インド北西部に、自給自足を中心とした生活を営む農村がある。この農村出身のナラヤン・ラル・ガルジャールさん(25)が2018年に創業した、沖縄科学技術大学院大学(OIST)に拠点を持つスタートアップが、今、世界から注目されている。

OIST

沖縄科学技術大学院大学。学内にあるイノベーションスクエアインキュベーターに、EFポリマーの拠点がある。

画像:OIST

少量の水で農作物が育つ高吸水性ポリマーで、干ばつや水不足に悩む農家の課題解決に取り組むEF Polymer(以下、EFポリマー)は、クリーンテックの革新的企業を選出する「2022 APACクリーンテック25」に選出。英・ウィリアム皇太子らが創設した世界的な環境賞「アースショット賞」に2年連続でノミネートされるなど、国際的に高い評価を受ける。

同社はインドで生まれ、OISTから資金面・技術面の支援を受けるため沖縄県に拠点を移した「越境スタートアップ」というユニークな企業だ。

社名を冠した商品「EFポリマー」は発売から約1年半で100トン超を売り上げ、同社は2023年5月に5.5億円の資金調達を発表した。注目のクリーンテック企業の歩みを追った。

水不足に悩む村のために起業

ナラヤンさんが生まれ育ったのは、インド北部に位置するラージャスターン州の農村。夏は45度まで気温が上がり、乾燥や水不足が深刻な地域だ。

トウモロコシなどを育てる農家であるナラヤンさんの父親も、気候の問題に悩まされていた。

「当時私は科学に興味があって勉強していたのですが、父親に『そんなに興味があるんだったら、私を含めて地域の農家さんを助けてくれるような何かを考えたらどうか』と言われました」(ナラヤンさん)

EFポリマーの事業は、高校生の時に思いついたアイデアだという。なぜ、高吸水性ポリマーだったのか。

「世の中には農家を助ける多くの解決策があることも勉強しましたが、インドの貧しい地域の農家にとっては高価すぎて使えないものばかりでした」(ナラヤンさん)

数々の選択肢を検討する中、貧しい地域の農家でも手が届きやすく、土壌の水問題を解決する方法として高吸水性ポリマーに目を付けた。

「ポリマーは市場に出回っていましたが、石油由来の原料が使われているので土壌に埋めても生分解しません。今日の課題解決にはつながるものの、明日の課題を生んでしまうと思いました」(ナラヤンさん)

原料は生ごみ。土壌汚染しないポリマー

起業当初、ポリマーにする材料を選定している様子。

起業当初、ポリマーにする材料を選定している様子。

 

EFポリマーの「EF」は「Eco Friendly」の頭文字。その名の通り、さまざまな面で「エコフレンドリー」だ。

まず、原料はオレンジやバナナの皮など、農作物の不可食部分のカスを使っている。100%オーガニックのため約1年で土に返り、環境を汚染しない。石油由来の製品を使わないという意味でも環境負荷は低い。

原材料は柑橘系の皮やバナナの皮。インドで生産している。

原材料は柑橘系の皮やバナナの皮。インドで生産している。

 

EFポリマーは土に混ぜると自重の約100倍の水分を吸水し、約半年間、吸水と放出を繰り返しながら土壌の水分を保つ。

強みは三つある。

一つは節水できること。降水量の少ない地域では特に、少量の水で作物を育てられるのは大きなメリットになる。

二つ目は肥料の削減だ。EFポリマーには土壌の肥料分を保つ「保肥力」が石油由来のポリマーに比べて高く、水と一緒に肥料分が土壌から流れ出るのを防ぐ。化石資源を原料にした化学肥料の消費量を少なくすることは、人口が増加していくことが予想される世界の食料需給を考える上でも非常に重要だ。

さらに、保水力と保肥力によって作物が育ち、生産量アップも期待できるという。

効果は各地で実証済みだ。茨城県で実施したキャベツの栽培実験では、収穫量が約3割上がった。インドでの実証実験では、EFポリマーを使うことによってトウモロコシの収穫量が6割増えた地域もある。

各国で引き合い、増産も計画

キャベツの苗。EFポリマーを使い栽培したのが右側。

画像:EF Polymer

発売開始から約1年半で、インドと米国、日本で100トン以上を販売した。

内訳はインドが約45トン、米国約50トン、日本約20トンだ。

最初に販売を始めたインドでは、現地の財団の支援を得て農家にアプローチした。まず財団が商品を購入し、水不足に悩む農家に配布する形で効果を実感してもらった。

「その後リピートカスタマーとして購入していただけるようになりました。インドでもサステナブルであることはポジティブに捉えられますが、それ以前にコストパフォーマンスがどれだけ良いかという点は重要視されているように思います」(ナラヤンさん)

現在インドには約250の販売代理事業者がおり、販売体制が確立している。

他の地域でも政府機関や団体、企業のCSR部門といった大きな組織との連携から始め、個々の農家に行きわたらせる販売戦略を取るという。

「世界中で干ばつに悩んでいる地域は多くあります。また、今は世界的に肥料の高騰も課題になっています。課題を抱える地域でまずは我々の技術や商品の効果を実証し、そこから各農家に広めていきたいと思っています 」

既に引き合いはある。米国では日本の農協に近い組織から大口の注文を受けた。こうした団体や組織との取引を増やし、安定した受注を目指していく。

一方で、現在の生産能力は月に10トン程度。生産能力の拡大は急務で、2023年中に生産量を5~10倍に増やす計画だ。資金調達した5.5億円の一部をあてる。

「需要が急激に伸びているので、その準備を整えていきたいと思っています」(ナラヤンさん)

 

EFポリマーに水を注ぐと吸水して膨らみ、ゼリーのような形状になった(右側)。

撮影:土屋咲花

「真の課題解決策」で国際的評価

EFポリマーは、ナラヤンさんがインドで起業後、 資金難や技術開発に悩んでいた際に沖縄科学技術大学院大学(OIST)のスタートアップ支援プログラムに採択されて沖縄に拠点を移した経緯がある。日本法人は2020年に設立し、沖縄で技術・資金面の支援を受けながら成長してきた。

ナラヤンさんは、日本に拠点を置く意義についてこう話す。

「インドにいたときから、日本には大きなリスペクトを持っていました。高吸水性ポリマーの技術開発について、日本はパイオニアだからです。また、日本では何千回、何万回も商品テストがされると聞いています。そうした品質のクオリティと信頼性が、日本で商品を作る価値だと思っています。最後は人です。一緒に働く人たちの仕事に対する情熱の強さも、私の性格に合っていると感じています」

ナラヤン・ラル・ガルジャールCEO。

 

また、「2022 APACクリーンテック25」への選出や「アースショット賞」へのノミネートなど、国際的にも評価されている理由について、ナラヤンさんは

「私たちが大事にしているのは自然の力を信じたソリューションの提供です。干ばつで悩んでいる農家をどのように助けるかに加えて、それがいかに環境に対しても優しいか、という長期的な目線も持っています。真実のソリューションを見たときに、人々は応援したくなるのではないかと感じています」(ナラヤンさん)

とBusiness Insider Japanの取材に答えた。

「農家を助ける」一方で、「地球環境も壊さない」。EFポリマーが目指すのはどのような世界か。

「まず一つは、世界中の全ての農家とつながることで、干ばつによる課題を解決したいと思っています。

もう一つは、農業以外の分野でも環境問題の解決に貢献することです。既にEFポリマーを使ったアイスパックの開発を始めています。ポリマーはオムツや生理用品にも使われていて、これらは廃棄する際に環境に負荷がかかります。これらをオーガニックなものに変えるだけで、かなりのインパクトが与えられるはずです」