そんな不安定な世界に人は生きている。
「たぶん、それは正しい。みんなそう思っている」
これがたった一つの指標、蓋然性というものか。
自分が●●人というアイデンティティもこの座標のどこかに
位置しているのだろう。それもまた不安定に。
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「それじゃあ、またどこかで」
-この言葉がバックパッカーのお別れの挨拶なのかもしれない-
一度バンコクに戻って、カンチャナブリーを目指すつもりだった。
しかし、一向に行き方がわからず、彷徨っていると、
『ツーリストガイド』という名札を下げた何とも怪しいおばさんが近寄ってきた。
「カンチャナブリーに行きたい」ということを話すと、
「南バスターミナルからバスが出ているから、それに乗るといい」ということだった。
-怪しんだ自分を一瞬恥じて忘れた-
すぐにターミナルに向かい、カンチャナブリー行きのバスに乗った。
ここへ行きたいと思った理由は、日本が犯した負の遺産を見るためだった。
-戦争反対論者でも平和主義を主張するつもりはないが
人と人が争い、死ぬことほど馬鹿げたことはない
死すら自ら選択できないのだから。-

クウェー川鉄橋
そこに掛かる橋は『戦場にかける橋』という映画で有名な橋だ。
戦争中、日本軍は建設中の橋に捕虜を集め、
こんなようなことを言った。
-事実かどうかは知らない-
「仲間の戦闘機だ。集まって迎えろ!」
それは全くの嘘で、捕虜を犠牲に敵機から爆撃を
避けるためだった。
何百人という人が標的になり、命を落としたのは言うまでもない。
ここには、日本の負の遺産が残っている。
広島・長崎、日本は被害者。
一方では、加害者。
関係ないのは一般人。
死ぬのも一般人。
何のためなの?戦争って?
そんなことが頭を巡り、一時混乱したのを覚えている。
それは教科書にも書かれていない。誰も教えてくれない現実だったからだ。
被害を受けた誰が悪いわけでもない。
高官間の喧嘩に過ぎないのか?
迎合する国民もいるだろう。一方は?
国民ってなんだ?
「I am Japanese.」とは誰に教えられたんだ?
-後に研究したテーマはここからかもしれないな-
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一人で泊まっただだっ広い、2人部屋は、
その日感じた空虚さを一層ひどくした。
「明日、バンコクへ戻るか」