「サイテーだ・・・・オレのバカ」
ガックリと肩を落とした善之新を、不思議なものを見る目で見つめながら、櫂斗は千尋に耳打ちをした。
「村上家ってイルカ見てないと何かマズいのか?」
「知らん」
「ちょっと止まってやれよ、このへん回遊してんだろ。見ろ、あんなにしおれちまって、かわいそうだ」
見当違いではあるが彼なりの優しさを発揮して櫂斗がそう言うと、千尋は嫌そうに眉を寄せながらも、船の速度を落として徐行させた。
とたん、善之新はムッと肩をいからせて2人を振り返る。
「なんでスピードダウンすんだよ、全速前進だっつってんだろッ」
せっかくの好意に泥水をかけられた思いで、2人は善之新を睨み返した。
「何だよ、おまえがイルカ見たことねーって言うからッ」
「そーだこのくそガキッ、村上家の掟に反しやがって、それでも長男かッ」
牙をむいてすっ飛んできた2人の反撃を受けて、善之新が目を白黒させる。
「はあッ? 掟って何・・・・うわちょっと、ちょッ」
千尋に襟首を掴み上げられ、舷の外に体を乗り出す形になった善之新は彼の手にしがみついて悲鳴じみた声を上げる。
「何だよ急に2人ともッ?」
「おまえなんか子イルカの餌になれッ」
「そうだッ、じっくり煮込んでおいしくいただかれればいい!」
2人の声が重なった瞬間、千尋の手が、ぱ、と開かれた。
「うわうわうわ、ちょっと、落ちるって!」
さらに振り落とそうとする無情な手から、彼の首に掴まり直す。
両腕に渾身の力を込めて千尋の首っ玉に抱きつき、密着したその胴に両足を絡めるという、猿の子供のような格好でやっと善之新は自分を支え、眼下に迫る水面に顔を引きつらせた。
「千尋さんッ、オレ無理ッ、マジでシャレんなんねって!」
「ん・・・・ちょっと待て」
必死の訴えをないもののようにあっさり無視して突然そう呟いたかと思うと、千尋は再び彼を掴み上げ、今度こそばしゃんと海に突き落とした。
「あッ、バカ! ほんとに落とすなよ」
千尋に咎めるような顔を向けた櫂斗は、彼がこちらはおろか海上で水しぶきを上げている善之新にさえ見向きもしていないのに気づく。
「どこ見て―――」
彼の視線を追って視界に捕らえたそれは、薄ぼんやりと水平線の向こうに煙っていて、よく見えない。
その方向には大坂港があるだけのはずだが、ただそれだけにしてはどうも千尋の様子がおかしい。
船の縁に手をかけ、海へ大きく身を乗り出している。
相棒の隣に立って目を凝らしたが捉えられず、それならと善之新が置きっぱなしにしていた双眼鏡を覗いた。
タイミングのいいことに櫂斗の視界にかかっていた霧が薄くなり、目に捉えた光景に彼は半ば呆然と呟いた。
「まさか、アレ・・・・赤い旗・・・・」
それを聞いた千尋が彼の手からむしり取るように双眼鏡を奪い、その方向へ向ける。
首にかけたバンドごと体を引きずり寄せられて、櫂斗は目の前に迫る千尋の口から吐かれた言葉に戦慄した。
「やっぱり! 平家の軍隊だッ!」
彼らの向かう大坂港に、赤い旗が林立していた。
頭領、溺死。チーン←