登場人物紹介 ハン | 北斗の拳好きすぎるブログ

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北斗の拳を心から敬愛するブログ。

たまに他のアニメも語っちゃいます。

 
 
 

羅将 ハン

 
 
 
 

 流派:北斗琉拳

 
 
 
修羅の国を統べる羅将の一人、ハン。
疾風の如く迅速な拳を得意とし、いまだかつて誰も拳の影すら見たものはいないとされている。
 
野心なき者は容赦なく殺すが、カイゼルのように闘いを挑む者は認めており、命まではとらなかった。
ゆえに、自身の命を狙う者をあえて傍らに置き、命のやり取りを愉しむ。
戦いを嗜好としている為、北斗琉拳を使うも魔界には入っていない。
 
葬った修羅の数は計り知れないが、ハン曰く「100人から先は覚えていない」とのこと。
 
 
 
 
 
ボロを装ったシャチがリンを献上したいと訪れるが、その正体に気付き疾風の拳を浴びせる。
その直後、リンを追い現れたケンシロウと闘うことに。
互いに見えない拳を繰り出し、奥義を放つ激闘となるが、ケンシロウによって視神経を封じられ敗北。
この闘いの最中、ラオウに抱かれてこの国を出た赤子がケンシロウだったことに気付き、決着後、その事実を語る。
 
そして死ぬ間際、「おまえではヒョウは倒せぬ」と言い残し絶命。
その遺体は、第二の羅将・ヒョウにより丁重に弔われた。
 
 
 
 
 
 
 
ややこしい過去がないキャラはありがたい。
 
だがしかし、ハンについて語りたいことは沢山ある。
 
 

ダンディの極み

 
 

ケンシロウが修羅の国に入り、ようやくそのトップに君臨する羅将の一人が登場。流派は「北斗琉拳」

その初登場シーンは、髭剃り。
 
渋い。
 
理容室というか、バーバーというか、渋いわ。
しかも、野心ない者は認めないハンの傍で、野心を抱きながら髭を剃り、喉元に刃物を当てようものなら秒で殺されるかも知れないスリルと恐怖。
殺るのか、殺らないのか、隙あらば殺ってやろうという気持ちでいなければいけない。毎日。
羅将の中で、ハンの部下が一番神経使うだろうなと思った。むずい。
おじさんってむずい。
 
そう言えばカイゼル辺りから気付いていたけど、修羅の国の強い人っておじさんが多い。
まぁ掟上そうなるし、政治国家というのは、どの世界でもおじさんがふんぞり返っているものだ。
 
 
ただ、このおじさんは他のおじさんとは違う。
カイゼルおじさんもReviveでなかなかのイケおじだと気づいたが、ハンおじさんはイケてる度合いが違う、格が違う。
 
もうめちゃくちゃダンディ。
 
ダンディという言葉の意味を詳しく知らなかったので、調べたところ
 
 
 
 
 
とにかく、ハンはダンディで間違いない。
北斗界一ダンディである。
 
 
どの辺がダンディかと言うと、登場シーンからもうダンディなのだ。
身だしなみを整えつつ、殺意を煽り余裕をかますダンディさ。オシャレな髭へのこだわり、ダンディだ。
 
毒入りワインに関してもそうだ。気付かなければ「敗北」、気付けば「勝利」という愉しみ方がダンディ。顔色ひとつ変えない、お咎めなしというダンディ。アニメでは飲み干したからね、毒ワイン。破天荒である、体内もダンディなのだろうか。
 
センスが必要となるゲーム、チェスを好む辺りもオシャレでダンディ。しかも、ハンのみならずケンシロウまでオシャレダンディに登場させてしまうというダンディ。ハンの居城に入ったが最後、ダンディという名の領域展開にのまれるのだ。
 
 
 
 
そして、彼の最も魅力的としているものが、「言葉選び」である。
 
「百人から先は覚えていない」
「もう葬っている」
「嬉しくて肌が粟立つわ」
 
ワードがダンディ。
ダンディすぎて肌が粟立つわ。
 
もはやダンディがなんなのかわからなくなってきた。
 
 
 

ケンシロウVSハン

 
 
ダンディばかり書いたが、ハンは、対ケンシロウにおいて大変素晴らしい名勝負を繰り広げた一人でもあるのだ。
 
 
北斗神拳対北斗琉拳。同じ北斗を名乗る流派であり、秘孔、破孔と名は違えど、内部からの破壊という点でその原理は同じ。
北斗神拳の究極が愛であるのに対し、北斗琉拳は悪。だが、あえて魔界に入らず、北斗琉拳を極めたハンとの闘いは、純粋な拳の勝負となった。
 
 
この時のケンシロウは、あの世紀末覇者ラオウを倒した男。何処の国であろうが、未知の拳であろうが、圧勝とまではいかなくても「ケンシロウ強いなー」という闘いを見せてくれると思っていた。
 
ところが、ケンシロウは第三の羅将相手に凄絶な大激闘を繰り広げる。
まあ長い、とにかく長い。凄まじき長期戦。アニメでは、キルザファイが終わってもまだ続いいたくらい長いのだ。
 
 
何故こんなに長期戦となったのだろうか。
答えは簡単。
 
ケンシロウの怒りゲージが全くたまっていないからである。
 
北斗神拳の真髄は怒り。
 
意図して本気を出せないケンシロウの、真の強さを引き出すのは安易ではない。過去、シュウやリュウガも苦労した。
現時点で何も悪いことをしていないハンが、「闘おうぜ!」と誘ったところで、リンを取り戻す為に受けただけで本気が出せない。
ハンもまた、ケンシロウに対して何もない。ただケンシロウが強い男だから、リンを理由にして闘いを挑んだだけである。
 
長引いた理由はこれだが、だからこそ面白いのだと私は思う。
 
悲しみも怒りもない闘い。まるで天下一武道会のような、見てる側も楽しめる闘い。
見えない拳を撃ち合い、互いに奥義を放ち、一瞬の油断や隙が命取りとなる緊張感。敗北が「死」でなければ、お金を払ってでも見たいと思う。
 
 
ここで天将奔烈をぶっ放つケンシロウのセンスの良さ。エンターテイナーである。
 
 
そしてこれをきっかけに、ケンシロウの生い立ちがハンによって明かされた。
ここから怒涛の矛盾ラッシュが始まるのだが、それがまた私は面白くてたまらない。
 
 
 
 
 
ハンの実力が気になる。というか、もし魔界に入っていたらどうなっていたのだろうか。
ケンシロウの怒りゲージがほぼゼロとは言え、あれ程の激闘を繰り広げ、天将奔烈を喰らっても尚闘い続けた男。もし魔闘気を纏っていたなら、ケンシロウは重傷を負っていたのかも知れない。
 
しかし、あえて魔界に入らないというハンの闘いへの拘りこそが、ハンの生き様。最期を見てもわかるように、彼は悪人ではない。純粋に闘いが好きなオジサンである。リンを返さないと言っておきながらリンを放置し、ケンシロウと夢中で闘い、負けを認める潔さ。更には、この先に待つケンシロウの悲劇(実の兄との闘い)を懸念し、「帰れ」と忠告する優しさ。
 
そういう所もやはり、ダンディ。
 
修羅の国第三の羅将ハンとは、ダンディに生まれ、ダンディに生き、ダンディに果てるという究極のダンディおじさんなのだ。
 
 
 
 
 
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