標高1082mの青崩峠に到着。旧道の入口から20分だったので、個人的には舗装道路よりラクに上がって来られた。

 

嬉しかったのは、既に13時を回っているのに樹氷がキレイに残っていてくれた事。雪山でも樹氷が綺麗に見えるのは朝だけって事もあるのだ。

 

<樹氷(2)>

 

 

枯れ葉にも氷がまとわりついて固まっている。南には水窪の山々が連なっている。北は信州・飯田市で雪深く積もっているため真っ白で何も見えない。ここからどれくらい下れば人里に抜けられるのだろうか。

 

<峠にて(2)>

 

 

青崩峠の碑や看板がいくつも並んでいた。ここに上がってくるまで、左右に「信州」「遠州」と書かれた案内板がいくつもあった。ただ峠道が曲がりくねっているため、感覚的に逆じゃないかと疑うところもあったけど、ゴールに辿り着けたのでまあいい。

 

<ここが青崩峠(4)>

 

 

 

 

左上の方に更なる山道が続いていた。先行の登山者が入っているようだが、この日は誰ともすれ違っていないし、この先500mも人の気配が皆無な雪山を登るのは無理がある。だいたい旧道に入ってからもしっかり踏み固められたトレースはなかった。

 

それに熊伏山って名前が緊張を誘う。以前、厳冬期の美ヶ原で鹿伏山に行ったら10~20頭のシカの群れに遭遇した事がある。ここでも、もしかして冬眠中のクマを起こしてしまったら大変だ。


これで広い浜松市の東西南北を制覇した事になる。東は春野町(私が出掛けたのは犬居城址まで)、西は三ヶ日の本坂峠、南端は中田島砂丘、北端はここ水窪町の青崩峠でいいだろう。そんな達成感も湧いてくる場所だった。


ここ(orこの付近)は国道152号線なのだけど県境で繋がっていない場所。草木トンネルの逸話も三遠南信道のトンネルも中央構造線にあってかなりの苦労強いられているらしい。その証拠にトンネルが貫通した時の岩のかけらが展示されていた。

 

<令和5年云々と書かれていた記念の砕石、アイゼン装着>

 

 

貫通石の下に「令和5年5月」と書かれている。まだ半年前に三遠南信道がどうにか繋がったばかりって事だ。

 

あれこれ妄想していると冷えてくる。キットカットで糖分を補給したら下山しよう。下りは転びたくなかったので念のためアイゼンを装着。アイゼンを締めた後でスパッツを巻いていなかったのに気付いたけどもう遅い。このまま下っていく。

 

<足神の水(2)>

 

 

この日は水窪町デビュー2回目。以前は高根城址に行ったけど、商店街を歩いても店が見つからなくてランチできなかった。この日はようやくスーパーを発見。スーパーやまみちって名前がいかにも山深い水窪らしい。メンチカツ弁当とおはぎを買って遅めのランチでホッと一息。

 

<がっつりランチ>