(ふなおかや げんとうのなか きょうにたつ)
一般的には「けんくんじんじゃ」と呼ばれていますが、
正しくは「たけいさおじんじゃ」です。
織田信長・信忠父子が祀られています。
船岡山は平安京の四神相応の玄武に位置し、
豊臣秀吉が信長の廟所として、「天正寺」を建立する予定地でした。
明治13年建立、明治43年に東の中腹から山頂に移築されてきました。
明治天皇より、明治2年神号「建勲」(たけいさお)の宣下がありました。
贈太政大臣贈正一位 織田信長公。
従三位左近衛中将 織田信忠卿。
入母屋造桧皮葺き、妻は木連格子、そして折上小組格天井です。
中に信長公三十六功臣の内の十二人の額が上がっています。
柴田勝家・佐久間信盛・池田恒興・丹羽長秀・羽柴秀吉・平手政秀・
・・・と名だたる武将達です。
大先輩の丹羽と柴田から、羽柴秀吉を名乗ったのでしたネ。
秀吉って、人たらしですネ。
平安京は船岡山を玄武の地とし、
此処を北の起点として造都されました。
玄武は、亀に蛇が巻き付いた形で表されます。
北・冬・水・老陰の象徴です。
私も玄冬の真っ只中!
船岡山はチャートの岩山です。
丹波方面から続くチャートの地層が、
船岡山の所で大きく露出してきたのですね。
南北朝時代の日本刀「義元左文字」を所有してます。
所有者は三好政長 → 武田信虎 → 今川義元 → 織田信長
→ 豊臣秀吉 → 豊臣秀頼 → 徳川家康
→ そして徳川将軍家から建勲神社へ贈られました。(異説も有ります)
天下人の手を経て来た名刀ですネ!
桶狭間へ出陣の折、舞われた幸若舞「敦盛」の一節です。
「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢まぼろしの如くなり
ひとたび生を得て 滅せぬ者のあるべきか」
















