(うらみがね よどどのあらわる ふゆのたび)
豊臣秀吉が、三好・松永の乱で焼失した奈良の大仏に代わり、
文禄4年(1595年)大仏殿を建立します。
徳川家康は黄金千両を使い、富士山麓の巨木を
京へ運搬し、島津義弘は、屋久杉を伐採して献上しました。
屋久島のウイルソン株と呼ばれる樹齢3000年の切り株は、
この時のものと言われています。
「傳教大師御作・豊太閤護持大黒尊天」が
京の冬の旅で公開されています。 (1/9〜3/18)
「感応」は、信心が神仏に通じる事です。
「方広寺鐘銘事件」は、豊臣秀頼の大仏再建の際の
梵鐘の銘文をめぐり「大阪の陣」の遠因になった事を言います。
「国家安康」は、家康の諱を「安」で断ち切っている。
「君臣豊楽」は、豊臣を君主として楽しむ。
徳川に敵意を持っていると結論付けられます。
関ヶ原以後、徳川家康は駿府と伏見城を本拠地とし、
秀忠は江戸、秀頼が大阪城、東西にそれぞれ勢力を持っていました。
徳川が主導権を持っているとはいえ、
豊臣温故の大名も多く、
東西での協調路線もやむなしの情勢でした。
しかし、家康も高齢になり、
この鐘銘事件を機会にしなければ
豊臣家を滅ぼせないと無理やり決意したのでしょうね。
鐘楼の天井は、天女や迦陵頻伽が描かれています。
冬の旅の解説員の方が、懐中電灯で照らされてました。
二条城の唐門を、金地院の以心崇伝が江戸幕府から譲り受け、
明治になって豊国神社に移築されて来ました。
拝殿の奥に豊臣秀吉、右手奥に北政所寧々が祀られています。
今年の大河ドラマは、「豊臣兄弟!」です。
太閤秀吉と大和大納言秀長の物語です。

























