退職日が2018.2だったので、丁度一年が経過した。昨日は雨で終日冷え込んでいたものの、やっぱり3月ともなると少しずつ暖かくなってくる。去年辞めて凧の糸が切れたのもそんな季節だった。

 

丸1年帰属するところが無い(=自分に付ける形容詞が無い)状態で暮らしてみて、あてどのない不安が募るものかと心配したがそんなに気にする程の事でもなかった。帰属場所って、稲垣えみ子が「魂の退社」で使っていた言葉で言う所の

「自分の体に繋がっているチューブを1つ1つ外していく。その最後のチューブが会社」(※正確な表現は覚えていないがこんな趣旨だった)

の事だ。

 

これまで、幼稚園から小中高大学、会社と常にどこかの集団に帰属していた。決して個人の山田太郎(仮名)ではなくxxxxxxに属している山田太郎(仮名)だった訳でそれはそれでいろいろなしがらみに囚われつつも、でも集団に属している事が1つの精神安定装置だったと思うのだ。

 

女性と比べて男性はコミュニケーション能力が劣ると言われているが、御多分に洩れず私もそれに該当する。帰属先が無い事でストレス性の病気になっても困るなあ、と密かに心配していた。社会とどう繋がればいいのか判らない、とも思っていた。

 

帰属不安が強ければサラリーマン卒業じゃなくてもう一度真剣に就活するのかなあ、なんて思った事もある。でも、ビールの呑み過ぎなのかstressフリーで水分不足になった為か、痛風で足の親指の激痛に襲われた以外は難なく過ごせた。

 

とりわけ直近4ケ月は某学校に通っていた事で、これまでにない年齢層の方々と知り合う事ができたし、こうしてブログを始めるチャンスも得た。ホームページも準備しつつある。他方で日中を毎日拘束されていてかつブログを書き始めたら、時間が無くなって他の事が出来なくなってしまったのも本当の事だ。この一年であれこれと手を伸ばしてきた事もひっくるめて今後何をどう生業に繋げていくのか思案中だが、まずはこのブログの記事を100件まで増やしたい。