富良野でドキュメンタリー映画の自主上映会へ行ってきました
図書館で何気なく手に取ったビラ。

心が震えた。揺さぶられた。
日中は子どもの用事で都合がつかず、夜の部の時間帯が遅くて少し迷ったけれど、これは行って良かった
内容が内容だけに、行って良かったという言い回しに違和感は残るけれど...
もし、また近所で上映会があったなら周りの人に強く推す映画です。
残酷な内容が苦手な人は、辛い時間を過ごすことになるかもしれない。
でも。
これは作り話ではなくって。
加害する側も被害を受ける側も、こんな残酷な殺戮が日常である人たちがいるという事実。
昔話でもなく。
今もなお、続いているという現実。
そこから、社会・世界を形成している大人たちが目を背けてはいけない、と思った。
自宅を襲撃され、体の一部が吹き飛んでしまっている我が子たちを前にしながら目の前に広がる惨状を訴えるアブラエーシュ博士。
ぎりぎり命を保っている子どもに付き添いながらも、傷ついている他の同胞たちも気にかけ、カメラを向けられると憎しみではなく共存を訴えるアブラエーシュ博士。
来日の直前に妹さんが命を落とし悲しみに暮れながらも、涙ながらに平和に向けての行動を訴えるアブラエーシュ博士。
このところ、しばらく発信をしていなかったのだけれど。
シェアしたい事柄がなかったわけでもなく。
言葉を紡ぐ時間が捻出できなかったわけでもなく。
アンチが怖いな、だったり。
批判されるのが嫌だな、だったり。
町議会議員・公人・政治家という肩書についたことで『叩かれるのが怖い』と思っていたから。
八方美人を止めると決めたのに。
まだ『物分かりのいい人に見られたい』という欲求が残っていたのか、とハッとした。
楽な方に流されない。
長い物に巻かれない。
ダメなことはダメ、賛同できないならできないと意思表明する。
伝える努力をする。
やっては来ていた。
でも。
違和感があるのに上手く言い表せなくて伝えるのを諦めることがあった。
後で気づいて、落胆することもあった。
とっさに反応できなくて、悔しい!と思うこともたくさんあった。
もっともっと細部まで徹底できる余地がある。
もっともっと見地を広げて、語彙を増やしたい。
今、町で動いている事柄も、もっとブラッシュアップできる、もっと追求してより良くできる。
そうすれば、適度な緊張感を持ちながらも行政と手を取り合って、もっとたくさんの人を巻き込んで、たくさんの人の手で町をよくできることに繋がる。
それが最終的に世界の平和にも繋がる、って思ってる。
自分も命の危機に晒されながら。
家族や仲間たちを亡くしていく悲しみを抱えながら。
それでもなお、信念を曲げず暴力に屈しないアブラエーシュ博士の姿を見て、目を覚ませ!と、叱咤激励された感覚。
まずは、止まっていた発信を再開しようと決めた。
フリースクールのこともあれこれ再考が必要。
呼吸するように、タイムリーに、自分の思ったことをピッタリはまった言葉で言語化できるようになりたい。
とりあえず、願いを放っておく。
以下、順不同で上映中にとったメモの箇条書きや心に残っているフレーズ
・争いに争いで、殺戮に殺戮で苦しみに苦しみで対抗してはいけない
・歴史は許さない、民衆も許さない
・ガザは天井のない牢獄
・戦争しか知らない子ども
・子どもの大半は心を病んでいる
・日本は広島・長崎・東京などの経験から何度でも立ち上がる心を持っている。傷や苦悩から希望を見出す術を知っている
・自分の行動を過小評価しないで欲しい
・言葉ではなく行動を
・教育は最強の武器だ。数学や科学だけではなく、人間らしさ社会性を育むのも教育
・戦闘は人命の犠牲を伴う。よって国に非はない(裁判での国側の主張)
・兵器が悲劇の原因なら、国にその損傷の責任はない(裁判での国側の主張)
・日本の企業が作った兵器もガザでの戦闘に使われている
・日本は属国ではない、独立した国
・愛と敬意
最後に、この映画を富良野でシェアしよう!と行動してくださった実行委員の方々。
皆さんの行動が、間違いなくあの場に集った100人あまりの大人たちの意識と行動を変える1つのきっかけになると確信しています。
ありがとうございました