はーい! プラスチック探偵のナオでーす。
今回、ご紹介するのは、これまでお話ししてきたポバール(ポリビニルアルコール、PVA)の妹分 エバール(エチレン-ビニルアルコール共重合体、EVOH)です。
それでは、エバールを使った商品例を見ていただきましょうか。
包装資材にエバールを使用した食品群
クラレHPよりお借りしました。
エバールの特徴は、以下の通りです。
・気体を通しにくい(酸素による酸化を防ぐ)
・透明性が高い
・薬品に触れても変化しにくい
・光沢性に富む など
このように他のプラスチックにない様々な特長をもっているため、食品包装を中心に多くの分野で用いられているのです。
エバールは、1972年、日本のクラレが世界で初めて工業化に成功した独自のポリマーで、正式名称「エチレン-酢酸ビニルランダム共重合体けん化物」または「エチレン-ビニルアルコール共重合体」というプラスチックの一種です。
その構造は、炭化水素(CH2)がつながった鎖に水酸基(OH)がたくさんぶら下がったものです。
エチレン-ビニルアルコール共重合体(EVOH)の合成
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製品はじめて物語 エバール クラレHPより
ポバールの改質が原点
1950年代後半、日本では、高度経済成長の始まりを背景としてスーパーマーケットの普及が急速に進みました。これに伴い、ポリエチレンや塩化ビニル樹脂といったプラスチック素材が脚光を浴びる一方、軽量で長期保存可能な食品包材に対するニーズが高まりつつありました。
こうしたなか、クラレは、1957年、「ポバールの原料である酢酸ビニルからプラスチックへの誘導」という研究テーマに、本格的に着手します。
ポバールの改質によるプラスチック化には、まずその最大の特徴である親水性を低減する必要がありました。
研究開発陣が、あらゆるモノマーを共重合の相手に選んでデータ解析を繰り返したところ、エチレンに限って好結果が得られました。
モノマーの選択によっては、ポリマーの結晶性が崩れ、プラスチックとしては使い物にならなくなりますが、エチレン共重合体のみ全領域で結晶性を持つ珍しいポリマーであることを見出したのです。
エチレン共重合体はクセが強く、値段も高かったことから、この時点ではプラスチックとしての用途が開けるかどうかは不明でした。
しかし研究を続けるうちに、偶然の要素も加わり、やがて大発見へとつながりました。
それが、極めて高度なガスバリアー性です。
ポバールは湿度が上がるとガスバリアー性が低下しますが、エチレンを共重合して親水性を抑制した結果、ポバールでは不可能だった通常の湿度下で高いバリアー性を維持することができたのです。
EVOH(エチレン-ビニルアルコール共重合体)、後に”エバール”と命名される高機能性樹脂が誕生した瞬間でした。
どうしてエバールは気体を通しにくいのか?
クラレHPよりお借りしました。
1964年、クラレは食品包材としてのEVOHの事業化に向けて、大手容器加工メーカーとの共同開発をスタートさせます。そして、研究開発陣の努力の積み重ねにより、クラレがエバールの工業化にたどり着いたのは1972年、基礎研究を開始してから実に15年後のことでした。
2つの"幸運"
大きな可能性を持つ食品包材として市場に送り込まれたエバールは、プラスチックの黎明期という時代性とも相まって大きな注目を集めます。
高度なガスバリアー性に加え、可塑剤や安定剤等の添加物を含まないため安全性が高く、環境にもやさしいことが評価されたのでした。
さらに、当時プラスチックボトルとして普及しつつあった他素材に比べ、より食品用に適しているとされたことも、エバールへの期待に拍車をかけました。
エバールは、ポリエチレンやポリプロピレンなどとの複合によって、かつお削りぶし、味噌など保存食品の包装用フィルムとして、またマヨネーズ、ケチャップ、醤油、ソース、食用油などの食品や薬品の容器として、急速に販路を広げていきました。
さらに、中空糸を用いた人工腎臓の開発に成功するなど、エバールはメディカル用途への道も切り拓きました。
このような成功の背景には、2つの幸運がありました。
一つは、エバールは200~220℃で溶融成形ができたということです。
これはポバールの融点が240℃で熱分解点と近接しているのに比べ、エバールの融点は熱分解に対して60℃ほど低く、安価な加工が可能である点で大きなメリットと言えました。
もう一つの幸運は、共押出しという加工技術の革新です。
従来はユーザーがフィルムをラミネート加工しなければなりませんでしたが、共押出し技術の開発でその手間が省けました。このことが、エバールの需要を大幅に高める結果をもたらしました。
世界に広がるエバール
エバールは、クラレにとって重要な収益源のひとつとして成長する一方で、グローバル化を先導する役割も果たしました。
1982年、米国への本格輸出がスタートしました。エバールの名はすぐに全米に知れわたり、需要が急増しました。
このため、翌1983年には現地生産を前提として、米国に合弁会社エバールカンパニー・オブ・アメリカを設立し、1986年12月、ヒューストンで現地生産を開始します。その際、年間販売量がまだ約1,000tにすぎない時期に、将来の高成長を予測して年産1万tの大規模プラントの建設を決断しました。
この判断が、米国における厖大な食品容器市場に革命を起こすことになります。
また、欧州でも米国と同様の展開を図りました。その結果、日米欧の三極体制が整備されることになり、グローバルな視点に立った市場対応力がより一層強化されました。
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以上、日本で生まれたエバールという高付加価値な機能性ポリマーの開発物語
いかがだったでしょうか?
この時期の日本企業の開発力は世界的にも目を見張るものがあったのでしょうね。
はい! 今回はここまでです。
それじゃあ、またね。