(うすれゆく たいしのかげや なつのはて)
「つきあたり小楠公御首塚の寺」
源融公栖霞観の地」「心経秘鍵薬師」「融公 百万上人 遊女夕霧墓」
「西 小倉山二尊院 西ニ町」
「嵯峨帝陵 東北十六町」「後宇多帝 東北十六町」「今林陵 東北三町」
「右 御室 北野方面」「左 鳥居本 清滝方面」
今林陵は、後宇多天皇皇后姈子内親王 遊義門院の御陵です。
清涼寺の本尊は三国伝来の釈迦如来です。
奝然上人が宋で出会った生前の釈迦像に感激し
現地の仏師に模刻して貰い帰国しました。
愛宕山を中国の五台山に見立て、この地に清涼寺が創建されました。
仁王門を入って右に愛宕神社があります。
聖徳太子は日本の仏教興隆の基礎を築いた方です。
一万円札と言えば聖徳太子だった世代としては、
最近、聖徳太子を耳にする事も少なくなって、少し寂しい気がします。
江戸出開帳の時の寄進で、船で運ばれて来ました。
多宝如来が安置されています。
多宝塔の背後に光源氏のモデルとも言われている
栖霞観の主人、源融の墓があります。
左南側が檀林皇后・右北側が嵯峨天皇の供養塔です。
足利義政・日野富子寄進の梵鐘です。
京都三大念仏狂言は、壬生狂言・千本えんま堂狂言・嵯峨狂言です。
「大阪の陣諸霊供養碑」「秀頼公首塚」
本堂は徳川綱吉・桂昌院の寄進による再建です。
全日本聖徳会・・と表示されています。
聖徳太子を信仰・顕彰し平和運動をする団体のようです。
寺務所を訪れたときに、若い修行僧に応対して頂きましたが、
穢れなき清らかな笑顔が今も印象に残っています。
人は心のありようで、美しくなるんですネ!
ここの阿弥陀如来は、光源氏のような美しいお顔立ちです。
回すと全てのお経を詠んだ事になります。
傅大士(497〜569年)は、円筒形の棚にお経を納め、
回転さす事で全てを詠んだ功徳があると
字の読めない人を導きました。






















































