トカラ・十島村の「格差」と地域の政治 ――どうなる 七つに分散する離島村の闘い 

 

〈はじめに〉  十島村(としまむら)は鹿児島県南端にある、7 つの島から成る人口 600 余の小さな村である。鹿児島県自体、全国各地の都市型の発展ぶりにくら べると、財政的には、かなりのハンディキャップを抱えている。そのもと にあって、村民が 7 つの島にわずかずつ分散している十島村は、さらに厳 しい自然的、経済的環境に置かれ、その役場を域外の鹿児島市に置かざる を得ないほど、村としての一体性を確保することに苦しんでいる。  鹿児島港から出るトカラ行きのフェリー乗り場に行くと、島には両替す る店がないからつり銭のいらないように、などと書かれている。各島には 飲食店がない。民宿に泊まる以外に、食事の手立てがない。雑貨屋のない 島もある。金融機関はなく、郵便局も口之島、中之島、宝島にしかない。  全国の町村で、域内に役場のないのはこの十島村と、同じ鹿児島市に置 く三島村、それに石垣島に置く沖縄・竹富町の 3 つしかない。  2006(平成 18)年 10 月、知事がこの村の 7 島を視察してまわったが、 知事との対話集会が島内で持たれたのは実に 15 年ぶりのことだった。  本土との遠さは、距離ばかりではなく、遠さを感じさせる事例はいくら でもある地域である。  島の人々は、歴史的に長くこの格差と闘ってきた。そして高度経済成長 のもとで、厳しい自然環境を克服、融和しつつ、それなりの生活水準を手 帝京社会学第 21 号(2008 年 3 月) - 2 - にすることができた。しかしいま、新たな課題に迫られて、離島の生活は 右肩下がりになり、将来への展望はやや暗いものになろうとしている。そ の最大の課題は、これまで以上の高齢化、少子化に伴う人口の漸減である。  交通が便利になり、教育に力を入れると、都会に出て、島に戻らない人 が増える。働くにも仕事がなく、嫁いで来る人も少ない。島の生活向上の ために離島振興法などで島の港湾や道路などの土木工事が進むのはいいと して、しかし一方では、現金収入の魅力に取り付かれて、本業である農業 や漁業がおろそかになる。農地が荒れたり、漁協などの運営が難しくなっ たり、別の問題が派生して、島で生活しにくくなることもある。かといっ て、かつてのままの状態にとどめておくわけにはいかない。  政治課題になっている今日の「格差」は、都市と地方、雇用の正規と不 正規、学歴・成績など広範にわたるが、その開き自体が問題だというより も、基本的に重要なのは貧窮や弱者、敗者に対する救済の姿勢や手立てを どうするかという格差是正の方策だろう。しかし、十島村のような状況は、 「自然」による部分と「人為」による部分が交錯しており、その対策は意欲 や努力によったり、あるいは財政を出動させたり、といったことだけでは 片づかない。また、ほかの一般的な村の水準に比べようにも、離島で、し かも7つに分散しているので、対比のしようもない。  しかも、打開の名案はなかなか出てこない。 平凡ながらあえていえば、 格差をこれ以上広げないこと、小さい努力と工夫を重ねること、さらに基 本的な「格差」というものに政治的関心を高めていくこと、だろう。  この小文では、第一、二部でこうした現状に触れたい。  ついで、第三部では、特殊な環境にある十島村の自治を委ねられた村長、 村議会議員の選出の実態にふれたい。いくつもの小さい島々の中で、より 小さな島からも村議が選ばれ、ともあれ民主主義のかたちが保たれている 事情はなにか。もし大きめの島だけで議席を独占していたら、島々の間に さらなる「格差」が生れてきても不思議はなかっただろう。 トカラ・十島村の「格差」と地域の政治 - 3 -  各島に対する行政投資と人口との相関関係にまで踏み込みたかったが、 その種のデータがなく、残念ながら、ここでは島々の選挙実態にとどめざ るを得ない。  十島村は、2008 年に村制 100 年を迎え、また村長、村議の選挙も同時 に行われる。そして、2009 年 7 月 22 日には皆既日食があり、その最適の 観測地点がこの十島村の島々になるとして、早くも反響を呼んでいる。新 しい展開のきっかけをつかめるのか、見守っていきたい。  筆者は九州在勤 4 回延べ 9 年の間に、この村に興味を持ったのだが、な かなか取材には至らず、やっと何とかたどりついた感がある。  以下の項目にそって、記述を進めたい。 

 

〈第一部〉 格差の周辺 ◇自然的格差 *分散離島の地勢  *空路なく、頼りの航路 *零細な産業 ◇人為的格差 *防人の役割  *戦前の制度格差 *鹿児島と奄美の狭間で *遅れた小学校令 *村営の「足」の確保 *戦後の制度格差 ◇整備的格差 *遅れる整備 *脱「はしけ」 *灯りがついた *水道ができた *通信事情は? - 4 - *テレビが映った! ◇結果的格差 *減る一方の人口 *教育の現場  ◇発想的格差 *石原慎太郎的感覚 〈第二部〉 苦しい経済事情 ◇離島振興と財政事情 *村民所得は国民平均の 4 割 *自主財源 1 割の世界 ◇自助努力の方策  *「敵」は考え方の間違いにあり *役場の移転問題 *総合振興計画の反応 *村の合併話は *あれこれの努力 〈第三部〉 村の政治の実態 *奇妙な選挙戦 *競合激しい村長選挙 *村議選挙は民意を反映したか *血縁・姻戚選挙 *村議会は鹿児島市で *政党的民意はどこに