霧に紛れていた上に、善之新はこれまで船自体よりも砲弾に目を取られていて気づかなかったが、いざ注意して見てみれば、微風に揺れる軍旗が中央の帆柱に認められた。
大将船の印である。
わずかにレンズを下げ、揺れる視界に苦心しながら甲板を捉える。
人差し指に触れるダイヤルをチキチキと回してピントを合わそうとしたがうまくいかず、焦点を結ばない画像ではぼんやりと人影がわかるくらいで、大将の顔を盗み見ることはかなわなかった。
わかったからといってどうということもないのだが、自分が戦っている相手が誰なのかぐらいは知っておきたいような気がしたのだ。
無理か・・・・せめて名前だけでもわかったらいんだけど。
仕方なく善之新はあきらめて構えた双眼鏡を下ろし、周囲を見渡した。
さすがに数で圧倒しているだけあって、まったく無傷の船というのは、瀬戸内水軍の高速船にもなくなっているかもしれない。
遠い上に双方が動き回っているせいで視認はできないが、もう戦闘が始まって5分以上は経っているのだから、いくら精鋭揃いとはいえ多勢を相手にしているアルマダにも多少の被弾は―――航行不能にはならずとも―――あるだろう。
しかし被害状況は逆に平軍に顕著だった。
戦況としては、数で劣る村上水軍が明らかに押している。
水軍の船を追い回していた平家側の高速船の、半分も残っているだろうか。
そろそろ河口へ向かう潮時なんじゃないかと、素人同然の老婆心ながら善之新がそう思った時である。
彼の視界の端、船のすぐ横の水中を何か黒いものが貫いていった。
んッ?
影の正体はわからなかったが妙に気になって、思わず顔を向けて行方を追った。
何だアレ・・・・魚?
にしてはやけに影が大きいなと思う善之新を置き去りに、それはぐんぐん海の中を泳ぎ、波間に見えなくなった。
と、一瞬空間が縮むような錯覚の後、強烈な爆音がとどろいて、ハヤブサの後方で一隻の船が大破したのである。
ドオッという大気の震えが、息を飲む善之新のところまで押し迫ってきた。
善之新が爆発の直前に見た、横腹にトカゲのイラストを刻んだその船は、アルマダに籍を置いて数十年というベテラン隊員ペアの愛機だった。
善之新は目を見開いてハヤブサの舷に飛びつき、炎上した高速船へ向かって身を乗り出した。
「毒蜥蜴ッ!」
黒い煙とともに空へ吹き上がっていく炎が、離れていても頬に熱かった。
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すげえ船名ww昨日まで蜘蛛だったんだけど、30巻を読んで急遽変更(汗)