私は蔵前仁一の旅行記が好きだ。マリ共和国は彼の写真と文章に惹かれたのもあってvisitした国だ。私の中では蔵前仁一と同じカテゴリに位置しているのが下川裕治だけど、彼の本を読むのは実は初めてだ。

 


この本は6泊7日とかとても耐えられそうにない長距離列車の旅を5つ扱っている。順に、インド東海岸、広州~ラサ、ウラジオストック~モスクワ、他にカナダとアメリカだ。正直に言うと最後の2路線のページは読んでいない。先進国は苦手だし、勝手な先入観に押されてしまい、どうしても面白みが欠けると思ってしまうのだ。

 

先日紹介したクロサワコウタロウ「珍夜特急」のバイク旅より、こちらのインド編の方が好きだ。インドの長距離列車に定員とか座席予約なんて意味ない。人肌の重みを思いっきり感じたまんま旅をされたようで羨ましい。21世紀になってもインドにはまだまだ混沌とした空気が漂っているのを知って安心できた。インド最南端の終着駅カンニャクマリに到着した所で、500ルピー札と1000ルピー札(※1)が使用停止になって困ったepisodeが書かれていた。課税逃れを防止するためにインド政府が高額紙幣の流通をstopさせたらしい。こんな事態に外国でinvolveされたら大変だ。ここをもうちょっと掘り下げてくれたら良かったのに。

 

※1 私の記憶は1ルピー=5円だったけど、ここ10年くらいは2円以下。2020年11月現在で1ルピー=約1.4円。

 

中国編で良かったのは3点。著者は既に何度か中国で長距離列車に乗られており、段々とリアルな人の触れ合いが減ってきている事を嘆いている。また、青蔵鉄道が高度を上げていくにつれ夜の車窓から綺麗な星空が見えた事、それを「星空列車バー」と命名していた。3点目は中国の政治体制をしっかり観察していた部分だが、ここは割愛する。何度旅してもリアルな中国は見えてこないけど、著者はキチンと観察されている。北京で住居を追われる人が増えているのと同じような事が、内陸部の蘭州(敦煌と西安の間)でも起きているのか。末尾に「都市に定着してしまった出稼ぎ組を田舎に戻す事業は中国式に進む」と書かれた件があった。

 

脇道に逸れるけど、そういえば「蘭州牛肉面(麺)」って看板は中国の地方都市でよく見かけたなぁ。あの蘭州だ。薄切りの牛肉が乗っかっている淡泊な味わいのニューローメンは懐かしい。

 

ロシア編は2~3月の旅で凍り付くようなシベリアを西に向かったと書かれていた。厳冬期に極寒の地を旅するなんて、それ自体がもう修行である。しかも、シベリア鉄道の車窓はずっと同じような景色だったのだろう。冒頭も「音がない。……(中略)……視界の中に動くものがない。あまりに単調な風景の中を……」と始まっている。そんな状況で文章を紡ぎ出すのは難しいと思った。でも、しっかり旅行記として成立していたのが見事だ。それと、ロシアで節酒令を施行したらロシア男性の寿命が7才も短くなった(1986年=64.8才、1994年=57.6才)とか調査結果も紹介されていた。それだけ酒飲みが多くて困っている国なのか。

 

因みに、自分は想像を絶するこんな長距離列車の旅は経験した事がない。寝台列車に乗ったのは思いつく限りではこれくらいだ。サラリーマンにそんな悠長な時間はなかったし、サラリーマンを卒業した今でも、1,2,3,……,27番目くらいの候補に入るくらいかな。

 

日本:広島→東京

上野→象潟

中国:ウルムチ→柳園  ※敦煌の最寄り駅

タイ:バンコク⇔チェンマイ

インド:デリー→ベナレス(バラナシ)

トルコ:イスタンブール→アンカラ

ナミビア:スワコプムント→ウイントフック

 

このブログを書きながら、中国の列車旅は杭州から上海まで軟座(硬座よりソフトな座り心地)に座っているだけでも楽しかったのを思い出した。相席になった中国人美女と2時間くらい会話できたのだ。もちろん片言の英語と漢字の筆談まじりだけど。その会話で、映画「LOST」がとっても面白いと教えて貰った。もう15年近く前の事だ。