毎日、旧統一教会関連の記事を目にするが
自分なりにカルトについて考察中。
プレジデントオンラインの記事で
いい記事が掲載されてました。
「まともな宗教とカルト宗教の根本的な違い」
本当の宗教とは「迷う力」を与えるもの…
生きる苦しさから逃げる宗教はすべてニセモノである
リンクに貼りませんので
ご興味あれば検索して読んで下さい。
私の小学校の時の同級生で、
驚異的に
天才的な女の子がいた。
頭が良すぎて、同級生はその子が
言っていることが理解できなかったので
友達もいなかった。
小学校2年の時
彼女の読書感想文の中で
人間の本質について考察した文章が
あり、全部は覚えてないけど
「自分の理解できないこと
理解を超えるものについて、人間は
恐怖を感じ、排除しようとする」
「自分の信じるものや正しいと
考える基準からはみ出した者を
攻撃することを正当化する」
みたいなことを書いていた。
小学2年よ!
衝撃過ぎて、逆に記憶に残ってるわ。
算数も得意で、公文の高校生くらいのを
やってたわ。
いわゆるギフテッドってやつ。
当時の日本ではそういう子の居場所が
なかったように思う。
大学生になった頃、人づてに
その子が新興宗教にハマり、家を出た。
自分の親族を宗教に勧誘し
ご両親が、困り果てていると聞いた。
宗教団体に自分の居場所を見つけたんだ。
自分を認め、必要としてくれる仲間を。
きっと、自分を理解して
受け入れてくれるのが
居心地良いのだと思う。
テレビで
旧統一教会のフロント組織
「勝共連合」に属している女性が
言っていた。
「日本が共産化するのを防いでいるのは
私達という自負がある」
「ボランティアで選挙活動をし、自民党の
候補者を当選させてきたんだ」と。
「はぁ?」
使命感に燃えて、
自分たちが絶対的に正しいと思っている。
真宗大谷派玄照寺住職の瓜生 崇氏の
プレジデントオンラインの記事をぜひ、
読んで欲しいです。
下記、転記
- カルトではどんな行動にも完全な意味が与えられる
- カルトは「正しさ」にブレなくなった時に暴走する
- もっとも大事なのはブレる勇気を持つこと
- 「正しさ」は時代によって変わる
- 「きれいな心のまま」人を殺したのがオウム事件の核心
- 普通の人々がユダヤ人を虐殺した
- 本当の宗教は迷う力を与えるもの
カルトに与えられた答えによって
「正しさに依存」すると、
決断の責任を自分で取らなくてもよくなるのだ。
つまりは重要な選択はその教団の教えや
指導者の指示に従えばいい。
そうすることによって、
仮に自分にとって不都合な結果が生じてもかまわない。
教義や指導者に従った上での結果は、
それが一時的に自分や自分の周囲に
耐え難い苦痛や不安を与えることになっても、
結果としてそれが、
自分の霊的な成長に必要な試練なのだとか、
あるいは今は苦しいが
もっと大きな幸福へ向かう
過渡期にあるのだと説明されたら、
それを信ずればよいことになる。
転記終了
カルト宗教って、
エゴむき出しだなって思う。
自分の霊的な成長のために、周囲の人々に
耐え難い苦痛を強いても、
それは試練だって。
教団を非難する人への執拗な嫌がらせも
半端ない。周囲にビラとか撒かれるし。
真理を教えるんだったら
「自分たちと意見を異にする者に対しても
敬意を払い、その者たちの幸せを祈りなさい」
とか、言えんのか!
カルト宗教の教えの中に
普遍的な愛はないみたい。
お金を払えば(献金)で罪が許されるって
教えてるんだから
利他とか考えないわな。
