胎動は確実なものです。
これが腸の動きなら、腸に異常がありそうなので肛門からカメラを入れなければいけなくなります。
心身共にダメージ大です。
ある意味ラミナリアくらい心身にキツいダメージが、、、やめときましょう。
恥骨の上、へその下あたりでポコポコ、ぐにゅん、1日に数回、いずれも私のリラックス時のみ確認できます。
この先も元気で生きててくれるなら、リラックス時などと言わず空気を全く読まずに内部からDVを受ける事となります。
でもいいんです、受けます、そんな幸せなDVなら。
血圧計が届き、入浴前に測っています。
3日間計ってますが、見覚えのある数値ばかりでまず120なんて超えません。
この血圧計が低く出るのでは…?と思い夫に測らせてみたら130を叩きだして夫があたふたしてました。
どうやらおかしな数値が出るような粗悪品ではないようで安心。
体重と合わせて管理してゆきます。
それでも病院でおかしな数値が出たら、白衣高血圧症と思って怖がるのはやめようと思います。
毎日、性別について考えます。
胎動を確信してからは、生きているか死んでいるかを気にしなくてよくなり、心に余裕ができたのかもしれません。
やっぱり、なんだろう。
女の子、だったら嬉しい、凄く嬉しい、幸せだなぁって思います。
でも。
女の子だとしたら、あともう一人産まないと『私の夢』が叶わなくなります。
そう考えると、何が一体正解なのかと思ってしまいます。
かといって。
男の子、だったら…『私の夢』だけ、叶う。
でも。
男の子だとしたら、もう一人は産み分けして女の子を産まないと、『夫の夢』が叶いません。
あと、うるさい外野も数年間は騒ぐでしょうか。
貧乏だから、子供は2人と思っていたけれど、そのプラン自体が無理だったのかもと思いました。
でも、子供たちに貧乏を強いてまで3人産む必要があるのか。
そもそも2人目を授かるまで2年以上かかったのに、3人目なんて授かれるのか。
これ以上の流産死産はこりごりです、耐えられそうにありません。
もし女の子だったら、私が夢を諦めればすべて丸く収まります。
この気持ち。
例えるなら、一生に一度の結婚披露宴で着るドレス。
予算内に収めるためにパック料金の範囲で借りられるドレスで我慢するか。
それとも数十万を上乗せして自分が本当に着たいと思ったドレスを着るか。
女ならわかると思いますが、ここを我慢すると一生引きずりますよね。
『あの時私はお金をケチって一生に一度の披露宴に好きじゃないドレスを着た』って。
これなら家族にちょっと借りてでも好きなドレスを着ればよかった。
でももう2度とこの披露宴はやり直せない、『取り返しのつかない後悔と失敗』になります。
3人目を産まない事は私にとって『取り返しのつかない後悔と失敗』になるような気がします。
…まずは2人目ちゃんと産めよって話ですが。
あぁ、本当にいつきが生きて存在してれば良かったのにって毎日思います。
チュン太がいて、いつきがいて、お腹の女児らしき胎児が同時に存在してればいいのに。
上手くいかないな、本当に。
でも、お腹の子はいつきが命懸けで導いてくれた命だと思って頑張って産みます。
お腹の子に何かあったら、私が死んだときいつきに滅茶苦茶謝らなければいけなくなりますから。
男でも女でも構わないから、強い胎児であってほしい。
健康に生まれてくれ、もう間違っても死なないでくれ。
結局願うのは、それだけです。