北海道で浴衣のお誂え、占い、手相鑑定、講師、八百屋などよろず屋的に動いております、ちゃまりです。


昨日今日と子どもら連れてソリ遊び。

冷えた分、いい天気でした。

きっとどこに移り住んでもそれなりに楽しく暮らせる自信はあるけれど、この景色を見ると「帰って来て良かったなぁ」と思う。





北海道で浴衣のお誂え、占い、手相鑑定、八百屋、講師などよろず屋的に動いております。

ちゃまりです。

本日は富良野市場で弁当のおかずと魚のまとめ買いからの一服で更新中。
市場ね、魚はもちろんなのだけれど。
もし冷凍食品を使っているなら、市場、オススメですよ^^
我が家は心強い農家さん達がいてくださるのでお世話になることは殆どないけれど、野菜もお値打ちです。

さて。
今日も手相のお話。
左右異なる手相の持ち主は
裏表が激しいとか
二面性があるとか
複雑な性格とか

結構酷いこと言われます(・∀・)
んだけども、否定できなかったりします。

私もそうだし。

良く言えば「ギャップ萌え」される、かな。

んで、それを掘り下げて考えてみたんだけれど。
恐らくそれは、先天的に授かった性質だけでは
その人生を生き抜くことが難しかったからでは?
と思っています。

弱かったから、というのもあるかもしれないけれど
人物と環境とのミスマッチが生じて
自分で調整して生きてきた結果そうなった、
と言ったらいいか。

現実とも自分ともめちゃくちゃ戦ってきた人だから
沢山の武器や防具を持っているんだけど。
取り外せるんじゃなくて
デフォルトで備わっている状態に近い。

怪我して放っといたら癒着した、みたいな。


だから、そんな手相の持ち主は
「この人生、良く頑張ってるよ」
って大いに労っていいと思うよ^^

よく「前者アプリをインストールしてたから、、」
という文面を見かけるけれど、
取り繕ってた、よりももっと根がはった感じ。

やめたらスッキリするとか楽になる
というレベルではない。

その複雑さや二面性
一筋縄ではいかない
攻略が難しい
自分でも自分に手を焼く

状態がほぼデフォルトに近いということ。


そんな自分に疲れる!!嫌だ!!って変えたいならば、
変わろうと思って動けばいいんだけれど

特に自分に不都合なければ
「私って味わい深い人間ってことよね」
って捉えておけると良いかと^^
北海道で浴衣のお誂え、八百屋、手相鑑定、講師などをしております、ちゃまりです。

久々の更新、本日は手相鑑定について
心持ちと行動が変われば手相も変化する、という話。


最近、人様の手相を見せていただくことが増えて
改めて自分のを度々眺める機会も増えてきて。

去年までは小指の下の水星丘に
薄くて短い頼りない線が幾つも出ている
散財傾向あり、の線だけだったのだけれど。

生命線から小指下の水星丘に向かって
あるのかないのか分からない程薄かったのが濃くなり
途切れ途切れだったのが少しずつ繋がり
長くなりはっきりとしてきた。

これは、コツコツ努力を重ねて豊かさを手に入れる財運線。

では、財運線が変化していく過程で
何が起こったのか。
何をしていたのか。

夫と子ども2人を余裕で養える程の優良(と言われてはいる)企業を退職し。

自分の全てを資本とする考え方が根っこにある

「自分ビジネス」

という名の自営業を開業。

日本語が流暢ではない外国人の夫は
ありがたいことに安定した仕事につかせてもらえるようになり。

その傍らで、
心置き無く私が自由に使えるお金が欲しいと
仕事を探したところ
前職よりも自由度の高い契約で
社員として在籍、複業している。

今の肩書きで来期の契約更新の予定はないけれど、
クライアントとして仕事は続きそうな関係ではある。

給与としてのお金は大分少なくなったのは確か。
そもそもの基本給はほぼ半分だし。
ボーナスもない。

んだけれど。


息するように今まで自然にやってきたことや
思ってきたこと
身に付けているスキル(とも思っていなかった)は
まぁまぁ貴重でハイスペックだったようで。

自分の「ある」を思い知らされた日々だった。

人と比べない社会に移行してきてはいるけれど
完璧主義者だったり
猪突猛進型、まっしぐら系の人は

ふと立ち止まって周りを見渡すのも大事かもね。


ということでね。
自分の豊かさに目が行くようになったから
財運線がくっきりしてきた。

物質としてのお金は
現時点では以前よりも「ない」けれど
以前からあったはずの
ないとも思っていなかった自分が「ある」ということ
しかもたくさん「ある」ということに
ただただ気がついた、
それだけ。

きっとこれから物質がついてくる、はず。


恐らく、「財運線伸びろー!!」って
目先のことを願うんでは
ここまですぐには変化しないだろうな。


余談だけれど
外国のお金持ちがこのコロナで
数百億とあった資産が
数十億にまでなくなって
最終的に自死してしまったんですって。


数十億、
「ある」のにね。

どんな環境で生きていたかは分からないけど、
ご本人は
「豊かだなぁ」
なんて思っちゃいなかったろうね。

北海道で浴衣のお誂え、八百屋、手相鑑定、講師などよろず屋的に動いているちゃまりです。

年明けてずっと保育園へ行くのを拒否していた3歳の娘。
今日もいつものように、私の職場から家時につく車中では泣いて泣いて「保育園には行かない」連呼で
「あー、明日も同伴出勤かぁ、、」と思っていた。

が。

帰宅後「今日水曜日だから、明日とあさって保育園行ってみない?」って言ってみたら

「行く」って言い始めた。

「明日保育園楽しみだね」
「○○君に会えるね」
「○○ちゃんと遊べるね」
って言葉を変えても
娘の中では明日は保育園が予定に入った様子。



どうか。
明日の朝、気が変わっていませんように!!

北海道で浴衣のお誂えや下着開発、八百屋、講師などよろず屋的に動いています。
ちゃまりです。

最近、友人の力を借りてデザインをあれこれ考えていて。

"懐かしい未来"
というフレーズを提案されたんだけど。
もっとぴたーっとハマる言葉はないかなぁ、と
思いを巡らせたの。

"未来を迎えに行く"だよな、ってしっくりくる言葉が
見つかってひと段落した今日、
映画でこのフレーズが出て来てびっくり&感激。

調べたら西野さんが結構使うフレーズだそうで
追っかけじゃないから分かんなかったんだけど、
ただ紡ぐ言葉が同じだったというだけで
超親近感。
もう、もう、もう!!
これからデザインする名刺に印字しよう。
もっと西野さんを熱烈に追っかけよう。


さて。
以降は、プペルを観ての感想を。

子どもに観せたい映画
ではあるんだけど。
それ以上に私の人生を客観視したような映画で
心が震えた。
私の過去現在未来か、って思った。

高校時代
センター試験なんて縁がない「偏差値って何?」って
大学受験には向かない高校へ行った。

でも。
自分の夢を描く術を知らなかった私に
身の丈っていう常識的考えを押し付けなかった
夢見てもいいよって言ってくれた先生がいて
身の程知らずな大きな夢を放ったら
応援してくれる人達が現れて
前例のない道を拓いた。
後進もできた。

更には短大から大学編入も
「難しいよ、前例ないし。」と
何度言われたかは覚えてない。
成績はよくも悪くもなかったと思う。
でも道を拓いた。
やっぱり後進もできた。


占い師に「海外へは行かないでしょう」と言われて移住し
「永住でしょ?」と言われることが多くなり帰国。

要所要所でハードルがあって
自然と目の前にやることができて
むむむ、困った!!となると応援してくれる人も
追いかけてくれる人もできて。

これでいいかな
大丈夫かな
と思いながら、
時には肝心な時に大寝坊!!
なんてとんでもないボケをやらかしても
見ず知らずの人まで味方になってくれて
どうにか思い通りになってきた今の人生。

こんなに助けられていいんだろうか?
私の実力でもないのに申し訳ない...
って思ってたけど
いいんだね。
色々な誰かが私を希望と思って
引き上げて繋いで託してくれたから、なんだよね。


夢を描き続けるよ。
思ったようにやり続けるよ。
困った!!と思ったら助けを求めるよ。

やっぱり私は先生にはならない。
学校でも家でもない、
サードプレイスの大人として生きて行くよ。