最近、三次元がつまらなくなってきました
少し前までは旅行や遊びなんかをそれなりに楽しんでたんですけどね
いま来ているエネルギーのせいなのか、無気力・無関心・無感動のダメ人間(三次元では)になっております。
まあ、いつものマイペースで流れに身をまかせて流れていこうと思ってます
今日はボーッと考えている時に久々に気づいたことについてです♪
「二極を見る時にはどちらにも偏らずに第三のニュトラルな視点で見ること」と何度か書いてきました。
確かに二極にはどちらが良いも悪いもないのですが、光と闇には当てはまらないような違和感がありました。
だってどのチャネリングでも光=高次元だし、自分でもたぶん光を目指してますし…。宇宙全体が明らかに光に偏りまくりです
では、そもそも光と闇ってなんだろう?
もしかしたら前回書いた「愛とは何か」と同じなのかもしれないと思ったのです。
人間が使っている言葉としての光と闇の意味合いは、やはり情緒的な部分が多いような気がします。
光は善行とか善人であり、闇は悪業や悪人。
そもそも良い悪いの批判の意味で使われているような気がしませんか?
そこからして既にニュートラルな視点なんてあり得なくなっていますよね
では宇宙人や高次元の存在が言う「光と闇」とは?
考えて出た結論は、光とは大いなるひとつ、根源そのものであるということです。
そしてその根源が探求のために作り出したものが闇です。
つまり闇も光からできています。全てのあらゆることが光からできているんです。
私達は光が良いというジャッジからではなくて、根源が光であるという事実から光を目指しているんです

だから光は無条件で絶対的存在であり、対極は存在していません。光を選ぶことは偏っているのではなく、根源を目指しているということなのです。
これが私の中で腑に落ちた気づきです。
なんだか書いてみると当たり前の事のような気がしますが、今まであまり深く考えたことがなかったのでプチΣ(*゚д゚*)ハッ!!がありました
今日はここまでです