cvq243のブログ

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            (まえだれの かわかぬじぞう つゆなかば)

 

 

     御寺 泉涌寺   

 

   東山泉涌寺(とうざんせんにゅうじ)は、皇室の菩提寺として

 

   御寺(みてら)と呼ばれています。

 

   創建は空海の仙遊寺と伝わりますが、鎌倉時代に

 

   俊芿(しゅんじょう)律師が、律を中心として

 

   天台・東密・禅・浄土の

  

   四宗兼学の道場として泉涌寺として再興しました。

 

   後鳥羽上皇・後高倉院・土御門上皇・順徳天皇等の帰依を受け

 

   後堀川天皇より勅願寺に定められます。

 

   仁治3年(1242年)には、四条天皇の葬儀も行われました。

 

 

                

 

   大門(東山門)の扁額「東山」は、南宋の能書家「張即之」筆です。

 

 

   大門       

 

 

        楊貴妃観音堂     

 

   天正3年(1575年)織田信長が建立しました。

 

 

                 

 

   唐の玄宗皇帝が、亡き楊貴妃の面影に似せて造らせた

 

   聖観音坐像です。

 

   俊芿の弟子の湛海が韋駄天像と共に、

 

   南宋から請来しました。

 

 

                

 

   心照殿(宝物館)には、寺宝の展示がされています。

 

   暑い時は、冷房が効いているので助かります。

 

 

         「楊貴妃桜」    

 

   白居易の楊貴妃を詠んだ「長恨歌」は、

 

   唐の仙遊寺で王質夫から勧められて作詩されました。

 

   泉涌寺の元の名称仙遊寺に、楊貴妃観音がもたらされている、

 

   不思議な縁ですね。

 

   でも、この聖観音を楊貴妃観音と呼ぶのは

 

   江戸時代になってから定着したようです。

 

   湛海律師が楊貴妃写しと聞いて、仙遊寺にもたらしたのか?

 

   後世の人が、エキゾチックな観音像を楊貴妃に見立てたのか?

 

   楊貴妃もビッグネームですが、白居易も偉大ですので

 

   此処で誰かが結びつけたのかしら ‥‥ ?

 

 

            仏殿     

 

 

   本尊は、釈迦如来(過去)・阿弥陀如来(現在)・弥勒如来(来世)

 

   伝運慶作です。

 

   天井の雲龍図・本尊背後の飛天図・裏側の白衣観音は、狩野探幽です。

 

 

  浴室      

 

           泉涌水屋形      

 

   この水が泉涌寺の由来です。

 

 

    清少納言供養塔・歌碑     

 

   「夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ」

 

   ここ東山月の輪は、父清原元輔の山荘があった所で、

 

   清少納言も晩年過ごしたとされています。

 

 

          雲龍院への坂道    

 

   若い頃、ここから雲龍院へ行ったのを思い出します。

 

   来客もないお寺なのか、和尚さんが色々な話をして下さいました。

 

 

      徳川家綱寄進の仏殿です    

 

 

                 

 

   御座所は、明治17年に皇后宮の御里御殿が移築されてきました。

 

 

        御座所拝観入り口         

 

 

                  

 

   霊明殿には、天智天皇から昭和天皇までの

 

   歴代の天皇・皇后の尊牌が安置されています。

 

 

         舎利殿     

 

   湛海が請来した、仏牙舎利が安置されています。

 

   天井の狩野山雪筆の雲龍図は、

 

   手を打つと響く鳴龍です。

 

 

                 

 

 

               

 

   孝明天皇後月輪東山陵・英照皇太后後月輪東北陵・後堀川天皇観音寺陵の参道。

 

   明治天皇以降、歴代天皇が参詣されてます。

 

 

             我が家でみつけて5mmほどのバッタ