cvq243のブログ -5ページ目

cvq243のブログ

ブログの説明を入力します。

             

 

            (うらみがね よどどのあらわる ふゆのたび)

 

 

           方広寺本堂    

 

   豊臣秀吉が、三好・松永の乱で焼失した奈良の大仏に代わり、

    

   文禄4年(1595年)大仏殿を建立します。

 

   徳川家康は黄金千両を使い、富士山麓の巨木を

 

   京へ運搬し、島津義弘は、屋久杉を伐採して献上しました。

 

   屋久島のウイルソン株と呼ばれる樹齢3000年の切り株は、

 

   この時のものと言われています。

 

 

                  

 

   

          大黒堂     

 

  「傳教大師御作・豊太閤護持大黒尊天」が

 

   京の冬の旅で公開されています。   (1/9〜3/18)

 

 

         「感應」      

 

   「感応」は、信心が神仏に通じる事です。

 

 

         鐘楼     

 

 

       「国家安康」の梵鐘     

 

 

              「国家安康」「君臣豊楽」の文字    

 

   「方広寺鐘銘事件」は、豊臣秀頼の大仏再建の際の

 

   梵鐘の銘文をめぐり「大阪の陣」の遠因になった事を言います。

 

   「国家安康」は、家康の諱を「安」で断ち切っている。

 

   「君臣豊楽」は、豊臣を君主として楽しむ。

 

   徳川に敵意を持っていると結論付けられます。

 

   関ヶ原以後、徳川家康は駿府と伏見城を本拠地とし、

 

   秀忠は江戸、秀頼が大阪城、東西にそれぞれ勢力を持っていました。

 

   徳川が主導権を持っているとはいえ、

 

   豊臣温故の大名も多く、

 

   東西での協調路線もやむなしの情勢でした。

 

   しかし、家康も高齢になり、

 

   この鐘銘事件を機会にしなければ

 

   豊臣家を滅ぼせないと無理やり決意したのでしょうね。

 

 

                   

 

 

                      

 

   鐘楼の天井は、天女や迦陵頻伽が描かれています。

 

 

       大仏殿の柱の割れを防ぎました     

 

 

            梵鐘の内側の淀殿の亡霊     

 

   冬の旅の解説員の方が、懐中電灯で照らされてました。

 

 

             手水舎     

 

 

          この先に大仏殿緑地公園があります       

 

 

 槙本稲荷                

 

 

       唐門(国宝)      

 

   二条城の唐門を、金地院の以心崇伝が江戸幕府から譲り受け、

 

   明治になって豊国神社に移築されて来ました。

 

 

                 

 

       本殿(明治13年)        

 

   拝殿の奥に豊臣秀吉、右手奥に北政所寧々が祀られています。

 

 

     千成瓢箪の絵馬      

 

 

    京都美術工芸大学生の作品「動」      

 

 

         豊臣秀吉像      

 

   今年の大河ドラマは、「豊臣兄弟!」です。

 

   太閤秀吉と大和大納言秀長の物語です。