マスコミ支配の社会 | 人生プロジェクトのマネジメント日誌

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人生を一大プロジェクトと見立て、自己完成に向けて邁進する日誌

 

テレビ、新聞、雑誌の

マスコミの世界。

 

与党の締め付けがきつくて、

報道も自主規制という戦前

からの18番に徹しているよう

で、

 

どこもかしこも、

金太郎飴報道ばかりで、

 

そんなもの、

小学生、中学生でも疑問に

思うことなんですよ。

 

というアタシのそのころに、

意識あるアタシの周りも

そう感じていたのですから・・・。

 

子供の目も正直鋭いもの

なんです。

 

今じゃあ、与党の締め付けは

戦前以上のようで、

 

気に入らない報道があれば、

政治力で散々にいじめられる

そうで、

 

考えてみれば、

小沢裁判の説明責任なんて

散々に騒ぎまくった

 

あの

針小棒大、重箱の隅をつつく

陰湿さなんて、

 

実に暴政の極みというところで、

 

そのくせ、

某知事の経歴詐称やら、

某大臣数人の不正資金やら、

 

本来なら、

大問題になるところを

ニュースにすらしないなんて

のは、

 

なんだか、この国は日本人が

支配しているのではなく、

 

やはり、圧政後進国なみの

倫理観しかもたない人種が、

 

外国人労働者として、

政治を委託されていて、

 

それが日米安保法制の

核心だったりして・・・。

 

しかし、

このマスコミ、戦前からずーっと

社会のダニのごとく国家に張り付い

ていて、

 

アタシに言わせれば、

ジャーナリズムゴロではないか?

 

そういう疑いが強くて、

 

”こいつらこそ、

社会悪の張本人ではないか?”

なんてことを思うわけです。

 

だって仮にですよ、

テレビで一ヶ月でも政治や外交の

真実を報道してごらんなさい、

 

政府なんか簡単に吹っ飛びますよ。

 

それでなくても、

怒り心頭の国民がほとんどなのに、

 

そんな報道をしてごらんなさい、

 

そのテレビ局に媚をうって、

下手に出るのは政府側に決まって

いて、

 

でなければ、

マスコミ側は連鎖的に、

反抗の大合唱、国民の呼応の波

なんてことで、

 

政府が対抗する手段なんて何もなくなり

ますよ。

 

そうならないのは、

マスコミが旨味を知り抜いていて、

 

今だけ、金だけ、自分だけ

に終始一貫している証拠じゃあ

ないですか?

 

しかし、そのマスコミも

日本にフィリピンのドゥトルテ大統領

並の強面て、硬骨漢が出現したら

 

いったいどうするつもりなんでしょう?

 

一気に攻撃されて、

罪を問われて潰されてしまうのでは

ないでしょうか?

 

アタシは、

報道規制・隠蔽の楔が切られた瞬間

に、

 

この日本の政治は、

ちゃぶ台返しになると確信していて、

 

それが、

社会支配の本当の権力だから

と思っているからです。