今回も多分に思いつきの旅打ち。3月26日名古屋競馬場で東西対抗ジョッキー名人戦なるイベントが開催されるとの話。40歳以上2,000勝以上の騎手達の競演、東軍の代表に横山典ちゃんが選ばれていると知ってはもう行かずにはいられない。月初からスケジュールを調整しなんとか日帰りなら行けるシフトが組めたので、いざチケット探し。

旅打ちのマイルールとして1泊2日なら宿泊付きで3万円以下、日帰りなら2万円以下のチケットを探すようにしている。以前も触れたが航空券なら宿泊付きのツアーで格安チケットが見つけにやすいが、新幹線とりわけ東海道新幹線は格安チケットが見つけにくい。結局今回もこれというツアーは見つけられず、行きは「ぷらっとこだま」、帰りは新幹線回数のバラを金券ショップで買うことにした。

「ぷらっとこだま」はJR東海ツアーズが発売してるチケットで文字通りこだま専用の格安チケット。通常(のぞみ普通指定席利用)東京→名古屋10,980円のところが7,900円で行ける。ただしあくまでこだま利用の為、のぞみなら1時間40分のところ2時間50分の所要時間になる。とはいえ昼に現地入りするつもりなので9時頃出発して3時間弱電車に揺られるのはそれほど苦にならないはず。帰りは競馬の後に夕食を兼ねて現地の友人と会う予定もありこだまだと終電が早まり過ぎるため、のぞみで使える新幹線回数を金券ショップで購入。探せば10,000円を切るくらいの価格で買えるようだが今回自分は近場の店で10,280円で購入した。


準備は整った。出発当日の3月26日、前日も終電帰りで数日来激務でとにかく眠い。しかし「ぷらっとこだま」は制約の多い切符。いわゆる裏が白い切符で有人改札を通る必要がある。また東京駅までSuicaのようなICカードを利用した場合一度出場して再入場する必要がある。さらにこの切符は途中下車や乗り遅れは一切不可というもので、眠気を抱えながらも緊張感を持って東京駅へ。
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名古屋の友人へのお土産(東京バナナ)を調達した後、ホーム上の売店にて「ぷらっとこだま」の特典としてついてきたワンドリンクサービス券をビールと引換え、ついでにおつまみを購入して、9:26発名古屋行きに乗車。

実は「ぷらっとこだま」申込みの際普通席が満席で+1,000円(8,900円)でグリーン車に振り替えていたのだが、新幹線のグリーン車は人生初、こだまは20年以上ぶりとなかなか新鮮な往路となった。

グリーン車は席幅が前後左右広く何より一人に一つ電源コンセントが用意されているのが嬉しい。覚悟はしていたがこだまはよく抜かれる。始めに小田原で1台に抜かれたのはかわいいもので、三島や新富士では2台ずつ抜かれその後も停車する度にのぞみやひかりに抜かれたw w w 所要時間の3時間弱は予想通り苦にならなかったがこのやたら抜かれる感覚はなんとももやつく感じだ。



気分転換にブランチ変わりに午前中からさっそく一杯。新幹線内で食べるならこれしかないと選んだ崎陽軒のシウマイだが、これは大正解。さすがは老舗シンプルに美味しい。こだまは車内販売がなかったので食べ物・飲み物を事前に買っておいたのは正解だった。車内で暇をもて余すだろうと南関東の専門紙も前日買っておいて広域場外分として掲載されているであろう名古屋競馬の予想をしておくつもりだったが、馬柱が乗っていたのは2レースのみで30分かからず終わってしまい後はひたすら到着を待つのみ。

定刻通り12:15名古屋着新幹線この日の名古屋は雨雨名古屋は降車するのは初だが想像以上に大きな駅。新大阪や京都にも勝るとも劣らない立派な駅でお土産売り場も充実しており駅直結のデパートもある。帰りの土産物はここで抑えられそうだ。駅構内のドラッグストアで傘を調達し、いざあおなみ線へ電車


あおなみ線はまだ歴史の浅そうな第三セクター路線。ホームに着くと名古屋は始発駅のはずなのに通過列車が来るとのアナウンス。呆気に取られているとJRの貨物列車が通過していったwww なぜ私鉄の線路をJR貨物が?後から知ったが貨物路線を旅客路線に改修しそこを
第三セクター路線と元の貨物が共存しているとのこと。鉄道ファンの心を鷲掴みしそうな路線だが自分はあくまで競馬ファン、黙々と名古屋競馬場前駅を目指す。

駅のホームから黙視はできないが駅名になっているくらいだから迷うことはないだろう。

400mが遠いか近いか解らんが案内は分かりやすく、ほどなくしてそれらしき施設が見えてきたひらめき電球

外観は駐車場の感じといい、同じく最寄り駅に名が付されてる船橋競馬場に似ており、考えてみると駅から競馬場までの距離も似たような感じ。正門の前にローソンコンビニがありATMで軍資金をおろすにも当たり馬券を記念にコピーするのも困ることはなさそうだ。

あいにくの天気ではあるが期待に胸を膨らませ、いざ突入!!



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有馬記念、言わずと知れた日本を代表する大レース。とはいえ開催時期、コース形態など紛れも起こるレース。近年こそ少ないが実際波乱の決着になった歴史も1度や2度じゃない。だからこそ関係者もファンも期待を持って夢をかける。
とはいえ賞金・格とも大レースであることに代わりない。タイトルを取ればその後の待遇は当然変わるだろう。夢を見る価値は十二分だ。

自分が今年夢を託したのはデスペラード。能力だけを考えたら時の王者を負かすのは困難だ。しかし展開の紛れ、勝負のあや、様々な要因が重なれば一発大逆転を狙える舞台と思えた。

それでも大逆転は文字通りの大仕事、容易いことではない。

まずは枠、有馬記念の中山2500mの外枠は一般的に不利。能力上位の差し馬ならまだしも、逆転を狙う先行馬には致命傷になる。→幸い赤い帽子を取れた。

次にスタート。元は追い込み馬で出遅れ癖も多少あるが前走はスムーズに前で競馬をして勝っていた。まして今回のメンバー、有力馬より後ろで競馬をしては勝ち目がない。→見事なスタートから先団の後ろ、有力馬の前に位置取れた。

次はコース取り。外を回っては勝てない。好スタートは切ったが最初の直線は内から2~3頭目といったコース取り。3~4コーナーでアドバンテージを得るには最内が欲しい。→見事向こう正面で上手く立ち回り3コーナーまでにらち沿いを手にいれた。

ここまで万全。あとは最後の脚がどこまで通じるか、コーナーワークで得たアドバンテージがどこまで効くか。

結果は4コーナーの出口から前が詰まり捌き切れず後退、大勢決した後に伸びて7着。


まぁこんなものか。大穴、逆転とはそうそう簡単に起こるものではない。

しかし悔しい。一つ一つポイントをクリアしていきながら最後の最後に壁にぶつかりそれまでの苦労や成功が泡となる。就職や転職、恋愛や結婚にも通じることだ。

自分自身の就職活動、もう10年も前の話だが、情報収集不足の怠慢から活動開始が遅れ、のっけからハンデを背負った状態でのスタート。まさに穴馬が逆転を狙わなければならないシチュエーション。

それでもそこから苦心し、書類選考→筆記試験→面接→グループディスカッションと苦手な項目も乗り越え最終面接までたどり着いたものの、、、 複数の最終面接がバッティングしてしまったり教育実習と重なってしまったり調整しきれず上位志望の企業が流れてしまった。その後改めて受け直した企業で好戦したが、その時点で大手の募集は終わっていた。

転職活動でもそう。転職歴の多さというハンデを逆転しようと試みるも最後のところでダメになることが多い。恋愛もそう、いろいろ障害を乗り越えて繋がる直前まで来て最後の一押しができない。


今回のデスペラードもインを狙う作戦を選択した時点で最後に詰まるリスクはあった。一か八かにかけて悪い方に出ただけ。鞍上もサバサバしていた。

最初に抱えたハンデを挽回するためにそこまで工夫と努力を重ねるが、そこまでに重ねた無理が最後に吹き出して抑えきれなくなるということなのかもしれない。

できることなら、人気馬のように正攻法で大きなミスをしなければそれなりの結果が得られるという人生を送ってみたかったものだ。

しかしないものねだりをしても仕方ない。穴馬は穴馬らしくいつか金星を挙げられるよう、常に一発逆転を狙いそれを実現する為の人生の技術を磨くだけだ。
例えば自分がジョッキーでカワカミプリンセス、サンテミリオン、オウケンブルースリあたりから騎乗依頼が来たとしたら普通に喜ぶだろう。

しかしそれが蓋を開けたら、ピークの過ぎた時期や大きく調子を崩した状態だったとしたら。

上記3頭はいずれもGⅠ馬、クラシックで堂々主役を張った。とはいえ晩年は陰りを見せ苦戦を強いられた馬達でもある。結果を知っている今なら早熟だった、怪我をしたあるいはリズムを崩した後に元の状態に戻らなかったという評価に落ち着いている。

しかし当時は休養(≒陰りが見え始める転機)前後で乗り替わりがあり、たぶんに新任のジョッキーがバッシング対象になったりもしていた。


さて自分自身の話、年明けに転職し半年周期で異動し2つの部署を経験したが、どちらも人員が揃わない反面ハイセールスなエリアで激務を強いられながら何とか勤めあげた。それが認められたのか今月より昇格とともに落ち着いた部署(セールスがそこそこで人員が整っている)に異動になった。

上司からは「今まで休んでないから振り替え休日を取って少しはゆっくりしながら勤めて欲しい」と言われ、同僚からも「やっと落ち着いた職場に配属になったね」といわれるなど軒並み楽観的なコメントをもらい自分自身も安心していた。

しかし蓋を開けたら前述の乗り替わりのごとし。いい時期の終わった(終わりかけた)状態。年内もしくは今年度一杯で異動・退職予定者が1/3でその後継スタッフは育っておらず、前任者がとにかく優しい人物だったせいかメリハリのない雰囲気。


改めて例えると夏の北海道でがむしゃらに修行し多少なりとも実績を残し、やっと秋のGⅠ戦線で有力馬に乗るチャンスをもらったものの、ピークの過ぎた実績馬。しかし関係者やファンはその実情を知らない。案の定惨敗を喫して責任問われる。翌年の春はまたローカル回りからやり直しだろう。

この1年の評価が泡となり、向こう半年の苦労が確約された感じだ(涙) 今の会社は半年から1年平均で異動があるため、下手をしたら立て直しがかなった頃に乗り替わりなんてことまであるかもしれない………