同郷の親日家:ある米海軍情報士官 | cynthia-dr-murazumiのブログ

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7/11放送の映像の世紀バタフライエフェクト「太平洋戦争 “言葉”で戦った男たち」では、北海道小樽で生まれ育った米国人オーテス・ケーリ(1921年-2006年)氏が紹介されていました。

彼が生まれた当時、彼の父親が小樽公園通教会(正式名称「日本組合小樽基督教会」)の宣教師をしていました。

 

現在の教会堂は1926年に献堂、「小樽市指定歴史的建造物第29号」に指定

 

番組では14歳まで日本で生まれ育ったと説明されていましたが、小樽には小学4年生までいたようです。

 

参考までに、教会がある公園通りにはアイスクリームが美味しい小樽ミルク・プラントがあります。

小樽公園(花園公園)に行った帰りに、ここでソフトクリームを食べるのが、子どものころの定番でした。

当時は牛乳会社(小樽保証牛乳)の建物の一角で売られていたので、現在のような店構えではありませんでした。

 

 

この通りには親戚の外科医院もありました。戦時中、軍医として(生きて帰れぬ、あるいは死んでも帰れぬ)ニューギニアに従軍して生還された方(故人)で、子どもの頃にお世話になったことがあります。

他にもジンギスカンが美味しかったレストラン兼宴会式場もありましたが、今はマンションになっています。


話を戻します。オーテス・ケーリ氏に関する北海道新聞の記事がありましたので、引用します。