はい! 奈央です。

ここは、ローカル線しか止まらない小さな駅の裏口です。

電車から降りてきたところです。

 

皆さん、コロンブスはもちろんご存知ですよね。

そう! アメリカ大陸を発見したとされてきた人ですよね。

でも最近は、アメリカ大陸に到達した人とだけにされてきているような傾向ですね。

アメリカ大陸の発見については諸説あって、皆が納得する結論はまだ出ていないようですね。

ただ、コロンブス征服者であったことは事実ですけどね。

 

コロンブス lifehacker HPよりお借りしました。

 

まあ、それは横に置いておいて、

 

 1492年8月3日コロンブスはスペイン王国の援助を受けて、旗艦サンタ・マリア号、ニーニャ号、ピンタ号3隻総乗組員数約90人で大西洋をインドを目指してパロス港を出航したのです。

 ただ、この時集められた乗組員の多くはスペイン王の特赦によって集められた死刑囚であり、迷信深い船乗りたちはコロンブスの計画を狂気の沙汰だと思っていたため集まらなかったのです。

 

サンタマリア号 ホビコムHPよりお借りしました。

コロンブスの航路 note 山崎大和@メンタルブロック解除人のブログよりお借りしました。

 

 コロンブス(1451~1506年)は、当時の他の船乗りと同じように、海上で陸地が見えないときは天体と羅針盤にたよって進路をきめたそうです
 彼は、北極星が毎晩ほぽ同じ位置にあることを知っており、これを道しるべに使いました。

 1492年8月3日、金曜日に出帆しましたが、いきなり未知の海に乗りだしたわけではなく、まずカナリア諸島へ向かって進みました。 それは、カナリア海流に乗り、次に北赤道海流にのって西に向かうためです。

 風も同じように、北東貿易風が西向きに吹いてくれるからです。


大西洋の海流 ひと味違う地理問題HPよりお借りしました。

北大西洋の風系 全日本船舶職員協会HPよりお借りしました。


 コロンブスカナリア諸島に三週間、留まった後、9月6日に出帆し、西へ進路をとり、まだだれも乗り入れたことのない広大な大洋に乗り出していったのです。

 三日後、陸地の最後の端が見えなくなると、乗組員たちは気が滅入っていきました。
 荒くれた海の男の多くが、もう二度と家族に会うことはないのではないかと絶望にかられ、涙を流し、なかには大声あげて泣きだした者もいたそうです。
 コロンブスは、手をつくして彼らの苦悩を和らげるために、これから向かうすばらしい国々、金や宝石にみちたインド洋の島々、そしてジパングのことを話して聞かせ、それらの土地や富やさまざまの物を約束したのです。

  要は、征服と掠奪っていうことですけどね。チュー

 


 カナリー諸島を出てから約一週間後に、コロンブス羅針盤の針が予期した方向をさしていないのに気がつきました。
 あくる朝になると、磁針はいつもの方向からさらに外れてきました。そのあとの三日間、正常な方向からのブレは日毎に増していったのです。

 

 この時の羅針盤のズレの状況は次のように記述されています。

 

*  *  *  *  *

 9月13日の日暮れに、彼(コロンブス磁針が北東のほうへ半目盛ずれ夜明けにはさらに半目盛ずれたのを見つけた。
 これから彼は、磁針が北極星の方向を指さず、別のある固定した、目にみえない点へ向いているのを悟った
 彼の知る限りにおいて、こんな変動を以前だれも観察したことがなかった。だから彼がそれにおどろいたのは無理ではなかった。

 それから三日たって、船がさらに百リーグほど進んだところで、彼はそれ以上に吃驚した
 なぜなら、夜には約一目盛ずれていたのに、朝になるとぴったり北極星を指していたからだ。」


 コロンブスそのことを誰にも話しませんでした

 なぜなら、乗組員たちが意気消沈し、いらだっていることを知っていたからです。

 *  *  *  *  *

 

 下の図が、北磁極の移動を現わしています。

 このコロンブスの航海の時、つまり、1492年頃は、おそらく、経度-110℃付近に、北磁極があったのでしょうね。

 

 

 そして、下の図が現在の大西洋の偏角分布を現わしています。

 必ずしも、同じ経度の場所で、同じ偏角を示すわけではないことが分かりますよね。

 おそらく、大西洋の中央部で、偏角のズレのピーク位置があり、そこを通り過ぎると、次第に偏角が戻ってきたため、上記のような現象が起こったと考えられます。

 

大西洋の偏角マップ British Geological Survey HPよりお借りしました。

 

 *  *  *  *  *

 やがて、舵手の一人が羅針盤に何が起こったかに気がつきました。そして、他の乗組員たちもそのことを聞くと、彼らはひどく怒り、また恐れました。

 彼らは、コロンブスを船の外へ投げだしたいと願い、また自分たちをそのような人間の指揮にゆだねたスペインの国王たちの行動をひどく恨んだのです。

 次第に、彼らは反抗的になり、繰返しスペインヘひき返せ!と叫んだのです。

何せ、彼らの多くが元死刑囚ですからね。

 

 そのような一触即発の危険な状態の中、10月11日午後10時頃コロンブスは、遠くに微かな光が瞬いているのを発見します。しかし彼は、乗組員たちをぬか喜びさせることを恐れて、これを少数の幹部にしか知らせませんでした。

 その一方で、乗組員たちに対しては、最初に陸地を発見した者に多額の賞金と賞品を与えると発表して士気を高めています。


 はたして翌10月12日午前2時頃バハマ諸島付近でピンタ号の乗組員が、月明かりに照らされた島を発見しました。

 

 この報告を受けたピンタ号の船長マルティンは、全船団にそのニュースを伝えるために祝砲を発射します。

 当時、先住民たちからグアナハニと呼ばれていたこの島を、コロンブス「聖なる救済者」を意味するサンサルバドルと名付け、スペイン王の名の下に島の占有を宣言したのです。

 

 コロンブスはこの島がジパングの近くに位置するインドの一部だと確信していました。コロンブスはその後、島の周辺を15日間調査しましたが、ジパングもその西にあるはずの中国大陸も見つけることはできませんでした。

 *  *  *  *  *

 

 今でも、フロリダの南の島々を 西インド諸島 と呼ぶのはこのことに由来するのですね。おねがい

 

 これらの物語から、多くの人々はコロンブス磁針の変動(偏角分布)を発見したと信じられてきました。

 しかし、「磁針の東方への偏位は、コロンブスが最初の航海に乗り出すよりも前に、北西ヨーロッパですでに観察されていたことはほとんど確実」であると主張する研究者もいます。
 ただ、大西洋を横断する長い航海の間に磁針が変動することをほぼ正しく記録したのは、コロンブスが最初であるのは間違い無いようですね。

 

それじゃあ、またね。