び起きてしまい、手近にあったカセットテープをひっつかんで、テープの残り10分間だけ、その歌声を録音することに成功しました。

それが、キャスリーン・バトル(S)のザルツブルク音楽祭でのリサイタルの模様。ピアノ伴奏はジェームズ・レヴァイン。フォーレの歌曲を3つぐらい録音できたのです。

後にも先にも、寝ていたのに飛び起きる歌声はこのときただ一度。まあ歌劇場で居眠りすることはほとんどないのですが。

その後、このリサイタルのライヴCDが発売されましたが、そこに収められていない歌曲が一つ、私のカセットテープには残っています(フォーレの一曲)。

ところで、当時、私はそのカセットテープを何十回と聴きなおした結果、テープがたるんでしまい、引っかかったりで上手く動かなくなりました。

その結果、その末尾の10分間だけを聴くために、そのテープ、確か120分テープの全部を聴いた上で最後の10分に辿り着くということを繰り返す羽目になりました。

ここで面白い現象が起きます。

もともとそのテープに入っていたのはミュンヘンのバイエルン歌劇場で上演されたチャイコフスキー《スペードの女王》の第2幕と第3幕。

バトルの歌声を聴くために、長い《スペードの女王》第2幕と第3幕を聴き続けた結果、いまや、このオペラが上から20位内に入るぐらい好きになっているのです。

昨年、マリインスキー歌劇場来日公演のために《スペードの女王》の曲目解説を頼まれたときは、本当に嬉しかったものでした。ちょうどサンクトペテルブルクに行ったばかりでもありましたが、ロシア語のフルスコアに日本語で書き込みを入れたりで、なんとか読み進めていたから、それが活かせたわけです。

また、この《スペードの女王》の中に出てくるグレトリのメロディから、グレトリという作曲家の業績に早く気が付くこともできました。大学生のうちにこの作曲家を知ったことで、オペラ史をより幅広く捉えることも可能になったのです。グレトリはモーツァルトにも影響を与えていますので。

というわけで、長い道のりですが、歩んできた年月に、それなりの意義や意味はあるのでしょう。

あの時、バトルの歌声に目を覚まさなかったら・・・
カセットテープが弛まなかったら・・・
ユリア・ヴァラディ(《スペードの女王》のリーザ役)の強い歌声が無かったら・・・
エレーナ・オブラスツォヴァ(伯爵夫人役)のソロを覚えなければ(これがグレトリ由来のメロディ)・・・
いまだに、知らないことは本当に多かったでしょう。

前にも書きましたが、40年近くも前に毎週欠かさず聴いていたFM番組の後継番組に、いまは、自分が時々出演するようになっています。

講演会等で時折り、放送内容について細かく訊ねられることがあります。勿論、喜んでお答えするのです。

どこかの誰かが、そこに流れる歌声に飛び起きたりしているかもしれないので。


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