コウイカ

コウイカ
コウイカ

 

コウイカ Sepia esculenta(甲烏賊) は十腕形上目イカ類)コウイカ目に属する頭足類の一種である。日本近海において最も普通のコウイカ類[1]で、水産上重要である[2]。他のコウイカ類と同様に外套膜に囲まれた胴体の背側に、石灰質のを持つ。

和名[編集]

越中ではカイカと呼ばれる[3]。また、ハリイカ Sepia madokai Adam, 1939と混同され、本種もハリイカと呼ばれることがある[4]。逆にハリイカ S. madokaiの方はコウイカモドキとも呼ばれる[5][6]。ハリイカは胴の先端に硬い甲殻の針()が突き出ているためだとされる[7]。その他、スミイカ(墨烏賊)やマイカ(真烏賊)と呼ばれることも多い[1][8][7]。「スミイカ」は墨袋(墨汁嚢)が発達しているためだとされる[7]。「マイカ」は混称で、その地域の主流のイカを意味しており[9]、地域によりスルメイカ[9]ケンサキイカ[9]シリヤケイカ[10]もこの名で呼ばれることがある。河野 (1973)では、「コウイカ」を「胴の中に舟形をした骨があるイカの総称」とし、本種を「マイカ(真烏賊)」、別名に甲があるため「甲イカ」としている[7]。また、東京では大型のものをモンゴウ(紋甲)と呼び、関西ではホシイカ(星烏賊)というとある[7]。現在は「モンゴウイカ」はカミナリイカトラフコウイカ、また輸入されるヨーロッパコウイカの市場名だとされることが多い[11][12][1][13]。「ホシイカ」は灰褐色の背面に白色斑点が散在しているためであるという[7]。また河野 (1973)では「カミナリイカ」や「シリヤケ」、「シリクサリ」という地方もあるとする[7]が、現在これらはカミナリイカ Sepia lycidas Gray1849およびシリヤケイカ Sepiella japonica Sasaki1929と別種に当てられており、混同されている。

分類[編集]

十腕形上目イカ類)は伝統的に、底生で甲を持つコウイカ類(底生で甲は退化するダンゴイカ類を分けることも多い)と遊泳性で石灰質の甲を持たないツツイカ類に二分され、そのうちの前者に属している。また、コウイカ科はVoss (1977)、Khromov et al. (1998)、Young et al.(1998)などに基づけば、甲の形状等の形態形質により3に分けられ[14][15]、うち最大のコウイカ属 Sepiaに属している。コウイカ属はヨーロッパ近海に棲息しているヨーロッパコウイカ Sepia officinalis Linnaeus1758タイプ種とするが、最近の分子系統の結果ではヨーロッパコウイカは本種コウイカやトラフコウイカ Sepia pharaonis Ehrenberg1831といったアジアに産するコウイカ類とは近縁でなく、むしろシリヤケイカ Sepiella japonica Sasaki1929に近いことが判っており[14]、属は系統を反映しておらず未整理である。

また、歴史的にコウイカ属は複数の亜属や種群に分けられてきた。Naef (1923)は本種をタイプ種にPlatysepia属を設立したが、Khromov et al. (1998)はコウイカ属を6つの種群 species complexに分け、本種をその中のAcanthosepion種群に置いた[15]。奥谷 (19872015)やWoRMSでは、Platysepia亜属に置かれている。

OrtmannはSepia hoyley Ortmann1888という種を設立したが、Sasaki (1929)によればこれは自身の所有している本種の若い標本と非常によく似ており、本種と同一種であると考えられる[3]

原記載[編集]

Hoyle (1885), Annals and Magazine of Natural History, 5, 16, p. 188にて、Sepia esculenta Hoyle1885として記載された[15][16]。タイプ産地は日本の横浜市場である[16][15]シンタイプロンドン自然史博物館にあり、1個体の雄(1889.4.24.69、外套長160 mm)と1個体の雌(1889.4.24.70、外套長143 mm)である[15]

類似種[編集]

ハリイカ Sepia madokai Adam, 1939
ハリイカは本種と混同され、市場名においてコウイカと呼ばれることがある[6]。また、甲はともに卵形で[1][6]、同亜属のPlatysepiaに置かれることもある[5]。しかし、本種は S. esculentaに比べハリイカS. madokaiは体長約8 cmと小さいうえ[5]、甲の内円錐がコウイカ S. esculentaでは丸襟状に立つのに対し[17]、この種S. madokaiでは逆V字型になり[5]、横線面前縁はコウイカ S. esculentaでは逆V字型なのに対し[17]、この種S. madokaiでは逆U字型になる[5]
シャムコウイカ Sepia brevimana Steenstrup1875
シャムコウイカは本種と似ているが、本種 S. esculentaは触腕掌部に10-16列の吸盤を持つのに対し、この種S. brevimanaはそれがより少ないこと、鰭基底に沿って肉質突起がないこと、また内円錐が色付くことにより区別される[16]
ミナミハリイカ Sepia elliptica Hoyle1885
ミナミハリイカも本種 S. esculentaと混同されるが、以下の点で識別できる[16]
  • 本種 S. esculentaの交接腕は6列の縮小した吸盤に続いて5から6列の普通のサイズの吸盤を持つのに対し、ミナミハリイカ S. ellipticaでは基部に7から8列の普通サイズの吸盤、中間に7列の縮小した吸盤、そして腕末端に普通サイズの吸盤を持つ[16]。交接腕の吸盤の背側の2列は腹側の縮小した吸盤よりも小さく、縮小した吸盤は普通の吸盤よりほんの僅かに小さいのみである[16]
  • 本種 S. esculentaでは 背側と腹側の保護膜は触腕掌部の基部と接続しないが、この種 S. ellipticaでは背側と腹側の保護膜は触腕掌部の基部と接続する[16]
  • 本種 S. esculentaでは甲の後方が鈍く丸まり、横線 (striae)は逆V字型で内円錐側肢は後方で厚くなる[16]。この種 S. ellipticaでは張り出しはより薄く平たく、前方は尖って、房錐の後端を覆っている[16]
Duc (1978, 1993) はベトナムの近海でミナミハリイカ S. ellipticaを報告したが、ミナミハリイカ S. ellipticaはインド洋のみで見つかるため本種コウイカ S. esculentaの誤同定と推測される[16]

形態[編集]

本種の背面。土佐佐賀港で獲られたもの。
本種の側面。同一個体。

外套長は最大約18 cm、体重は約600 gの中型のコウイカ類[1][17][16]外套膜の概形は粗い楕円形で、後端は貝殻の棘があるため、多少円錐形になる[3][17]。最大外套幅は背側外套長の半分よりも大きく、その位置は中心付近にある[3]。外套膜の腹縁は僅かに湾入し、背縁は広く三角状に、外套長の1/7程度突出する[3][17]。体色は、外套背側には黒褐色の帯状斑[18](虎斑[17])が横に走り、黄色の小顆粒状突起がある[17]。鰭の基部に沿って銀帯(白線[1])が走る[18][17]。この銀帯の内側に沿って黄色くやや細長い突起が断続的に並んでいる[17]。外套膜腹面は蒼白色であるが、鰭基底の銀帯は腹面からも明らかに観察できる[17]

画像外部リンク
 コウイカ全体写真と漁獲地図
奥谷喬司・解説『新編 世界イカ類図鑑』(2015年、全国いか加工業協同組合)
 代表的な他種とコウイカの比較画像
社団法人 日本水産資源保護協会・編『わが国の水産業 いか』(わが国の水産業シリーズ、1986年)

は前端から数 mmのところから始まり、外套側縁の90%近くを覆う[17]。鰭後端は両葉間に僅かな間隔があく[17]。鰭幅は胴体の1/6-1/5(片葉幅は外套幅の約13%[17])で、ほぼ等幅で後方にやや広がる[3][18]

漏斗器は普通の大きさで、第4腕の間の角度より僅かに小さく拡がる[3]。背側の漏斗器は逆V字型で太く、腹側器は卵円形[17]漏斗軟骨器は豌豆型で、前方はやや持ち上がっており、溝は深い。外套軟骨器は細い半月形[17]

頭部は幅広く、外套膜の開口部分と同じくらいの幅であり[3]、外套幅(外套膜の最大幅)より狭く、外套長の30%程度[17]。頭部背面から腕反口側に沿って淡紅色の条が走る[17]。囲口膜には縁に7個の吸盤のない突起があるが、雌では腹側の2個は完全に丸くなっている[3]。雌成体では、囲口膜の腹側部分の突起は顕著な卵形のsperm padで、これは末端が滑らかで、基部は深く皺が寄り、1対の羽状の受精托 (seminal receptacle)がある[3]

精莢は長く、その長さは17 mmである[3]

腕[編集]

十腕類の名の通り、コウイカのは10本あるが、うち2本(1対)は触腕と呼ばれ、ポケットの中に完全に収納することができる[19]。触腕は他の腕とは違って吸盤は先端の触腕掌部 (tentacle club)にしかなく、伸び縮みさせることができる。残りの腕を、甲のある背側の中心の1対から順に、第1腕 (Ⅰ)、第2腕 (Ⅱ)、第3腕 (Ⅲ)、そして腹側の1対を第4腕 (Ⅳ)と呼ぶ[19]

腕の長さはほぼ等長で、腕長式はⅣ>Ⅰ>Ⅲ>ⅡまたはⅣ>Ⅰ>Ⅱ>Ⅲである[3]。最長の第4腕は背側外套長の半分の長さ(50%)程度[3][17]。反口側の英膜が第1腕から第4腕に向かって次第に顕著になるため、特に第3腕・第4腕は反口側の表面に沿って顕著に張り出し、扁平になっている[3][17]。保護膜は発達は普通で肉柱は弱々しい[3][17]。腕の吸盤は、先端から基部まで明確に4横列 (quadserial)で、ほぼ一様だが、末端に向かうにつれほんの少しずつ小さくなる[3][17]。また、第1腕・第2腕の吸盤は35-40列、第3腕・第4腕では60-65列ある[17]。傘膜の発達は悪く、第4腕を除く腕の内側から4-6列目の吸盤まで展開している[3]

触腕の長さは様々であるが、状態の良い標本では普通頭部と胴体を合わせた長さ程度である[3]。触腕柄は腕より少し細く、反口側は丸く、口側は平らである[3]。触腕泳膜は狭い[1]。触腕掌部は平たく、外形は三日月形または半月形に拡がり、触腕の約1/8を占める[3]。触腕掌部の吸盤は12列(10~16列[1])で特に大きい吸盤はなく、微小等大で約200個ある[17]。Sasaki (1929)では、触腕掌部の吸盤は一見縦10列に見えるが、斜めに16列並んでいるとしている[3]