イベントは、好きじゃない----。
『白い秋』6
それでも、子どもたちと暮らしていた頃は、それなりに楽しんでいたと思う。
春にはヒョクチェの誕生日を祝って、秋にはドンへの誕生日を祝って、冬には----、
「ハッピーバースデー、マイスイート」
----あぁ、そうか…
僕はどうやら、自分のイベントが苦手らしい----。
「…ありがとうございます」
そう言って受け取った花は、寝室とキッチンと玄関にわかれて、いまも僕を楽しませてくれている。
----やっぱりいいな…
普通に起きて、普通に朝食を食べて、普通に仕事に行く----、誕生日にシウォンにもらった花たちに、見送られて。
----やっぱり…
普通の日常が----、一番いい----。
だから----、
「週末、結婚式に行かない?」
彩りが弱々しくなった黄色のガーベラを、もう1日だけ飾ろうか迷っていた僕に彼が言ったとき、僕は気の無い様子に見えたと思う。
実際----、気乗りはしなかった。
「日本でなんだけど」
僕の気乗りしない雰囲気は確実に彼に伝わっているはずなのに、彼は何事もないように言葉を継ぐ。
「…いいね、子どもたちにも会いたいし」
…しょうがない。
日本の結婚式なら、正式に招待されたものなのだろう。
----箱根の近くならいいな…
ガーベラをフラワーベースに差し戻しながら、ひとつ、溜息に聞こえないように息を吐いて----、週末の温泉旅行に気持ちを切り替えることにした。
シウォンが余り詳細を言わないので----、自分は式に帯同しないのだと勝手に解釈して、二泊三日程度の荷造りを済ませて。
今度の週末はちょうど春節にあたる。
十分に余裕のあるスケジュールに、僕も段々楽しみになってきた。
「旅館じゃないけど、大浴場があるよ」
結婚式のあるホテルに宿泊するらしい。
僕はのんびり、ホテルライフを決め込んで----、
「…ドンへとヒョクチェも呼べばよかったね」
子どもたちも日並びでちょうど三連休だから。
----どうせなら誘えばよかった…
シウォンが式や披露宴に列席している間は----、ひとりで観光も味気ないし。
見晴らしのよい、最上階のスイートで----、本でも読んで、過ごそうか----。
「オプションでマッサージが付いてるよ」
シウォンが言うので----、お風呂上がりに遠慮なく利用する。
「お顔のシェービングと角質取りをさせていただきますねー」
全身をマッサージ----、というか。
オイルのような保湿剤を念入りに塗り込まれて。
---- …オプションのオーダーが間違って伝わってしまったのかな
途中でフェイシャルマッサージもされてしまい----、目を開けたら眉も整えられていて、吹き出しそうになった。
「ありがとうございましたー」
シウォンを招待してくれた方のご厚意のオプションだろうから、文句も言えずにされるがまま施術を終えて----、
「おかえり」
部屋で待っていた彼は、僕の整えられた眉に気付いたはずなのに、素知らぬふりで部屋に運ばれていたシャンパンを華奢なグラスに注いでくれる。
「…髭、やっぱり剃っちゃったんですね」
シャンパングラスを受け取るついでに、久しぶりに彼の素肌の頬に触れる。
シウォンも同じ施術を受けたらしく----、最近粗野にむさ苦しかった髭が綺麗サッパリなくなっていた。
「結婚式だからね」
僕の手を逃さずに、捕まえて----、自分の頰を撫でた指先に、彼が当たり前のように、くちづけた----。
「それじゃ、行こうか」
「…?」
行ってくる----、ではなく。
さも当たり前のように、彼が言った。
「独断と偏見でフロックコートにさせていただきました」
連れて行かれた部屋で、シウォンがおどけたように肩をすくめる。
「…結婚式の控室にみえるんですけど」
「結婚式に行こうって言ったじゃないか」
「…違うでしょ」
確かに----、言っていたけど。
『週末、結婚式に行かない?』って、確かに言われたけど----、“僕たちの”結婚式とは、聞いてないぞ。
「参列者を待たせちゃ悪いよ」
すっかり用意を整えた長身の美丈夫が、映画スターの如くに微笑む。
「…あぁ、もう!」
自棄になって着替え始めた僕を、控えていた女性スタッフが手伝ってくれた----。
「おめでとう」
「おめでとー」
参列者はド派手な赤と黄色のスーツを着ていた。
なにか祝歌でも準備してくれているのだろう。
もう楽しむことに決めて----、隣を歩く彼を無視して、ヒョクチェとドンヘに笑顔を返す。
記念日が----、また増えてしまった。
2月10日は、また毎年イベントをすることになるのだろう。
----イベントは、好きじゃない…
でも----、あなたが好きだから、しょうがない----。
…遅ればせながら ( *´艸`)