今回のタイトルの渡河(とか)とは、読んで字の如く、川(河)を渡ることです。
そんなことよく知ってるとか言われると、話を続けにくくなりますが、興味がある方はつづきをお読みになってください。
日常生活で、この言葉を発したり、見聞きすることはまずないと思います。
ところが、この言葉を今月の半ばに目にすることがありました。
ニュース記事で、ウクライナ東部でロシア軍がドネツ川の渡河作戦を遂行しようとして、ウクライナ軍の攻撃を受け、大損害を被ったとあったからです。
上は、ドネツ川で破壊された橋などの写真として報道されたものです。
渡河作戦のために橋のないところに架橋しようとした軍事用の橋(浮橋など)なのか、もともとあった橋なのか判別がつきません。両岸には破壊された装甲戦闘車両などの残骸を認めます。
このニュースに触れたすぐ後に、21日のブログに記した多摩川散歩をしました。
目的地の多摩川決壊の碑の少し上流には小田急小田原線の鉄道橋・多摩川橋梁があり、さらに上流に道路橋・歩道橋の多摩水道橋があります。
手前が多摩川橋梁で電車が走行中、右奥に見えるアーチが多摩水道橋
多摩川橋梁
上り線と下り線の2つの橋が架かっていて、それぞれに本線と副線がある複々線化されています
多摩水道橋
この橋も上下線の2つの橋となっていて、各2車線の上下4車線となっています
東京都側を世田谷通り、神奈川県側を津久井道と都県境をもって呼び名が変わります
これらの橋を見ながら、天然の要害となる川に架かる橋の重要性を改めて認識しました。
とくに軍事作戦においては進軍の妨げとならないように川に架かる橋を確保することが肝要となります。
守る側からすれば、橋を爆破して敵の進軍を遅らせることが必要になることがあります。
橋がなければ工兵部が架橋して部隊を渡河させなければなりませんが、進軍に遅れが生じてしまいます。
そのため橋の争奪戦などが描かれている戦争映画がいくつもあり、「戦場にかける橋」(1957年)、「橋」(1959年)、「史上最大の作戦」(1962年)、「バルジ大作戦」(1966年)、「レマゲン鉄橋」(1969年)、「戦略大作戦」(1970年)、「遠すぎた橋」(1977年)、「ナバロンの嵐」(1978年)、「プライベート・ライアン」(1998年)などがあります。
橋がつく軍事用語に橋頭堡(きょうとうほ)があります。
敵地などの不利な地理的条件での戦闘を有利に運ぶための前進拠点のことですが、本来の意味では橋の防衛を目的として橋のそばに築く堡塁や渡河作戦の際に対岸を守るために対岸に築く拠点のことです。
比喩的に積極行動を起こすための足掛かりとして、ビジネスの世界などで用いられることもあります。
シンシアも美容医療における橋頭堡として頑張っていますので、どうかよろしくお願いいたします。