cvq243のブログ -10ページ目

cvq243のブログ

ブログの説明を入力します。

           

 

           (ふなおかや げんとうのなか きょうにたつ)

 

 

        建勲神社 境内      

 

   一般的には「けんくんじんじゃ」と呼ばれていますが、

 

   正しくは「たけいさおじんじゃ」です。

 

   織田信長・信忠父子が祀られています。

 

   船岡山は平安京の四神相応の玄武に位置し、

 

   豊臣秀吉が信長の廟所として、「天正寺」を建立する予定地でした。

 

 

     本殿・神門(祝詞舎)   

 

  明治13年建立、明治43年に東の中腹から山頂に移築されてきました。

 

 

            神門    

 

   明治天皇より、明治2年神号「建勲」(たけいさお)の宣下がありました。

 

   贈太政大臣贈正一位 織田信長公。

 

   従三位左近衛中将 織田信忠卿。

 

 

          伏見の酒樽が奉納されています     

 

 

        本殿前の灯籠    

 

 

   狛犬                   

 

 

         拝殿        

 

   入母屋造桧皮葺き、妻は木連格子、そして折上小組格天井です。

 

   中に信長公三十六功臣の内の十二人の額が上がっています。

 

   柴田勝家・佐久間信盛・池田恒興・丹羽長秀・羽柴秀吉・平手政秀・

 

   ・・・と名だたる武将達です。

 

   大先輩の丹羽と柴田から、羽柴秀吉を名乗ったのでしたネ。

 

   秀吉って、人たらしですネ。

 

 

     拝殿    

 

 

               手水舎     

 

 

    末社の船岡妙見社が見えます    

 

   平安京は船岡山を玄武の地とし、

 

   此処を北の起点として造都されました。

 

   玄武は、亀に蛇が巻き付いた形で表されます。

 

   北・冬・水・老陰の象徴です。

 

   私も玄冬の真っ只中!

 

 

     手前から祭器庫・社務所・貴賓館     

 

 

        岩の向こうに貴賓館です       

 

    船岡山はチャートの岩山です。

 

    丹波方面から続くチャートの地層が、

 

    船岡山の所で大きく露出してきたのですね。

 

 

             社務所     

 

   南北朝時代の日本刀「義元左文字」を所有してます。

 

   所有者は三好政長 →   武田信虎 →   今川義元 →    織田信長

 

   →   豊臣秀吉 →   豊臣秀頼 →    徳川家康

 

   →   そして徳川将軍家から建勲神社へ贈られました。(異説も有ります)

 

   天下人の手を経て来た名刀ですネ!

 

 

       「敦盛」歌碑      

 

   桶狭間へ出陣の折、舞われた幸若舞「敦盛」の一節です。

 

   「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり

 

   ひとたび生を得て 滅せぬ者のあるべきか」

 

 

                          ブタナ