父の優しさについて考えてみた。
私は、父のような優しい男性と結婚したい、とずっと思っていた。
父の私の印象から、優しくて良い人の父のイメージで考えると、
いつも穏やかで、笑顔
頼んだことをやってくれる
優しい言葉を掛けてくれる
くらいかな。
もっとあるかもしれないけど、今思いついたものだけで考えてみると、
表面的なものばかり。
よって、今までの私はこんなモノサシでしか人を見れていなかった、ていう事が分かります。
会ってみて、外見もまあまあだし、やさしそう!→すき〜♡
みたいな、、

なんて浅はかな…よく言えば単純
よくもまあ、何十年もこんな小さな脳ミソで、しかも同じ失敗を繰り返してきたもんだ
それで選んだもんだから、ぶつかり合った時、
あれ?思ってた人と違う??
てなってしまう。
おまけに、私は話し合うという術を知らない。
どうやって話し合って、どうやって仲直りして、、、で、もっと深い仲になれるのか?
ずーっと知りたかった。
周りでずっと仲良く付き合っているカップルや、夫婦は、どのように関係を築いているのか?疑問だった。
なぜ、私はそれができないのか?
それもそのはず、うちの家族、両親は、お互い、言いたいことを言って、強く出た者の意見が通る。
弱いものは、発言することすらできなくなる。
こんな社会で、人とのコミュニケーションなど学べるはずがない。
こんなことも知らないまま、今まで生きてきた。
私は、お互いに対等に話し合うことをして行きたいとずっと思っていたけど、
どうしたら良いか分からなくて、試行錯誤しては失敗して、
だから、正直分からなすぎて諦めてしまった。
で、父のような「優しい人」を選ぼうとしてた。
その優しいってのも、だいぶ歪んだ形だったし、共依存関係ですね…
うちの親夫婦のように、妻のワガママが通る夫という意味で、私は求めていた気がする。
毒母のワガママが通るんだから、私だって。
なんであの毒母にできて、私には出来ないんだ!
みたいなとこがあった。
で、1人では恥ずかしいし、寂しいから、付き合えそうな人を探す、みたいなことしてました。
これで家族作ってたら、と考えたら、
怖ろしいです
てとこも、自分で分かってました。
話を戻します。
優しい事とは、、全てを受け入れることではないのかな、と。
例えば、相方が人を傷つけたり、理不尽な事をしているのに、パートナーが見逃すっていうのは間違ってる。
それが、その人全てを受け入れるということではない。
今、自分と向き合ったり、本を読んだりスピとかもたまに見るけど、
今のままでいい、とかそのままを受け入れてくれる人が必ずいるとか、
なんかちがう。
本質を見ないで、今のままで良いとか、思うままに生きればよいとか、
今そんなことをしてしまったら、毒母と同じになってしまう。
機能不全家族でできた観念をもったまま生きたって、苦しいのは変わらないし、
周りも迷惑だ。
もっと、楽に人と繋がりをもつためには、新しい事を学んで、取り入れていかないと

て私は思う。
社会全体に言ってるのではなくて、今の自分にはこれが必要なのかな、と。
実際に、認知の歪みからくる、コミュニケーション能力の低さで、実際うわまく行っていない現実が分かってきたし、
それなら、上手くいかせられる自分に変わりたいです。
優しさの定義、もう少し考えていきたいです。
で、大切な人と対等に話し合ったり、それで関係を深めていく方法を、学んで、
これから起こる事や、出会いがあった時に活かしていきたいです。
今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございます