父の四十九日が終わり、関西のお寺へ納骨の日が来ました。父と最後の旅路は羽田から伊丹へのフライト。
命日も四十九日も納骨のこの日もどれもピーカン快晴。親父って晴れ男だったのかな?(今さら…)
CAさんが父を私の隣りの席に乗せ、シートベルトを締めてくれました。
D滑走路から望む富士山。
離陸直後の「うみほたる」。
横浜のバックに富士山。そして北アルプスの遠望。この日の空気は澄み渡っています。
江の島です。
宝永火口を正面に見ます。
正面にうっすらと八ヶ岳、左に南アルプス。
手前に蛇行する大井川と源流の南アルプス。後方には、中央アルプス、御嶽山、北アルプス連峰。
この季節、残雪が遠くの山のわかりやすい目印になります。
中央アルプス(右手前)、御嶽山(左奥)、北アルプス(右奥)のアップ。
中部国際空港はひと目でわかる伊勢湾のランドマークです。左奥には残雪の鈴鹿山系。
伊勢湾と北アルプスが同じカットに入る高度7500mの不思議です。
青山高原の風力発電群。三重県に入ると伊丹に向けて降下を始めます。
生駒山を超えると大阪平野。
花園ラグビー場と東大阪。
淀川を越えると数分で伊丹空港です。
新大阪上空。
伊丹空港に到着!
父の最後のフライトは終わりました。
そして母も眠るお寺へ納骨。
1968年、父に連れられた私の生まれて初めての飛行体験。このときも羽田-伊丹でした。
着いたばかりの伊丹空港でJA8308の機体番号がたまたま写っているこのJALのB727は、その後どんな運命をたどったのか…? 試しにネットで「JA8308」を検索すると、すごいですね、一発で出てきました!
以下はこの B727-100型 製造番号 18875/202の経歴です。
1965年11月-1972年7月 日本航空JA8308
1972年7月-1980年3月 大韓航空HL7307
1980年3月-1980年5月 アビアンカ航空HK2421
1980年5月-1993年8月 サム・コロンビアHK2421X
最後は、「破損大破」との記録。それ以上はわかりません。いったい何があったのでしょう?
今回、父と最後に飛んだ空。今まででいちばん遠くまで見える空気のきれいなフライトでした。(おわり)