2016年の初期流産より、定期的かつ排卵日を狙った性交渉(排卵検査薬を使用)をするも、1年7か月授かる事はありませんでした。

一度だけ、化学的流産を見るも、待てど暮らせど音沙汰なく、いよいよ身も心も折れそうな、そんな時。

よりにもよって、周囲の友達や職場の子持ちの同僚に「二人目不妊かもしれない、年内に妊娠できなかったら検査に行く」と愚痴った矢先。

2018年8月、妊娠検査薬で陽性を確認、9月、心拍を確認。

出血はあるものの、子宮頚管ポリープの大サイズが2個もぶら下がっていて、出血の原因はコレで、心配ないと言われた。

但し、ポリープの出血=傷なので、出血が頻繁だと感染症を起こす恐れがあると説明された。

ただ、妊娠初期にポリープを切除する事はしない方がいいと言われた。

感染のリスクより、切除による出血や傷により流産するリスクの方が高いという理由だった。(勿論納得していた)

 

その後2週間ごとの検診に行くも、赤ちゃんは元気でパンチにキックにダッシュといった様子。

ポリープも時折出血はするが落ち着いていると言われ、子宮頚管も十分な長さがあり、つまり『順調』でした。

 

不安を感じながら、恐怖の8wを越え、13wの壁も乗り越え、14wのある日。

私は盛大に胃炎をやらかした。

わき腹と背中の違和感を訴え、仕事を早退した。

帰宅直後からそれは激しい胃痛と嘔吐となり、私はのた打ち回りながら14時間嘔吐をし続けた。

 

この胃炎は初めてではない。

散々痛みに苦しみ吐き続けたあと、ふと治まり疲労で眠る。

その後は約1日2日で回復し、3日後には食生活も日常生活も元に戻る。

原因は、胃カメラを飲んでも血液検査をしても不明なので、恐らく細菌によるものかストレスだろうと医者に言われていた。

 

今回も、それが妊娠中の出来事だったというだけで同じもの、と思われた。

 

胃炎の症状も治まった翌日、なぜか腹部全体が筋肉痛?もしくは風邪をひいたときの関節痛のような痛みに襲われた。

腹部の全てが痛むものの、どうやら痛みが一番重いのは下腹部のように感じた。

今まで、胃炎の後にこんな症状に襲われたことはなかった。

怖かったので、消化器の専門クリニックに行って調べてもらった。

尿検査はパス、膀胱や腎臓ではない。

膵臓や胆石を疑っていると言ったら、もしそうなら耐えることなどできないし1日で痛みが引くようなことは有り得ないと言われた。

しかし、ここで引っかかるのは自覚全く無しだったが、成人を過ぎて初めて39度の高熱を出し、血液検査で炎症反応が出ていた事だった。

消化器の医師は、この結果から『胃で悪さをしていた細菌が腸に移動して悪さを働いているのだろう』と結論付けた。

抗生物質と胃薬を処方されたが、「妊婦にも使用可能な薬だけど、妊娠中なので、なるべくは飲まないでほしい」と言われた。

怖かったので、抗生物質を飲むのはやめた。

 

万一、赤ちゃんにも何かないかと産婦人科にも駆け込んだ。

出血などはないかと聞かれたので、嘔吐の際にいきむ(?)とほんの少しだけ出血したと伝えたが、腹圧によるポリープからの出血だろうと言われた。

その後エコーをするも、出血痕もなく子宮頚管も十分、羊水も異常なし、赤ちゃんももぞもぞ動きながら心臓はしっかり動いていた。

切迫流産の気配は全くないが、お守り代わりに張り止めを処方しようか?と言われたが断った。

地獄の痛みから約24時間後、熱も下がり痛みも引いて、仕事にも戻ることができた。

 

15wを迎えた。

あと1週間すれば安定期。

仕事は忙しかったし、趣味のコンサートにも行く予定だったが、安定期目前の15wの自分に不安などなかった。

…しかしなんだろう。

便秘だったせいか、時折、下腹部がガスが溜まったみたいに膨らんでは元に戻るを繰り返しているような感じがした。

張り??とも思ったが、私の知っている張りとは違ったので、特に深く考えずに便秘のせいだと結論付ける。

 

15w1dの夜、やっぱり治まらないガスだまりのようなお腹の違和感。

治まれ治まれと思いながら抱き枕を抱いてシムスの姿勢をとって安静にした。

しかし、深夜、膣に違和感。

トイレに行くと、黒い血交じりのオリモノの塊。

「こんな時にポリープのヤツ…」とペーパーでソコをふき取ると

 

ズルン

 

透明な粘液のようなオリモノの鮮血の筋が混じっている、今まで一度も見た事のない出血を見た。

本能的に、これはやばい、と確信した。

幸い翌日が休みだったので、申し訳ないが義両親に車を出してもらって受診しようと決めた。

 

15w2d、チュン太に朝食を与え、自分も食べようかと思ったが、先に歯磨きと洗顔をしようと思い歯磨き。

そして洗顔、前かがみで顔を流しタオルを取って顔を上げた瞬間だった。

 

パシュン

 

お腹の中で、その音は鳴ったのだと思う。

直後、大量の生温いお湯が太ももを伝って流れてきた。

 

知っている、これは間違いなく破水だった。

知っている、15wで破水したら、間違いなく胎児の命はない。

知っている、15wの流産は、誘発分娩で人工死産だ。

 

泣き叫びながらパニックを起こす私。

「たすけて!!!赤ちゃんが、赤ちゃんが死んじゃう!!」

「どうしよう、赤ちゃんがいなくなっちゃう、嫌だ!!助けて、誰か!!!!」

 

チュン太は食事の手をとめ、私の叫びに答え続けてくれた。

そして、チュン太は私の膝にぎゅっと抱き着き

 

「ママ、大丈夫、大丈夫だよ、よしよし」

 

と、宥めてくれた。

我に返った瞬間だった。

即座に病院へ電話、すぐに誰かと一緒に来るように言われた。

義母に電話、「破水した」の一言ですべて理解した義母は5分もしないで迎えに来てくれた。

イヤイヤ期のチュン太も全く支度を嫌がらずに言う事をきいてくれた。

自宅にあった一番大きなサイズのナプキンをあてるも、どんどん何かが流れてきていてパンパンの様子。

 

病院は全ての椅子が埋まるほど混んでいたが、私は事情が事情なので割と早く呼ばれた。

ほぼ同時に連絡していた実母が到着し、一緒にエコーを見た。

エコーの結果、羊水は、ほぼ無くなっていた。

しかし、子宮に押しつぶされ窮屈そうな赤ちゃんの心臓はまだ動いていた。

「良かった、まだ生きてた。おかん、しっかり見て、赤ちゃんの生きてる最後の姿かもしれない、覚えていて」

私は生きてる姿を見れたことが嬉しくて、笑顔でそう母に言った。

母は泣いていた。

医師は、この週数で破水して羊水がない状態ではまず赤ちゃんを生かす方法はない、と。

破水の原因は大体が感染によるものであるため、一刻も早く赤ちゃんを出さないと母体が危険にさらされる。

今日から入院し、処置、9日に誘発分娩で出します……と矢継ぎ早に言われた。

不思議とそこでパニックにはならなかった。

これでもかというくらい、後期流産の結末や処置を綴ったブログを読み漁って全て知っていたからだった。

何も準備をしていない私は、一旦家に帰れないか打診したが、感染の悪化の懸念と処置の日程が一刻をあらそう事態であることからそれは叶わなかった。

 

つづく