相変わらず霧の晴れない戦域一帯に広がったアルマダの面々は、それぞれ数隻から十数隻、悪くすれば数十隻の敵船の追撃を受けていた。
しかしこの際、船舶の性能自体を比較するなら軍配はアルマダに上がるだろう。
なにしろ洋上最強を自負する海戦のプロ集団、しかもその精鋭を集めた斬り込み隊を支える船である。
同じく船員の操縦の技術も、そこらの水兵がかなうレベルではない。
緩急をつけて逃げて行く餌におびき寄せられた平軍の船は迂闊にもその射程内に入り、船尾に取り付けられている機銃の餌食になった。
機関部に損傷を受け、次々と海上に置き去りにされていく。
しかしながら、いかんせん、あまりにも数が違う。
撃っても撃ってもその後から、まさに霧のように湧いて出る敵影に、アルマダに長く籍を置いて先代頭領の信頼も篤いベテラン兵の1人はその赤ら顔を渋くした。
「キリがないのう・・・・このままじゃ弾切れじゃ」
視界は悪く、敵に追い立てられる焦燥が苛立ちに拍車をかける。
追ってくる敵船が見えないほどではないが、その後ろにまだ何隻も控えているだろう。
淀川の河口を目指す、その合図が待ち遠しい。
櫂斗の号令で一斉に散った彼らだが、何の目論見もなくそうしたわけではない。
いずれ頃合いを見て、全船が一挙にそれぞれの方向から、淀川河口へ突っ込む算段である。
淀川は比較的川幅の広い河川であり、その河口も大きく広がっているのだが、当然今現在彼らが攻防を繰り広げている湾内とは、比べるまでもなく狭い範囲になる。
そこへ突入するタイミングにズレがあると敵船まで一緒に淀川に入ることになり、水域が浅く狭くなるそこでは、操舵技術や船舶の性能などというものよりも、単に数が物を言うことになりかねない。
つまり物理的に逃げ場がなくなるわけで、船の多い平軍に囲まれてしまうというわけだ。
だからこそ、呼吸を揃えて、時を合わせて行動を起こさなくてはならない。
その時宜を見極めるのも、隊長船ハヤブサの役割である。
水を蹴立てて敵船の間を駆け巡り、散発される機銃をよけ、返り討ちにしながら、アルマダの総員がその合図を待っていた。
過ぎるほどざっくりと大雑把な事前の打ち合わせにもかかわらず、触れられなかった細部にわたって全船の意思疎通に一糸の乱れもないのは、さすが精鋭部隊といったところで、各々が踏んできた場数と兵士としてのセンスのなせる業である。
善之新は、操縦席の横で揺れる体を支えながら戦域を見渡していた。
とどろく砲声がいとまなく耳をつんざき、さらに気分を高揚させる。
不思議と恐怖は感じなかった。
自分を狙って放たれる砲弾が、不気味な黒光りとともに霧を裂いて眼前に落ちてくるのだが、善之新はそれを睨みつける胆力を見せた。
間抜けなアーチを描いて善之新の頭上を通り過ぎたそれは、着弾した先で平軍の高速船を巻き込んで爆発した。
船尾から、機銃の音が聞こえてくる。
櫂斗が仲間の援護射撃を行っていた。
船上から照準を定めて狙い撃つというのは、見た目よりもずっと難易度の高い芸当である。
平軍の機銃は、その性能のせいもあるのだろうか、いまだ一隻も仕留められないでいる。
ましてその船が船尾を振って急旋回を繰り返しながら砲撃の波に煽られているという状況では、搭乗員は船にしがみついているだけで精一杯のはずであった。
しかし櫂斗は、千尋の操縦によって縦横無尽に疾走するハヤブサの上で、敵の高速船を機銃に捉える。
青みの強い褐色の瞳をキラキラと光らせて、まるで夏祭りに射的に興じる子供の顔をしている。
けれどその腕は子供どころか、はるか先、射程ギリギリの敵船の横腹に、たったの数発で正確に致命傷を与えていくのだ。
「何だよ櫂斗、やればデキんだなッ。オレおまえのこと誤解してたわ!」
爆音に消されまいと善之新が大声をかけると、櫂斗が目をむいて振り返った。
「おまえッ、オレを誰だと思ってんだ! 全国射的大会怒涛の12連覇してんだぞッ、あんなデカい的、外すわけねえだろがッ!」
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ああ、また変な属性つけちゃった・・・・ゴメンね、かーくん。