「どうして・・・・あんなとこ大砲の射程じゃねえだろ」
敵船に向けていた照準器から顔を上げた櫂斗が呆然と呟いた。
彼の言う通り、毒蜥蜴が疾走していた辺りは、とっくに大砲の射程範囲の外である。
いくら狙いを澄ましても、その砲弾が届く距離ではなかった。
かと言って、追う平軍の高速船が撃ち込んだ弾丸が今の爆発を起こしたというのも考えがたいのだ。
瀬戸内水軍の高速船に搭載されたエンジンは、ガソリンや水素などといった可燃性の強い燃料で動くのではない。
同軍が誇る有能なるエンジニアたちが心血を注いで開発した、電解した海水と化学物質の混合溶液を反応させることで得られる特殊な気体燃料オロナミソCが、その駆動を可能にしているのである。
もちろん原動機にエンジンを使用しているのだから、その気体は可燃性である。
しかし実はこの燃料、引火点が恐ろしく高い、つまり、燃焼しにくいのである。
その燃料を燃やして動力を得るために独自に生み出されたエンジンは、耐圧、耐熱、耐湿に優れている上に高い強度を持っており、機銃の弾丸ごときでは貫通することはまずないと言っていい。
あるいは燃料タンクを撃ち抜かれたのだとしても、引火性の低いこの気体を爆発させるような事態にはなりえない。
いきなり船ごと木っ端微塵に吹き飛ぶような爆発など、まったく考えられないことだった。
けれどたった今目の前で、確かに仲間の船が爆砕されている。
もはや爆発物を直接船体に食らって、その爆発力で吹き飛ばされたぐらいしか原因として考えられない。
まさか、と、櫂斗の視線が一瞬宙をさまよった。
以前に、何かの折に塁から聞いたことがあった。
ふと頭をよぎった記憶をたどって、そのあらましを思い出す。
スクリューをつけた弾頭にエンジンを積んで泳ぐように水中を自走し、衝突した船を弾頭自体の爆発によって破壊することを目的とした兵器。
確か、ギョライとかって魚型の水雷で・・・・でも、実用化に漕ぎつけるにはまだ相当かかるって話だったはずだ。
どっかの誰かが完成させたって言うのかよ、あの天才より先にッ?
瞠目する櫂斗の前で、善之新の背中が張り裂けんばかりの思いにひずむ。
「うああああああッ」
見開かれた彼の目線の先では、その目と同じ色の炎が船を包んで塊と化し、もうもうと大量の黒煙を吐き出している。
新参の善之新である。
千尋や櫂斗を含め、隊員たちと知り合ってからの日は浅い。
それでも出港以来今日この時まで、寝食を共にし、生死を共にした、まぎれもない仲間同士である。
まして頭領たる彼には、彼らの命に対して責任があった。
悲痛なその叫び声が響いて数瞬後、再び海上で爆発が起きた。
「鬼苔・・・・ッ」
続いて3発目が、新しい水柱を立てる。
「胡蝶ォッ!」
弾け飛ぶ船体に成す術なく、ただその名を叫ぶしかできない善之新は、船の舷を掴んだまま、知らないうちに足元からその場に崩れ落ちていた。
「あああ・・・・ッ」
空気の壁になって押し寄せてきた4回目の爆風は自分の中まで吹き荒らし、まるで灯されていたろうそくの火が消えていくように感じられた。
何が起きているのかわからなかった。
もっと言うなら、目の前の光景の意味を理解することを、彼の心が本能に近いところで拒んでいたと言う方が正確かもしれない。
掴んだ船縁に額を押し付けた善之新の口から、あらん限りの思いを叩き付けるような絶叫がほとばしる。
「やめろおおおおおおおおおおッ!!!」
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この後ノシンは多分、スーパー●イヤ人にね、なれると思うよ。←