血のあとに瘡蓋ができるようにどの位痛いのかわかっているものには痛みがだんだん鈍くなっていって

さもすると
あらたに痛みに直面したひとに対して自分の感じ方と同じくらいの捉え方をしてしまいがちだ
過去に自分だって痛かったはずなのに

同じ気持ちを通過しているからこそわかってあげられる
とおもう

あたしは
はい、やってください
てなっても自分で消化して
あぁ。ってならないと
すぐにはやれないほう、なんだけど

でも自分は自分ってできないひとを酷く見下すようなひと
本当に多い

あたしはそういうの
理解できない、んだけども
社会てきに表面にだすわけにはいかない

そういったひとや事柄を批判できるような立場ではない

そういった話に加わらない
自分はやらないって
ことしかできない

子供みたいにいじめないから
いじめられたりしないのが幸い
どこまでもいつまでも
おなじようなことが
あるものだ
こういうときには
女に生をうけたことにいやな気持ちがしてしまう