今日もスピ系の話になっちゃいます。
占い好きのA子ちゃんが、
昨日のブログを見て
「魂は魂で償う」ってどういうこと?
とLINEで聞いてきた。
エエ加減におっさんの話を聞いていたけど
当時の私も、思考の物質化より
魂の話が気になり
同じように質問してた。
おっさん曰く
「物質世界(現実世界)の人生で
誰かの魂を傷つければ、
その後の転生した、いずれかの人生で
学びを得なければならない」
ということらしいです。
決して同じ目に合うという意味ではなく
「学びを得る」と言うてました。
「キリスト教とか他の宗教が言う
絶対的な存在が
善とか悪とか裁くのではなく、
「自らが自らを省み
学びを得るのだ」と。
(裁くというのは、正しくない言い方だとも)
「自らの気づきこそが魂を進化させる」
懲罰があるから、人を傷つけることをしない
という考え方からは、気づきは得られない。
例えばどこそこの宗教が
○○しないと地獄に落ちるとか、
天罰が下るとか
スピ系の特別な人(単語が浮かばない)
だけが救われるとか
そういう分け隔て(分離?)
懲罰的な考え方では、
本当の気づきはなく魂は進化しないと。
ニュアンス的には宮沢賢治が言った
世界全体が幸福にならないかぎりは、
個人の幸福はありえない。
的な考え方が近いのかとも
思ったりするけど
エゴのある自分には
難しいです!
当時はおっさんの言うてたことの
ほとんどは
「?・・・・・・」
でした。
どうして魂は学びを得ないとアカンの?
進化せなアカンの?とか
進化したらどうなるの?とか
疑問に思ったことをぶつけてました。
正直なところ
納得のいく答えは得られませんでした。
というか
おっさんも知らんと言うてた。
「えぇ?知らんのかい
」
そこ一番大事なとこなんですけど・・・・。
「魂自身が進化したい」と
いうようになってるんではないかと。
おっさん曰く
「その答えを見つけた頃には
転生を終えている」と
今では、ほんの、ほんの
ちょっぴり理解できた気もするけど
この調子だど
果てしなく転生しんとアカンわと
思ったりもして
先は全く見えません。

