政府は多額の補助金を支出しており、その内訳は多岐に及び、各省庁の管轄分野のほとんどで何らかの補助金や助成金が設定されている。

 

補助金や助成金は国や地方公共団体が政策上のあるべき姿を目指して支給されるものである。しかし、補助金に関しては効果を上げていないという批判が絶えない。

 

農業分野については、長年様々な補助金を設定してきたが日本の農業は一向に改善されていない。スーパーコンピュータや半導体、太陽光発電、液晶等産業分野でも多額の補助金が投入されてきたが、それらの産業分野で日本は敗退を余儀なくされた。

 

補助金は政府の目的設定が正しく、必要な資金が適切な相手に適切なタイミングで支給されることで効果を上げることができる。しかし、実際はそうなっていない。

 

過去においては、官僚は欧米先進国の実情を勉強し、それを日本に移植する計画を立てそれに必要な補助金を設定し、日本の産業を発展させることに貢献できた。

 

しかし、現在では日本は既に欧米を手本とする段階にはなく、海外を視察して日本に導入するという手法
は使えない。この段階で事業について何も知らない官僚が設定する目標の多くは実態とあっておらず、多くの補助事業は多額の金を費やしても何ら目に見える効果を上げることはできなかった。

 

農業分野や商店街活性化等、何十年も前から補助金を設定しながら、農村や商店街が衰退し続けているの
がその証拠である。

 

また、補助金の多くは、目的だけでなく、その中身も官僚的であり実用的でない。特に、補助金等を使って製造設備を作る場合、不必要な設備や過度な安全設備の整備を義務づけられることが多く、結果的に補助金を貰っても安くならないケースも多い。

 

さらに、補助金で作った設備については、環境の変化で時代遅れとなっても勝手に処分や廃棄ができず、経営上大きな障害となることも多い。

 

また、補助金の受給先や窓口としては業界団体や協同組合等が多く、官僚と業界の癒着の原因となっている。現在では官僚が業界を主導するというのは現実的ではなく、それを前提とした補助金制度そのものも不必要である。

 

貴重な税金を補助金のような非効率で効果の無いものに費やすよりは、規制を廃止し、事業者の自主性に委
ねる方が結果的に産業発展にはプラスである。

 

財政危機の中ですでに時代遅れとなった補助金に多額の予算を費やすことは大いなる無駄遣いであり、補助金は可能な限り削減すべきである。

中国や北朝鮮の脅威が増す中でアメリカからの強い要請もあり、防衛費は今後も増加し続けることが予想されている。

 

しかし、防衛費をこれからも増額していく前に一体何を防衛するのか見直す必要がある。子供が生まれず将来的には日本では大幅な人口減が見込まれている。

 

また、度重なる年金の実質的な減額や医療負担の増加、介護保険や健康保険等の社会保障負担の増加で今後生活できなくなる高齢者が増加することが見込まれている。

 

働いている間は何とか生活できるが、結婚し子供を育てる余裕もない。老人になり仕事を失えば頼りの年金は生活を支えるのに足らず、生活苦に陥る。そんな国は守るに値するのだろうか。

 

防衛費の増加は必要だし否定はしないが、日本の将来を考えるなら安心して結婚して子育てできることと真面目に働いてさういれば老後に経済的な不幸に陥ることのない社会を築くことを優先すべきではないだろうか。

 

守るに値しない国に多額の防衛費を使うのは無駄である。

日本の行政は変な規制が多く個人が新しいことを試みるばあいの障害となっているが、その原因は行政の過保護にある。

 

何か事件が発生するとマスコミ等がすぐに行政の責任を問う為、そうされないように、またはそれを口実に権限を増やす為に、過剰なまでの規制をかける傾向がある。

 

また、タクシー料金規制のように、本来は企業の自己責任である経営状態が悪化しないように、参入規制で過当競争を防止し、最低価格規制で利益を保証するようなこともしている。また、国民が騙されないようにと、ATMでの振込み限度をもうけ利便性を妨げている。過保護な親のようである。



 

そのほかにも様々な分野で、自己責任に任せれば簡素化されるのに、過保護と利権確保の為に制度が複雑化し行政コストを増加している。

 

標準的な能力を持つ国民が標準的な注意を払えば間違わずにできることは国民の自主性に任されるべきであり、それで騙されたり損を蒙ってもそれは国民の自己責任と割り切るべきである。標準より能力が劣る者にはそれをサポートできる体制を整備するのが国の役目であり、能力の低い者の水準に社会の制度を合わせるべきではない。

維新の強い求めで、連立政権合意に盛り込まれたが、実際のところ議員定数の削減は予算削減という面では何の意味もない。議員の経費に一人1億円かかったとしても100人削減しても100億円にすぎず、日本の予算からすれば微々たるもので予算削減の効果はない。

 

要するに、国会議員は高い報酬をもらっているのに何をしてるかわからないという庶民の不満に迎合する為のパフォーマンスにすぎない。

 

国際的に見て、日本の議員定数は多いとは言えず、やみくもな削減は国政に民意を届けるパイプを細らせるだけである。特に比例に限定した削減は少数の意見反映の場を少なくするものである。

 

議員定数削減よりは議員の仕事を増やし、各種委員会を通じて議員が直接行政を調査し牽制できるようにすべきである。政策決定前に検討するために開催される専門家会議も官庁主導ではなく、議員主導の専門家会議とし、議員の政策への影響力を強化すべきである。

 

政府のインテリジェンス(情報収集・分析)能力を強化する「国家情報会議」設置法案は23日の衆院本会議で採決され、与党や中道改革連合、国民民主党などの賛成多数で可決された。野党が賛成したことで、与党が過半数に満たない参院でも可決され、今国会で成立する見通しだ。

 

しかし、国家情報局が機能するか否かは疑問である。国家情報局は、日本の情報収集・分析機能の強化を目指し、内閣情報調査室を格上げして2026年7月設置を目指す政府組織である。

 

日本の諜報機関は、主に内閣情報調査室(内調)、防衛省情報本部、警察庁警備局(公安警察)、公安調査庁などに分担・分散されている。米CIAのような単一の対外工作機関は存在せず、今回設立される国家情報局も外務・防衛・公安調査庁の情報を集約し、首相の政策判断を支える司令塔として機能することを目指している。

 

しかし、日本の官僚組織の特徴はたこつぼ型のセクト主義であり、情報を共有するよりは抱え込む傾向がある。

 

新しくてできた官僚組織については過去においてもどの省庁が人事権を握るかの勢力争いが行われてきた。国家情報局においても既に警察が主導権を握る動きをしており、各組織の情報をうまく集約し総合的な活動ができるかは疑問である。

 

他の諜報組織を解散し国家情報局に一本化するような思い切った改革をしない限り、諜報機関としての役割はあまり期待できそうもない。

高市総理は選挙公約で食料品の消費税ゼロを掲げたが、なかなか進まない。その中でシステム上の問題で消費税ゼロは設定できないという話がでている。

 

あるシステム会社によると「『消費税0%』は今まで存在していない。そもそもプログラミングされていない」ということで、「消費税ゼロ」をシステムに入れる必要があり、それには1年程度の時間を要すると主張している。

 

どこの会社が知らないが、こんな会社にシステム開発を依頼するのは愚の骨頂である。プログラミング能力も劣悪だが、そもそもシステム設計能力の低さが致命的である。

 

常識的な手法では商品マスターの中に分類を設け、分類マスターの中に消費税率をセットするのが最も柔軟性ある方法である。

 

プログラムは分類マスターに登録された税率に基づき計算するロジックでよく、マスターの税率を変更するだけで消費税の変動に対応できる。

 

そもそも消費税率ゼロを想定していないというだけで、そのソフト開発会社の無能さがわかる。世界を見れば食料品ゼロの国も多く、日本においてもそれは簡単に想定できたはず。その程度の先見の明もない企業にはソフト開発を事業とする資格は無い。

 

実に無能である。政府は企業名を公表すべきである。

 

景気が悪くなると現金や商品券を配る政策は良くとられてきた。デフレの時は消費拡大の為、インフレになれは物価高対策として人気取りもかねて良く利用されてきた。

 

ところで現金を配るのと商品券を配るのではどちらが消費拡大の為の景気対策として有効なのだろうか。かねがねわざわざ商品券を郵送するより現金を振り込んだ方が手間もかからずコストが安いから現金にすべきと考えていたのだが、今回初めて妻ではなく自分で消費することになって、ひょっとしたら商品券の方が消費拡大につながるのでは思い至った。

 

1000円単位の商品券を受け取りおつりがでないとなると、どうしても1000円単位以上になるように余計な物を追加してしまう。

 

買い物になれた主婦の方ならそうでもないのかもしれないが、買い物初心者としてはどうしてもそうなる。もし多くの消費者が私と同じような行動をとるとしたら、多少コストはかかっても現金を配るより商品券を配った方が景気浮揚効果は大きいかもしれない。

各地の首長選挙で、自民党の推薦候補が敗れるケースが相次いでいる。高い内閣支持率を維持するなかでの連敗。1年後に迫る統一地方選挙を前に、党内からは不安の声も上がる。

 

衆議院選挙での自民党大勝は自民党支持者の期待をも上回るものであった。まして自民党支持ではないが高市人気によって自民党に投票した無党派層にとっては自民党を勝たせすぎたという気持ちが芽生えている。

 

通常でも次の選挙でこの反省が投票行動に現れる。次の選挙は地方であり国政とは距離があるが、それでも自民党を忌避する動きは避けられない。次の地方選挙では自民党推薦候補の苦戦は必至である。

 

これを避けるには高市政権になってよかったということをはっきりと国民、特に消費者としての一般国民に示す必要がある。

 

最も良い方法は食料品の消費税減税を早期に実現することである。多くの国民にとって与党も野党も選挙前には消費税減税を唱えていたのに、わけのわからない国民会議とやらで長々と議論を続けていることは無駄としか思えないし。自民党は本気で消費税を減税するつもりはないのではとか勘繰られても仕方がない。

 

このこともまた、つぎの地方選で自民党の足を大きく引っ張るだろう。

ライドシェア大手の米ウーバーテクノロジーズが自動運転タクシー(ロボタクシー)分野で提携先を広げている。自動運転技術の開発部門を手放した歴史を持つ同社が再強化を急ぐ背景にあるのが、人工知能(AI)の急速な発達だ。ライドシェアはAIが競争の構図を塗り替える産業のひとつとなりつつある。

 

一方日本てではタクシー業界保護の為に様々な規制がもうけられ、ライドシェアーや自動運転などは世界と比べて大きく遅れている。

 

AIを活用した各種技術は日本が定めている様々な規制に抵触するものばかりであり、自民党政府が従来通り既得権企業との癒着で既存産業を守り新しい産業の発展を妨害し続ける限り、日本はあらゆる面で世界から遅れをとることは免れ得ない。

 

AI利用を筆頭とするあらゆる先進分野で日本が世界に伍すためには、既存の業界との癒着をもない政党が政権を握る必要がある。

 

既得権企業や団体と密接に結び付いた自民党政権を倒さない限り、日本の繁栄は期待できない。

かって日本は、学校を卒業したら大部分は正社員として雇用され、最初に入社した企業で真面目に働いていれば、日本経済の発展と年功序列に守られ、定年まで生活の心配をすることはなかった。また、定年後は退職金と年金で十分に生活することができた。

 

定期預金の金利も5%前後と高い時代が長く続いていたが、当時は2000万円定期預金があれば、何もしなくても100万円の利息が入り、いまよりはるかに高水準の年金と併せれば、定年退職後無職でも十分に生活できた。

 

それが、高度成長後バブル崩壊までの平均的な人生のパターンであり、そこで要求されたのは与えられた職場で真面目に働くことであった。

 

しかし、バブル崩壊後長く続いた自民党の失政の結果日本社会は大きく変質してしまった。学校を無事卒業しても、気の利いた者でないと就職戦争を勝ち抜けず、安定した企業の正社員の椅子を得るのはごくめぐまれた一部の者だけとなった。

 

無事に定年まで勤めても、退職金の額は減少傾向にあり、現在の低金利下では退職金の利息は微々たるものでありとても生活の足しにはならない。また、年金も年々減額され支給時期も先送りされており、それで生涯安心というには程遠い。

 

特に正社員になることに失敗し非正規労働者としての道を選択せざるをえなかった者にとっては老後はとても厳しい。非正規では多額の貯金を準備することは難しいし、退職金はなく年金も生活を支えるほどの額ではない。さらに年をとると非正規の職も得るのが難しい。

 

政府は高齢者が体が動ける限り働き続けることを老後生活の標準パターンとして想定しているようだが、高齢者に対する就職紹介のシステムはほとんど機能していない。高齢者が収入面でも生きがいの面でも満足できる仕事を得られる可能性はほとんど無い。