前回の記事を書いてから、補足のメッセージがきたので書いていこうと思います
◯ 愛のエネルギーは宇宙エネルギーです。根源から流れ出て全宇宙を創造しているものです。=「ただそこに在るもの」なのです。
◯ 地球に私達が生きていること自体が愛の現れです。その私達が内側の声に従って行った行動は全て愛の波動となるのです。
◯ 親が子供を育てる時に「これは愛だ」と思いながら育てている人はあまりいませんよね。自分の内側からくる自然な行動のはずです。それでも受け取る側は大きな愛で育てられたと感じます。愛とはそういうものです。
だから愛を掲げて作られたテレビ番組は私には「偽善」だと感じてしまうのかもしれません。
そして、その「愛は…を救う」の番組に対して何故こんなにも違和感を感じるのかについて考えていました。
なぜ障害者や不自由な生活をしている人のところにばかり行くのか。
身体が不自由なのに、苦労しているのに、普通の生活をしている私達とは違うのに「◯◯なのに」というレッテルを貼って、それでも頑張っている事が愛だというのでしょうか。
そして「◯◯なのに」の人に何かをしてあげられたことが愛なのでしょうか。
その番組の総集編を見ていたら、13歳の先天性心臓疾患の男の子がこんな事を言っていました。
「障害も自分の一部。背が高い人もいれば低い人もいるように個性なんだ。」と。
全くその通りだと思います。人はそれぞれ違う個性を持っているけれど、みんな同じように自分を一生懸命生きています。「◯◯なのに」はいらないんです。これが私の感じていた違和感だと13歳の少年に答えをもらいました。
この言葉が聞けたのはこの番組のおかげなので訳が分かりませんが、矛盾も全てOKだと以前に気づきがありましたので納得しています
以上が補足です。
「愛」は地球上では曖昧な言葉で、思いやりや慈しみなど、主に他に対象があって成り立つものになっていますが、書いてきたように私はそうではないと感じています。
対象が外にあるという事は、依存、執着や見返りを求めるなど自我に繋がりやすい危うさがあります。
親子や恋人などの愛憎劇が少なくないのはこのためだと思われます。
何度も言ってしまいますが、愛を実現するために世のため人のために何かをしなければならないのではなく、自分をキチンと生きる事が結果的に愛の実現になるのです。
決して自分さえ良ければとか、他はどうでもいいという意味ではありません。
ワンネスや宇宙の仕組みや自分の世界が分かっている方には伝わると思うのですが…、なかなか上手く書けなくてスミマセン
いつもの通り、私の言っていることが全てではありません。ご自分の中の愛とは何かについて少し考えてみて下さいね。新たなΣ(*゚д゚*)ハッ!!があるかもしれません
今日はここまでです